#37



「お、お、お邪魔いたします…」

「ははっ、んな緊張しなくていーって。気ままな一人暮らし満喫中だからよ」


とうとう、快斗君のお家訪問の日になった。

過保護なおとんな快斗君は、ウチまで迎えにきて、一緒に快斗君家まで連れて来てくれた。
付き合うようになって、過保護度も増して来ている…。

ドジな彼女で申し訳ない。


ちなみに、初の彼のお家お邪魔イベントのため。何着てこうか悩みまくった私は馨ちゃんに『何着てけば良いかな!?助けて馨ちゃーん!!』とヘルプLINEを入れた。
即効で返って来たLINEには、簡潔に一言。


『エロい下着』


ごめん。聞きたかったのはそこじゃないよ、馨ちゃん。


唯一の親友のアドバイスはありがたく心の中に留める事にして。
無難にショーパンにタイツ、上はカーディガンを羽織ってみた。





そろそろと玄関で靴を脱いで。
殆ど帰ってこないとの事だったけど、小綺麗にされている玄関には、花まで飾ってあった。


「ああ。この前、ちょうど母さん帰ってきてたから。すぐ枯すと怒られっから、水換えも俺の役割」

私の視線に気付いた快斗君はそんな風に事も無さげに話す。
どんなお母さんなんだろうな、としみじみ思う。

このデカイ一軒家が綺麗なまま保たれていて、花まで管理して、料理、洗濯もなんなくこなす男子高生を育てるコツを教えて欲しい。


「杏ってなんか嫌いな食べ物とかある?俺の作れるもんなんて、てんやもんかパスタか、適当な炒め物くらいなんだけど。今日はパスタでいいか?」
「大体何でも食べれるけど…イナゴの佃煮はダメだったな。味とか以前の問題で、やっぱ、ほら…」
「…いや、それは出さねぇから安心してくれ。じゃ、カルボナーラでいいか?」
「うん!わーい!」

カルボナーラが作れる男子高校生…いやもう、何も言うまい。

お母様、素晴らしい息子を育ててくれてありがとうございます。



ダイニングキッチンに通されて。
手伝おうか?と言ったら「まじでいい。ここは杏ん家じゃねぇから。まじでいい」と真顔で言われた。

重ね重ね、ドジな彼女で申し訳ない。


あっちで大人しく座ってろ。と言われすごすごとダイニングテーブルに向かい、ちょこんと座る。
そこで昨日買ったチョコ!と思い出し、紙袋をテーブルに置いた。

「これ、良かったら食べて。快斗君、チョコアイスじゃないけど、チョコなら好きかなって。すっごい美味しいんだ!」
「おー、食う食う!サンキューな。ほんなら飯食ったら俺の部屋で一緒にそれ食おうぜ。杏が気になるっつってた映画、DVDになってたから借りてきたから。映画のお供に」
「わー!ほんと?観たい観たい!」
「ほんなら、ちゃっちゃと飯作っちまうわ」

キッチンとダイニングで会話をしながら、快斗君はさっと黒のエプロンを身につけた。

シンプルなH型の無地のエプロン。
さらりと着こなすその姿は、慣れているのだろう。
すごくしっくりくる。

…淡いグレーのVニットな快斗君ってだけでやばかったのに、何その凶器!
かっこよすぎかっ!
エプロン快斗君はやばいっ!


思わずテーブルに蹲ってだんだんとテーブルを叩いて居たら、作業を始めていた快斗君がこちらを呆れたように見つめていた。


「…杏?何やってんだ?」


あなたの魅力に悶えていたんです。なんて恥ずかしくてとても言えません。






「身体は大人、頭脳は子供の探偵が、子供ならではの勘で無邪気に犯人問い詰めて、毒気を抜かされた犯人が自白する、あのアニメがまさか映画化するとはねー」
「子供ならではの無鉄砲さがすごいもんねっ。頭脳は子供なのに大人になっちゃってるから、なんか今回の映画は、凄いやばい運転でカーチェイスするのが見所だとか!」


そんなことを話しながら二階へと続く階段を進んで行く。

流石、手慣れているのか。本当に手早く作ってくれたカルボナーラはとても美味しかった。
用意してあったらしいサラダとスープまで出てきて、もはや一人暮らしだから、軽いものは作れる、を通り越すレベルだ。

その心遣いは普通の男子高生では出来ないと思う。

マジックが凄くて。頭良し見た目良し、運動神経も抜群、さらに料理も出来るなんて…この人、完璧過ぎじゃないか、と思う。

本当、何者なんだ。快斗君に苦手なものとかあるんだろうか。






二階に登り、案内された部屋に入ると。

一番最初にマジシャンが映る大きなパネルが目に入った。

鳩を帽子から一斉に飛び出させ、優しそうな笑顔で写るダンディーな男性。
見覚えがあるような、デジャブのようなものを感じた。


…どこかで会ったことなんて、あるわけないよね?



その笑顔が、快斗君と似ているから、そう感じたのだろうと、結論付け。

快斗君の方へと向き直る。


「これ、お父さん…?」

「そっ。俺の目標でもあり、超えなきゃなんねぇ人だな」


パネルを見つめながら、どこか真剣な表情で快斗君はそう言った。
8年前に亡くなったという彼の父親は、きっと快斗君にとって、憧れの存在だったのだろう。

一度、お会いしてみたかったな。

思いながら、パネルへと近付いて。
ぺこり、と頭を下げた。


「…快斗君とお付き合いさせて頂いております、浅黄杏です。よろしくお願いします」


どうか、快斗君が世界一のマジシャンになるのを、見届けていて下さいね。
そんな想いを込めつつ、ご挨拶ひとつ。

パネルに向かって何やってんだ、という感じだけど。

私がリボンモチーフのネックレスにお母さんへの想いがあるのと同じように。快斗君には、このパネルにお父さんへの想いがある気がしたから。


よし、と自己満足した所で、背中に重みがかかった。

首だけ後ろを向くと、快斗君が私の腰に手を回してぎゅっとしがみ付いていた。背中におでこを押し付けているので、その表情は窺えない。


「わ、わわっ」

「わり…もーちょい、このままで」


さらにぎゅっと腰を掴む腕が力が強まり。

背中に、熱いものを感じて。



しばらくの間。
何も言わずにただ、私のお腹の辺りに回された手に、そっと手を合わせていた。











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