#36




「…あー、うん。とりあえず、はい、チョコ」


挑発的に笑う女の子も凄く可愛いなぁと思いながらも、チョコレートをひとつ差し出した。

毒気を抜かれたようにその笑みを消すと、憮然とした表情のまま女の子はチョコを受け取る。

「──ちょっと。私の言った意味、わかってる?貴方のその、怪我の事、言ってるのよ。…絆創膏で隠したみたいだけど、もう、塞がっているんでしょう?」

今は、子供扱いしないで頂戴。
そんな風に言いながらも、チョコを頬張っている。
可愛い。


「うん。大丈夫。えーと、多分、あなたはとても頭が良くて、見た目よりも大人な思考なんだろうな、と思うよ。だから、私の身体のこと。っていうのを知ってるのも、多分、お父さんか、阿笠さん辺りから話聞いてるのかな、と」

嫌になっちゃうことに。
このドジ気質のおかげ様で、謂れのない中傷や、まあ、色々ね、あったわけで。

そんな中凄く大切な人たちだって現れて。

だから、人を見る目はあるつもりだ。
この子が、見た目の通りの子供じゃないこと。
そして、私を害そうとしていないことくらいはわかる。

多分、彼女は。言い方はこんな感じだけど、私を心配してくれているのだろう。

馨ちゃんもびっくりのツンデレ具合だ。
なんだろう、美少女のツンデレって、破壊力半端ないよね。


私の返答に、彼女は少し目を瞬かせた。

「あら。わかってたのね。てっきり、何も知らないのかと」

「いや、知らないよ?自分の身体がどうなってるのかとか、全然ね。産まれながらの体質だって聞いてるし。──ただ、学校の健康診断が全部パスだったり、毎度毎度東都大学で身体検査させられてれば、さ。なんとなく、普通じゃないんだろーなーくらいはね」

「その、普通じゃない理由。私は、貴女には知る権利があると思うの。隠されたまま、当事者が何も知らないなんて、嫌でしょう?」

「うーん…気持ちは嬉しいんだけど」


私だって伊達に産まれてからずっとこの体質と付き合っているわけじゃない。
お父さんが辛そうな顔をする時も、気付いていないわけじゃない。

でも、だから。


「あなたが教えてくれるのが、お父さんに頼まれたわけじゃないなら。私はその理由は聞けないかな。言わないってことは、わたしには言えないってことだろうから。それを無理やり聞くことは、私には出来ないんだ」

「──どうして?」

「うーん…私がこんな身体な訳を詳しく言えないのは、それは私を傷付けない為か、自分が傷付かない為かのどちらかだと思うんだよね。それか、それを言ったことによるリスクを、回避する為?かな」


私は自分でも悲しいくらいにドジだから、動揺すると、何しでかすかわかんないし。
快斗君とのスイーツミュージアムデート前の学校でも大分、やばかったからね。


「だったら、このまま、知らないままでいいかなって。ほら、隠し事ってさ。大切な人に対してであればあるほど、隠すのって辛くなるじゃない?だから、私の大切な人が、辛い思いまでして隠したいことなら。それをわざわざ暴きたくはないかなぁ、って。これってヘタレかな?」

知りたくないわけじゃない。
でも、きっと、時が来れば教えてくれる。

そして、それはきっと、今じゃない。



なんだか妙に語ってしまった。
恥ずかしくなって女の子の方を見ると。

なんか驚いてる、かな?アホなこと言ったかな。


「──いえ。そんなことないわ」


…むしろ、思ってたより、ずっと──


なにかを女の子が続けて呟いたところで、玄関の扉が開く音が聞こえた。
中年男性の「ただいまー」という声が聞こえ、女の子はそのまま立ち上がる。


「さ。博士も帰って来たし、与太話はここまでね」
「あ、あの。──名前、聞いてもいいかな?私、浅黄杏って言うんだ」

そう言えば自己紹介もせずに、名前も知らない女の子相手に長々と語ってしまった。
女の子は、リビングの扉に向かうところを振り返り、こちらに向き直って、くすりと微笑んだ。


「──灰原、哀、よ。よろしくね、杏お姉ちゃん?」


小首を傾げつつ、そんな風に言ってのけ、くるりと玄関に向かう哀ちゃん。

そんな彼女を、私は呆然と見送った。




──なにあの子、デレの威力半端ないんですけど!!


鼻血を吹きそうになる鼻を抑えた私を、「久しぶりじゃなー杏君!」と部屋に入ってきた阿笠さんは、不思議そうに眺めていた。















──────





「こんな夜中にお呼び出しとは。深夜のデートのお誘いですかレディ?」

「バカね。寒いから早く窓閉めてくれる?」


それは失礼。と恭しくお辞儀をして窓から部屋へと入って来た白い鳥。

ここ最近阿笠博士を通じて知り合うまでは、江戸川君を通してぐらいしか接触したことはなかった。

そう。いつの間にか、彼も彼女を救う計画者の1人となっていて。

聞くところによると、この男は元々、その宝石を追っていたようで。


──パンドラ計画。


彼女の身体に深く入り込んだ宝石。
それを取り除くために。
浅黄教授は、様々な人脈を、裏でつくってきている。


パンドラ。
初めて聞いた時は、眉唾ものの話かと思っていた。

博士に、哀君は頼りになるから!そして哀君の役にも立つはずじゃし!と何も聞かされずに東都大に連れて行かれたときは、浅黄さんと軽く衝突もした。
博士のあの時の慌てようは今思うと、申し訳なかったけど。


そして。実際に、あの子を見て。


──不老不死。その、片鱗を垣間見た。

急いで絆創膏を貼っていたけど、細胞の再生速度の異常さは、例え小さい傷とは言え、見る人が見ればわかる。

もちろん、些細な傷だったので、それと知って注意深く見れば、の話だが。


彼女の血を分けて貰った。
数日すれば、γ派が抜けて普通と変わらなくなるけど、最初のうちは君の薬の開発の研究にも役立つはずだから、と。

たしかに、彼女のデータがあれば、江戸川君を元に戻すことが出来るかもしれない。
実際に飛躍的に研究は進んでいて、一時的に体を戻す薬は作れるようになってはきた。
それでもまだ、完成には遠いんだけれども。

まあ、とにかく。そんな縁もあって。

実際に彼女を見てみたいと、あの教授にお願いしたのは私だ。



「──あの子に会ったわ」
「へ?」
「あなたの宝物の、女の子よ」
「──っ知って、」


わかりやすく動揺した白い怪盗に笑いが漏れる。


「怪盗さんはポーカーフェイスがお上手だと思ってたけど、好きな子の事だと形無しね?会議であんな必死な様子じゃ、大体わかるわ」

「…レディには敵いませんね」


あーあ、と被っていたシルクハットを外す。

癖のある髪を除けば、工藤君に似た顔が、そこにあった。


「話さないの?貴方のこと。そして、あの子のこと」

我ながら、先日から余計なお世話ばかりしていると思う。

放っておけないのよね、なんか、あの子。
そして、この、迷い子みたいになってる怪盗も。


「──あいつには、あのまま、笑って居てほしいんだ。…例えば、さ。哀ちゃんの、さ。その、小ちゃくなる薬。俺にも分けてくれたり、する?」

「は?いきなり何言ってるの?死にたいわけ?」


この薬は、奇跡的な確率で今、私達が小さくなっているだけで。
合わない人が飲めば証拠も残らず死んでしまう毒薬なのだ。

「死にたいわけねーよっ!いや、違くてさ。もし、パンドラ計画が頓挫して…万が一、あいつが1人、永遠の命を手に入れた場合」
「そうならないように、今、私達が動いてるんでしょ」
「そうだよっ。絶対ぇ守るし、その覚悟もある。でも、もしもの時。俺が小さくなってもいい。せめて、あいつの生きる時間の、同じ時をできる限り一緒に居てやりてぇ。1人になんてさせたくねぇんだ」

わりぃ、弱音吐いたな。

そう呟いて、頭をくしゃりとかいてその場に座り込んだ。


まあ、気持ちはわからないでもない。
あんな難攻不落の場所へ盗みに行き──そして、無事盗みだしたとしても。

彼女のパンドラを取り出すことが成功するかは分からない。

自分の好きな人が、そんな状況だったら。気が狂いそうになるかもしれない。


でも。


「気持ちは、わかるけど。──でも、あの子はきっと。私達が想像するより、聡く、強い人よ」


私に対して真摯に受け応えしていた姿。
揺さぶりをかけても揺るがない強かさ。そして、相手を見る力。

あんな体質ですもの。…苦労、してきたんでしょうね。


「──わーってる、よ。これは、だから、俺のワガママ」
「男って本当、馬鹿ばっかりね…」
「ははっ。名探偵と一緒にしないでね?さーって、哀ちゃんが優しく慰めてくれるわけでもなさそうだから。俺、そろそろ帰るねー」


杏のこと、気にかけてくれて、ありがとな。


そんな最後の言葉と共に、ぽん、と姿を消した白い怪盗。


笑顔の素敵なあの女性は、彼がキッドだと知っても、きっと、揺らがないと思うのだけど。
もし、傷ついたら、フォローしてくれる人はいるのかしら。



「──幸せになってほしいなんて、本当、ガラじゃないわね」



窓から見える月を眺めて、そう、独りごちた。








 - TOP - 

site top