#43



そういや快斗君、うちにしょっちゅうご飯食べに来てるけど、何気に私の部屋に入るの初めてだ。

まさか酔っ払いの時に初めて入られるとは…。


なんだか様子のおかしい快斗君は、愉快に飲んでいた姿はなりを潜め、部屋に入った途端押し黙ってこちらを凝視していた。

え、なに。

「──なんで」
「え?」
「なんで、赤くなってんの?」

…何の話?さっぱり話が読めず、頭にクエスチョンマークが飛んでいた。

私の様子に、イラついたように快斗君は私をひっぱり、ベッドに座らせた。
肩を両手で押さえられ、立ち上がれない。

自然、見上げる形で快斗君を見遣ると、蒼い瞳がこちらをじっと見つめていた。

「──チョコ。あいつにやったんだろ。緑ッ君に。あいつがお礼言った時、杏、赤くなってた」

──ああ!あれか!
え、あれのことなの!?

いや、あれは、快斗君とのエロいチューを思い出して赤くなってた…なんて、恥ずかしくて言えない。

またも頬が熱くなりかけて、ぶんぶんと首を振った。

「あれは、なんでもないよ?」
「俺に言えないような話?」
「…いや、あの」

私の返しに、さらに瞳の奥が剣呑な雰囲気になった快斗君。
目が座っていらっしゃる。

え、どうしたのほんと。


「──言えないようなら、身体に聞くけど」


どさり、と座らされていたベッドに押し倒されて。
ぎしり、と上から快斗君が馬乗りで私を見下してくる。

驚きすぎて声が出ない。え、この体勢、え!?

「なんで、あいつに赤くなってんの。まじでムカつく」

そう呟くと同時に、唇を食べられた。
むせ返るようなお酒匂いと、前の時より遠慮のない舌の動き。

無理やりに絡めとられる舌に、身体の力が抜けていく。

「ん、んんっ」

快斗君がなんだか変な勘違いをしていることにそこでやっと気付いた私は、どうにか止めようと、じたばたと動こうと試みる。
それがまた、何が快斗君のスイッチになったのかはわからないが、更に口内を深く荒らされて。

そのまま脇腹にひやりとした手の感触を感じた。
なんと服の中に快斗君の手が入ってきた模様!

ぞくりとしたその感触に、身体が跳ねる。


「なんであいつにチョコの礼言われて赤くなったのか。言わないとこのまま進めるけど」

するり、とお腹をなぞられる。
こそばゆいような、変な感覚。

ゆっくりとその手が上に這い上がって、ブラの下のあたり、胸の下の部分を親指と人差し指で包むように抑えられたところで、そう言われた。

言葉と同時に離れた唇は、お互いの唾液でてかっている。

いつもよりトーンの低いその声と、私の上からそんな風に言ってくる快斗君が凄く色っぽくて。
ばくばくと心臓が激しく鳴り響く。

ブラの下。心臓あたりにちょうど手を置いている快斗君には、私の心臓がどれだけばくばく言っているかわかったのだろう。

なんだか怒っていたはずの快斗君のが、ふ、と口元を綻ばせた。
ブラの下に置かれていた手が抜き出され、私の頭にふわりと乗せられる。

「緊張してんの?大丈夫、ちゃんと言ってくれりゃあ優しくすっから」

あれ、どっちにしろ、進めるかんじ?

とにかくでも、誤解は解かないとダメそうだよね。
こうなったら恥を忍んで理由を話すことにする。

「…赤くなったのは、チョコの話で快斗君とのキスを思い出したから」

あんな、チョコを搦めとるようなエロいチューされたら、あのチョコみたらもう、それしか思い出せません。

ああ、私のむっつりすけべ…。


真っ赤な顔になってしまっているのが自分でもわかる。
恥ずかしいので隠れてしまいたいんだけど。押し倒されている今、そんなことも出来ないので、目をつぶってやり過ごそうと試みる。

すると、再び口内に酒臭い舌が入ってきた。

「んー!」
「可愛いすぎ、反則すぎ、もう知らねぇ」

合間合間にそんなことを言われ。
歯の上側まで犯されるような舌の動きに、身体がおかしくなりそう。

快斗君とのキスは、私の脳内をグズグズに溶かしていくみたいだ。


もう、このままなし崩しにそういうことになっちゃってもいいかもしれない。


そんな思考になりかけた所で、唇が離れた。


「…ほんと、可愛くて危ねぇ」


言いながら下に降りた快斗君の頭。
首筋を唇が這うのがわかった。

ぞくぞくとした感触、びくりとまたも身体が跳ねる。

首に感じる快斗君のふわふわの髪が擽ったくて身をよじると、そのまま、がぶり、と噛まれた。

痛みだけじゃないその感覚に、「ひぁっ」と声が漏れ出てしまう。


「…悪い虫。付かねえようにしとかねぇと、いけ、ねぇ、から──」


そのまま、どさり、と胸元に重みを感じた。


「──え。快斗、君?」


すーすーと聞こえる寝息。
力の入っていない身体は、ずしりと重く。


え、このタイミングで寝るとか!


胸元を枕代わりにして寝入ってしまった快斗君の下から、なんとか抜け出して。
そのままうつ伏せで死んだ様に寝入っている快斗君に、布団を掛ける。

つんつんとその頬をつついても、何の反応も返ってこない。
寝息は聞こえるので、死んではいないようだ。


ほっとしたような、残念なような。

この恋する乙女の複雑な気持ち、この酔っ払いにはわからないだろう。
まったく…。


私、この後どこで寝ようかな…このまま横にもぐりこんでしまおうか。

抱きすくめられたり、快斗君から色々仕掛けられたりはするけど、こっちから抱き着いたりしたことないし。
いや、いつでも抱き着きたくなるのはなるんだけどね。そこで行動に移せないチキンな私。

今、こうして寝てるなら、大チャンスだ。


そんな欲望にまみれた考えにとりつかれて。
いかんいかんと思いながらも、思考はそっちに傾いていく。

そう、せっかく快斗君がここで寝てるなら、いいんじゃないかと思う。
うん、いいよね。こんなチャンスそうそうないし。


とりあえずお風呂入ってこよう。と、ベッドで寝ている快斗君から視線を外した。

そこで、バラの花が目に入った。


──悪い虫がつかない様に、マーキング、です。


そう言って、私の首元に歯型をつけていったキッドさん。

するり、と自分の首元に手を伸ばす。


快斗君も、同じようなことを言って、噛んできた。


──キッドさんから、たまにふと感じる快斗君と居るような感覚。


「──まさか、ね」


キッドさんと居る時に、快斗君からLINEが入っていたこともあるし。

そんなわけ、あるはずがないんだって。


多分、キッドさんにときめいてしまった自分を、快斗君がキッドさんだと思うことで、正当化しようとしてしまい、そんなことを考えてしまうのだろう。

軽く首を振って、そう結論付けた。

快斗君は未だに突っ伏したまま死んだように寝ていて、起きる気配も全くない。
明日、二日酔いかもしれないなぁ。

お父さん御用達のOS2の出番かな?と考えながら、部屋を後にした。







リビングを通ると、緑水さんがビールを片手に「おかえりー」と言ってきた。

まだ飲んでるよ、この人。

「思ったより早かったねぇ。黒っちもしかして早漏?」

にぃ、と笑いながら下品なことを言ってくる。
この酔っ払いめ。

一人では可哀想なので、仕方なく隣に座った。
昔からお父さんと飲んではお父さんの方が先に潰れるので、こうして話し相手になってあげていた。緑水さんは、酔うと下ネタ度合いが増す。
お陰で無駄に耳年増になった。

にしても、この人ほんとお酒強いな。


「してないよ!緑水さん酔いすぎ!セクハラ!」

「あ、そーなの?まあ、あんだけ酔ってりゃ勃つもんも勃たないか」


ケタケタと笑ってビールを煽る緑水さん。
いたいけな女子高生になんて事言うんだと思う。

でもそうか、あのままなし崩し的になってても、最後まではいかなかったのか。なんて思わず考えてしまって、少し頬が熱くなった。

目敏く気付いた緑水さんは、にぃと口元を歪ませた。

「何?エロいことでも考えちゃった?」
「もー!緑水さんっ!」
「まあ、ヤッてないっつっても、イイ線まではいったってことかねぇ。童貞君はロマンを大切にするとか言ってたけど、目の前にご馳走ぶら下がってたら、そんな事も考えられなくなっちゃうよねぇ」
「勝手に推測してかないで下さいよっ!」

あーあ。杏ちゃんが大人になっていくー。なんてふざけたように嘆くふりをして。

最後までビールを飲み切ると、緑水さんは立ち上がった。


「さて。黒っち寝ちゃったなら一人で飲み続けるのも悲しいし、俺はお暇するとしますかねぇ」
「え、緑水さん寝てかなくても大丈夫?今日はいつも以上に飲んだんじゃない?」
「だいじょぶだいじょぶ、タクシー呼ぶし」

言いながらもふらふらしている身体を、慌てて支えた。
緑水さんは遠慮なくのしかかってくる。

「うわー杏ちゃん、ちっこいねぇ」
「緑水さんがひょろデカいんですよっ」

一生懸命支えようとする私を、ケタケタと笑いながら緑水さんは上半身おんぶのようにのしかかる体勢になり、私に身を任せてきた。

すごく重い。わざとやってるだろこの酔っ払い。


「もー!ほら、自分で歩いてっ」
「えー。だって杏ちゃんからいい匂いするんだもーん。身体もやーらかいしー」

そう言って首筋をすんすん嗅いでくる。やってることがまるで変態だけど、これが緑水さんだよなぁ。と、慣れてしまっている自分がいてちょっと怖い。

「変態っぽいよ緑水さん。そんなことばっかり言ってるといつか誰かに通報されるよ?」
「うーわ、ひどいねぇ。こんなこと杏ちゃんにしかしないのにねぇ」
「はいはい」

受け流しながら、あーだこーだ言う緑水さんをずるずると引きずって玄関前までくると、急に重みが去った。

普通そうに歩く様子に、やっぱりわざとのしかかってたんじゃないか、と呆れる。

「じゃ、杏ちゃん、今日はありがとねぇ。部屋荒らしてごめんよ」
「いえいえ。父に全部片付けさせますから。また遊びに来てくださいね」

ほんじゃ。と玄関のドアに手をかけた緑水さんが、何か思い出したようにくるり、とこちらに向き直った。

こちらに近づき、私の首筋に指を這わせる。

そこは、そうだ。

ちょうど、快斗君に噛み付かれた辺りで。


明日にはなくなっちゃうだろうと思ってたから隠すの忘れてた!

かっ、と頬に熱が集まる。


「──黒っちの独占欲、なかなか凄そうで。大変だねぇ、杏ちゃん」


にぃ、と笑って。

ゆっくりと指を離して緑水さんは去っていった。





──くそぅ。
このネタで暫くいじられそうだ…。







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