#35



「馨ちゃーんっ…!!!」


教室に入るなり。
走って馨ちゃんのところへ向かい抱きつこうとした私の頭を、馨ちゃんが片手で抑え込む。

痛い。


「朝からうっとおしい」
「だって!馨ちゃん!ありがとう!ごめんねっ!!」

軽いお礼と、結果報告はLINEでしたけど。
直接馨ちゃんの顔を見たら、込み上げて来たのだ。

だって馨ちゃん、私のために…!


「すきー!」
「うざい」


リーチの差があるので、おでこを片手で抑えられては馨ちゃんまで近付けない。
くそう、抱き着きたいのに。

「あ、そうだ。ほら、お祝儀代わりにこれあげるわ」

おめでとさん。そう馨ちゃんは惚れ惚れする笑みを浮かべながら、うまい棒の束をポーンと私に投げた。

これは、喜んでくれてるんだな、とわかり。
友情に胸が熱くなる。うう、馨ちゃん、好き…!

見惚れていると落ちかけて来たので慌てて受け止めて。
は、と気付く。


「え。これって、もしか、あの時の…?」


そこで、LINEがぴこんと鳴った。

快斗君からだ。画像が送られてきたみたいで、なんだろう、とLINEを開いた。
馨ちゃんは自分のうまい棒をサクサクと食べ始めている。

「──!?」

そこには。
ガタイの良い男の人の腕を易々とねじ伏せる馨ちゃんと。チャイナドレスのスリットからのぞく美脚で、華麗に瓦を割る馨ちゃんの姿。
…校内新聞の一面に載ったっぽい。

謎の美女、現る!って…。


「なに?あー、良く撮れてるじゃん」

私の携帯を覗き込んで、どことなく満足そうな馨ちゃん。

「楽しかったなら、何よりデスけど…」

もう、流石馨ちゃんだよ、としか。





暫くはどこから嗅ぎつけたのか、馨ちゃんのおっかけのような人達が江古田東をにぎやかしていた。
馨ちゃんは見事にいなしていたけど。
鬱陶しそうだったのは確かなので、快斗君と電話をしている時に、それとなく困っている旨を伝えてみた。

すると瞬く間に校門前は静けさを取り戻した。
快斗君も、馨ちゃんも、色々規格外すぎる気がする。

どうやって収めたんだろう、快斗君…。


ちなみに、前から電話もLINEもちょくちょくしていたけど。

付き合うようになってからは、毎日おやすみ電話が入るようになった。

あれだ、機械音越しでも快斗君からの「おやすみ、杏」はヤバい。

あの色気ボイスのおかげで寝る前なのに興奮して寝付けなくなるのですよ。


こんなに幸せでいいのだろうかと思うくらい、ここの所の私は脳みそがお花畑だ。







そんなこんなで、週末になり。

偶には俺がご飯作るぜ?とのお言葉に脳内のお花畑がふわふわと乗っかった私は気付けば、初めて快斗君のお宅にお邪魔することに。

彼氏の家に遊びに行くって、憧れてたやつー!と一人で悶えた。

行くのは日曜なので、土曜日の今日は、手土産のお菓子を買いに行こうと思っている。

米花町の有名なショコラティエのお店が気になっていたので、そこに買いに行こうと思って準備していると。
リビングで大学へ行く準備をしていたお父さんからお声がかかった。

「杏、出掛けるのかな?」

「うん、ちょっと米花町のチョコレート専門店に行ってみようかなーって」

「それなら、ちょっと阿笠さんのとこにこの書類届けてくれないかい?」


そう言って、紙袋に入ったファイルを渡された。

阿笠さんは、結構大きなお家の、ふくよかで優しそうなおじいさんだ。
お父さんの古くからの知人で、発明家?科学者?らしく。
たまに、こうして届けものを頼まれたりする。

「わかったー」

いつも行けばお茶をご馳走になってるし、ついでに阿笠さんにもチョコレート買ってこうっと。




すごいお洒落なお店だったなぁ。
からりん、と店の扉の閉まる音を聞きながら、ホクホクとした気持ちで店内を出た。

まるで宝石箱のように綺麗なチョコの数々。
どれも美味しそうで目が眩んだ。
新商品を試食させてくれたけど、オレンジピールとイチジクの入ったチョコレートは程よい酸味とそれに合うコクのあるチョコレートで、口の中で豊かな協奏曲を奏で上げていた。

本当に美味しかった…。また、絶対来よう。
イートインも出来るみたいだから馨ちゃん連れて来よう。
結構いいお値段するから、今月はもう無理かな…。

快斗君と阿笠さんの所の手土産と、学校で馨ちゃんと食べる用と、すらりとしているのに、意外と甘いもの狂な緑水さんにもついでにね。

いつもお父さんがお世話になっているし。






閑静な住宅街を進むと。
何度か来た、見覚えのある建物がみえた。

いつも思うけど、隣の家も結構な大邸宅だよね。どんな人が住んでんだろ。


チャイムを押したら『はい』と想像していた声とは違う、若い、可愛らしい声が聞こえてきた。

え、阿笠さん子供いたの?
何回か来た時、そんな雰囲気全然なくて、悠々自適な独身貴族だと思ってたんだけど…。

驚いていると『何か御用ですか?』と、少し声に険が出てきたので、慌てて応える。

「あの、私浅黄の娘でして、阿笠さんに書類を持って行くよう頼まれておりまして…」
『…ああ、貴女が。──博士から聞いているわ。ちょっと待ってて』

そこで、インターホンの切れる音が聞こえた。
声の割に、話し方が妙に大人っぽい。

子供じゃなくて、もしかして彼女?奥さん?
どんな人が出てくるんだろう、とドキドキしながら玄関で待つ。


カチャリ、と扉が開いた。

出て来たのは、ウェーブがかった色素の薄い髪の、お人形みたいに可愛い女の子だった。









「ごめんなさいね。博士、もうすぐ戻ってくると思うから」

ソファーに通され、豆から挽いた良い香りのするコーヒーがテーブルに置かれた。

えと、あたしも結構早くから家事はやってるけど…最近の小学生はこんなことも悠々出来ちゃうんだ。すご。

自身も自分の淹れたコーヒーを持ち、反対側のソファーに座った。
おお。コーヒーも飲むのね。
でも、この子にはしっくりくるというか…。

あ、そうだった!

「これ、良かったら」
「あら。これ、Bonheurのショコラ?美味しいのよね、あそこの。ありがとう」

──最近の小学生はチョコをショコラと以下略。


少し顔が綻んだ女の子は、超絶に可愛かった。


「博士には身体に毒だから、2人で食べちゃいましょうか」

「え、あ、はあ」


そう言って包みを空けて。
綺麗に並んでいるチョコを、彼女はどうぞ、と私に差し出した。

慌てて、いえいえ、そちらからどうぞ!と差し出し直す。
これ、私が持って来たのに、我先にと食べちゃダメでしょ!

買って来てくれたんだし、お客様に先に食べてもらわないと、と女の子も微妙に譲らない。


なんだこの攻防。


「じゃ、じゃあ、せーので食べよっ」


我ながら子供の様な発案だが後にはひけない。
女の子は目を丸くして、少し可笑しそうに笑ってわかったわ、と言った。

本当この子可愛い。


「じゃあ、いくね?せーの」

ぱくり。
口の中で広がるカカオの芳醇な香りと、上品な甘さにじーんとなる。

そのまま女の子の淹れてくれたコーヒーを一口。
うわ、このコーヒーも美味しい。たまらん。

「美味しー」
「ふふ。本当、美味しいわ。にしても、幸せそうに食べるわね」

頬笑ましい。
まさしくそんな感じでこちらを見る女の子に、これではどちらが歳上かわからないな、と軽く凹んだ。





ぱさり。ページをめくる音が響く。
待ってる間の暇つぶしにと、雑誌をいくつか持ってきてくれた彼女は、自身もコーヒーを片手に本を読み始めた。

なんか小難しそうな本読んでる。
雑誌を読みながらも、気になってしまい、ちらちらとそちらを伺ってしまう。

そんなことをしていた所為か、雑誌の端で指を切ってしまった。
痛い。

とほほとバンソコをポーチから取り出していると、向かい側から声が届く。

「──貴女は」
「あ、ひゃいっ」

見ていたのがバレた!?
慌てて変な声が出てしまった。

気にした様子もなく、女の子は続けた。


「…その身体。貴女の知らない、貴女の事実を、私が知ってるとしたら。どうする?」


顔を上げた先の彼女は、脚を組んで挑戦的に微笑んでいた。










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