『ねえねえ、お姉さん!お姉さんが犯人だよね!そうでしょ!?』
『貴方の方が歳上なのにお姉さんとか呼ばないでちょうだいっ!…っもう、調子狂うわ。そうよ。私が殺したの』
DVDでは、頭脳子供で身体は大人な探偵が、とうとう、ろくな推理もせずに犯人を自供へと追い込んでいた。
なんだか大きな事件に発展していきそうな自供に、引き込まれていきそうな大事なシーン。
なんだけど。
私はそれどころではありません。
今。私はなんと。
快斗君の座る脚の間に、座っています…!
快斗君が、私の背中にもたれかかってどれくらい経ったか。
調子を取り戻した快斗君は、ゆっくりと身体を起こした。
私の頭に手をぽん、と置いて。はにかむように笑った。
「ほんじゃ、そろそろDVDみる?」
「うん」
ちょっと照れくさそうなその表情にきゅんとしていると、快斗君が手早くDVDをセットしていた。
「ちょっと飲み物もってくるな。そこら辺座って待ってて」
「あ、ありがとう!」
快斗君が出て行って、さてと、と私はくるりと部屋を見渡した。
快斗君の部屋は、低めのテレビ台にDVDプレーヤーと、ゲーム機が置いてあり。
その上に32型くらいの薄型テレビが設置されている。
そのテレビの前にガラスのローテーブルが置かれ、下には手触りの良さそうな茶色のラグが敷かれている。
奥の方にはベッドと本棚が置いてあって。
シンプルで、落ち着いた雰囲気の部屋だ。
ここが、快斗君の部屋か…。
ドキドキするなぁ。
そこかしこに、快斗君を感じる気がする。
馨ちゃんからベッド下は覗いてやるなよ、と言われていたので、出来る限り視線を逸らしておいて、と。
座って待っていろとのお達しだったので、ローテーブルの奥に座ろうと、腰を落ち着けて快斗君を待っていたところ。
飲み物を持ってきた快斗君はそのまま私の後ろに座りこんだのだ。
そう。私を抱え込むように…!
甘えるように、肩に顎を置かれている。
吐息がわかるほどの距離で。
顔を少しでも動かしたら色々とヤバいと、首から上は微動だに出来ずにいた。
私の緊張など御構いなしに快斗君はケタケタとDVDを見て私の肩の上で笑っている。
人の気も知らないで…!!
映画は噂のカーチェイスシーンに突入していた。
黒色の厳つい五人乗りのSUV車…レンジローバーじゃんか。すご、高級車!
その車に犯人と共に乗り込み、黒幕から逃げる中身子供の探偵。
『じゃあ、いっくよー!!』
そんな掛け声と共に勢いよく後退した車は、後ろの車にぶつかり、ぶつけられた車のフロントがぺしゃんこになった。
ガシャーンッ!!と破壊音が響く。
『ちょっと!それ!ギアRじゃないの!!!後ろの車大破してるわよ!?あんた運転席乗り込んだくせに、運転出来ないわけ!?』
『あれれー?おかしいぞー?ゴーカートの時は前にしか進まなかったのに!!』
『何わけわかんないこと言ってんのよ!早くしないと奴がくる!とっととギアDにいれて!!』
『こ、ここ?』
ギュイーン!と、すごい音を立て、前を走る車や、ガードレールにガツンガツンと当たりながらも猛スピードで発進した。
『わー!すごーい!はやーい!!つよーい!!』
『死ぬ…っこのまま絶対死ぬっ…!!あいつに殺されるのとここで死ぬのどっちがマシなのか…』
すごい。何台も車をおしゃかにしても、レンジローバーはビクともしてない。さすがだ。
後ろは事故られた車で大渋滞。サイレンやパトカーが鳴り響いている。
これ、この探偵普通なら捕まるよね。
そんなはちゃめちゃカーチェイスをゲラゲラと笑いながら、快斗君は私の肩の方から前にぎゅっと手を回してきた。
背中に快斗君の身体が密着するのがわかり。
よくじゃれあいで馨ちゃんに抱き着くけど、馨ちゃんみたいに柔らかくない。
男の人の身体な事がありありと身に染みてわかり、それにどうしようもなくドキドキしてしまう。
カキーンと、そのままさらに固まった。
「ん?杏ちゃん、緊張してる?」
肩から覗き込む顔は、いたずらっ子そのもので。
私の反応見て楽しんでるのがまるわかりだ。
かといって、カチコチになった私は「うう…」と唸ることしか出来ない。
「チョコも、全然食べてねぇじゃん」
──緊張して動けないからねっ!
「なに、食べさせて欲しいの?」
ニヤリと笑った快斗君。
そんな恥ずかしいことされる訳にはいかないと、慌てて身体をよじらせた。
「じ、自分で!食べる!」
なんとか金縛りから脱出し、チョコを頬張る。
あんなに美味しかったチョコが、味が全くわからなくなってる。
快斗君といると味覚障害になるほどドキドキする時があるので困る。
黒羽快斗、恐ろしい子!
もぐもぐと抱え込まれていた腕から抜け出し、テーブルに身を乗り出して味のしないチョコを頬張っていると。
肩をぐいっと引っ張られる感覚。
そのままバランスを崩して黒羽君の太ももへと倒れ込んだ。
「うわっ。──っ!!」
倒れ込んだところに、腰を曲げた黒羽君の顔が近付いてきて。
思わず、ぎゅ、と目を瞑った。
ふっと笑う音が聞こえたと思ったら、唇に柔らかな感触。
あ、キスされた。と思ったら口内にぬるりとした暖かなものが侵入してきて。
…!!?
これは、もしかしなくても、大人なキス!?
舌が絡めとられて、上顎をなぞられて。
口に入っていたチョコは、いつのまにか快斗君の口内に移動していた。
口内全てを舐め上げられるような行為は、正直言って気持ちが良い。なんだか頭がぼーっとしてくる。
突然の深いキスに、もう、息が止まっちゃいそう。というか、止まる。
「杏、息して?」
絡められていた舌を離し、少し唇を浮かしながら、色気たっぷりに快斗君が言う。
そんなこと言われても、いつ息していいかもわかんない。
必死で首を横にふると、快斗君は苦笑して唇を離した。
「このチョコ、うめぇな。ごちそーさん」
そう言って、最後にぺろりと唇を舐められた。
「…死んじゃう」
色々と力尽きた私は、快斗君の太ももに頭を乗っけたまま、両手で顔を覆った。でもきっと、耳まで熱くなっているから、照れているのはバレバレなんだろう。
快斗君は「だいじょーぶかー?」なんて笑みを含んだ声で言いながら、私の髪を優しく撫でている。撫で方が上手くて気持ちいい。このテクニシャンめ。
「いっぱいいっぱいな杏も可愛くて襲っちゃいたくなるから、早くチューも慣れようなー。もっかいチョコ食う?」
「…も、お腹いっぱいです」
私のギブアップ宣言に、快斗君はケタケタと笑っていた。
結局、映画の内容なんて、最後まで頭に全く入って来ませんでした…。
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