#42




何がどうしてこうなった。

私はウーロン茶を飲みながら、出来上がった3人を見て、ため息を吐いた。




「え、黒っちまだ杏ちゃんと一線超えてないの?」
「なんすか、そっすよ!初めては夜景の見えるホテルか、海の音が聴こえるホテ…」
「ギャハハ!!童貞かよ!」
「わりぃか!」
「わかる!わかるよ快斗君!!やっぱロマンチック大事だよね!僕も桃乃との…」
「博士の話は聞き飽きましたー。それより黒っちマジ童貞なの?モテそうなのにねぇ!」
「うっせぇよ!俺の初めては杏に捧げるんですー。その為にとってあるんですー」
「素晴らしい!よし、快斗君!乾杯だ!」
「「「カンパーイ!!」」」


なんだこれ。色々と居た堪れない。

私がここにいるのこの人達わかってる?
なんかシラフの私だけ全然付いてけてないんですけど。

お父さん娘の彼氏のそんなトーク聞いてよく普通に返してるよね。


ああ、突っ込みどころ満載過ぎてもう考えたくない。お肉食べとこ…。
ほんと口の中でとろける、このお肉。
こんな美味しいお肉なのにこいつら味わって食べてないよね、きっと。もったいない。

てか緑水さんと快斗君なんでこんなに打ち解けてんの。
なんかギスギスしてたよね最初。気のせいだったのかな。


いや、最初はこんなんじゃなかったはずだよね。








「どーも。初めまして。杏の『彼氏』の黒羽快斗です」

リビングで、緑水さんを紹介したあと。

快斗君がそんな風に挨拶をした。
なんだかいつもの人当たりの良い快斗君と違って、少し棘のある物言いが気になったけど。凄くイイ笑顔であいさつしてたので、なにも聞けない。

「ドーモ。ハジメマシテ。杏ちゃんの良き兄な緑水拓真です」

にぃ、と笑いながら緑水さんもそんな返しをしていた。
なんだ良き兄って。初めて聞いたけど。

「緑水さん、悪いけどお兄さんだと思ったことないよ?」
「杏ちゃん、冷たいねぇ!たまにはお兄ちゃんって呼んでほしいっていう俺のヨコシマな願望、わかる?」
「え、わかんない」

そんな会話をしていると、後ろからどす黒いオーラを感じて、身体を引っ張られた。


え、快斗君?
すぽり、と快斗君の身体に前向きで納まる。

いや、緑水さんやお父さんの前でそれは恥ずかしい。
身をよじろうとするが、力強くて離れられない。


「ただの『助手』さんですよね?どうもよろしくお願いします」


快斗君よ、どうしたんださっきから。

苦手なタイプなのだろうか。
どちらかというと煙に巻くタイプの快斗君だから、何考えてるか分かりにくいお気楽主義っぽい緑水さんは苦手なのかな?

「あらま。余裕ナシだねぇ」

さらにニィっと口の端を釣り上げた緑水さんを、苦虫を噛み潰したような顔で快斗君は睨んでいた。

本当、どうしたんだろう。
そんな快斗君を意に介した様子もなく、緑水さんは私に視線を移した。

「あ、そうそう。杏ちゃん、チョコありがとねぇ。すごい美味かった」

緑水さんにあげたチョコは、つまりは快斗君に凄いキスされたあのチョコと同じやつだ。

思わずそんな事を連想してしまった私は、顔に熱が集まるのがわかった。

ああ!私のすけべ野郎め!


思わず俯いた私は、赤くなった顔を誤魔化すのに必死で。

そんな私の様子を、快斗君がどう思うかなんて、ちっとも考えていなかった。









鉄鍋に牛脂をひいて、サシの綺麗なお肉をサッと炙るように焼く。
ほぼ焼けて無くてもそのままいけちゃうくらいのいいお肉!なんて食欲をそそられる匂い。
ああ、黒毛和牛様様だ。

割り下を入れて、野菜類を投入していると。もう既に乾杯を終えた緑水さんとお父さんが2本目のビールに突入していた。
もずく酢と枝豆用意しておいて良かった。

って、ん?
お父さんったら快斗君にもビール勧めてる!?


「ちょ、お父さん!未成年の快斗君に勧めちゃダメでしょ!仮にも先生でしょ!」
「先生じゃないし、教授だもん。しかもたまーに臨時で教えるだけだし、いーのいーの!快斗君はビールは嫌かな?ワインもあるし、とっておきのが後であるよー。まさか彼女の父親が勧めるお酒を飲めないなんてこと、ないよね?」
「あー!なにやってんの!パワハラ!パワハラ!快斗君バイクで来てるんだよ!お酒飲んだら帰れないじゃん!」
「泊まっていけばいいよー」
「は!?何言って!」


お泊りって!私達まだ清い関係なのに!!
なんでこんなにオープンなのウチの親!

あわあわしている私に、苦笑を返しながらも、快斗君はグラスを傾けて、杯を受け取っている。



「ビールで大丈夫です。すんません。ご馳走になります」
「よかった!呑もう呑もう!娘の彼氏と飲むとか、憧れだったんだよね!」
「ほんと、おっさんくさくなりましたよねぇ、博士」
「しょーがないよ!おっさんだもん!」
「いいおっさんが『だもん』はないよねぇ。じゃ、黒羽君も、乾杯しようか」


おつかれー。とゆるい乾杯で、快斗君もグラスを煽る。

ああ。大丈夫だろうか。
そんな心配を他所に、意外にも飲んでも普通そうな快斗君。

お酒強いのかな?高校生なのにいけないんだー。


酒を酌み交わすと、快斗君と緑水さんのどこかギクシャクしていた雰囲気も幾らか和らぎ。

もしかしてお父さんはこれを狙っていたのかもしれないな、と最初の方だけは見直していた。

最初の方だけ、だけど。




多分この人達がぶっ壊れ始めたのは、あれだ。あの父の言ってたとっておきの酒が原因だ。


「じゃーん!!これぞ、国賓御用達の日本酒メーカーがその熟練の技術を注ぎ込んだ製法と、10年の熟成期間を経て、今年世に放たれた、とっておきの吟醸酒、『悪魔のめざめ』!!数量限定、予約のみの、超レア物!!ここに解禁しちゃいまーすっ!」

先程ワインも開けて、程よくハイテンションなお父さんがウキウキと桐箱入りの日本酒を持ってリビングへと戻ってきた。
おー!とか2人も喜んでいる。酔っ払いばかりが楽しそうで、私はとにかく肉を食べることに集中していた。

付き合ってられるか。


多分、凄く美味しかったんだろう。数量限定のを4本ゲットしたという500mlの酒瓶が、気付けば全て空いていた。

馬鹿じゃないのか。
あれ、そういう風にガバガバ飲むやつじゃないよね!たしか500しか入ってないのにめっちゃ高かったよね!代引受取したから知ってるんだからね!





とまあ、そんなこんなで。今に至る。

快斗君も、お父さんも、緑水さんも。
もはやよく分からないテンションで本当、おかしくなっている。

緑水さんと快斗君なんて、呼び方もフランクになってるし。肩とか叩き合ってるし。

なんだよ、黒っち、緑ッ君って。
お父さんはなんか泣き出してるし、カオスだ。


「いいねぇ、性少年。頭ん中どーせエロいことしか考えてないでしょー?杏ちゃんのエプロン姿とか、たまんないよねぇ。キッチンで、とか背徳的で良くない?」
「緑ッ君だってエロ親父じゃねぇか!まじお前その妄想杏でオカズにしたら殺す」
「えー、想像くらい許してよ」
「無理、だめ、俺の。その裸エプロン妄想も俺の」
「誰も裸エプロンまで言ってないっしょ!黒っちむっつり助平だねぇ!童貞のくせに!ケチ童貞!」
「童貞童貞うるせぇよっ!」
「うー、僕の、僕の杏が、大事な娘が汚されていく…。大人になったなぁ…」


…こいつら、私ここにいるの本当、わかってんのか。公開セクハラですか?

緑水さんがお土産として持ってきていた有名店のカップアイスをひたすら食べながら、無心を貫こうと頑張っている私を誰か褒めて。




その後。

お父さんは先に潰れ、ソファに顔を突っ伏して寝息を立てていた。

リビングのローテーブルの周囲は空き缶、空き瓶で散乱しているが、私は片付けてやるつもりはない。
明日各々できっちり片付けて頂こう。
すき焼きのお鍋と小皿類はもう既に片付けたけどね。飲んだ後始末までするつもりはないよ!
1人シラフで疎外感半端なかったんだからね!

もうこの酔っ払い共は放っておいて、お風呂入っちゃおうかな。と、お父さんにブランケットだけ掛けて、その場から立ち上がる。


私を無視するかのように盛り上がっていた2人だったはずなのに。
動き出した途端、私の腕を快斗君が掴んだ。

「どこいくのー」
「へ、え!いや…部屋に」

着替えを取りに、と言おうとしたところで、「俺も行く」と間髪入れずに入ってきた。

え、くるの!?


「えー、俺もいこっかなー」
「アンタはそこで一人で飲んでろ」
「黒っち冷たいねぇ!余裕ナシ男ー!」
「うっせ!」

意外にもしっかりとした足取りで。
なぜかずるずると引っ張られるように、部屋へと向かい。

パタン、と部屋の扉が閉められた。


気付けば私の部屋に二人きりという状況なんだけど。
快斗君が酔っ払っていることもあり。


私は最初、なにも考えていなかった。







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