#46


頭の中がピンクモードになった私に、その日から快斗君はスパルタモードに突入した。

毎日数式が頭の中でせめぎ合っている。頭パンクしそう。
もはやピンクモードの頭はどこかに飛んでいった。

いやまあ、いいんだけどさ。





そんな快斗君は翌々日、我が家で薫ちゃんに優しく教えていた。

あれ。おかしいな。
私にはスパルタだよね?

今回はデートの為っていってたけど、でも付き合う前の居残りの時も私にはスパルタだったよーな…?と思わなくもないが。

馨ちゃんと私の理解力の差だろうか。そうか。



ちなみに夕ご飯はさっと食べれるカレーにした。
2人ともとても喜んでいた。カレーは正義らしい。




キッチンで片付けをしていると、2人は再びリビングのローテーブルに向かい合って勉強をしていた。
馨ちゃんは若干げんなり気味だ。多分お腹膨れてやる気が失せたんだろうな。

すごくわかる。食後の勉強は結構きつい。


にしても。2人とも美男美女だから、並んでるとお似合いだ。
釣り合ってる、ってかんじ。


格好良くて勉強もマジックも、運動神経も良いすごい彼氏。

…かたやこちらは赤点回避に毎回必死なドジ女。

あ、だめだこれ。
考えるとあかんやつや。ドツボにハマるやつだ。


ふるふると首を振って、とっとと洗い物を終わらせようと仕切り直し。
途中ガシャガシャとお皿やコップを鳴り響かせたのは、ご愛嬌でお願いします。


あ、ちなみにうちのお皿やコップ類は、強化なんたらで、ちょっとやそっとじゃ割れないものばかり。

食器までドジ対策が施されている我が家!







「ん、大体わかった。さすがクロバ大先生ね」
「でしょでしょ!凄いのクロバ大先生は!」

2人でもてはやすと、快斗君はまあな、と得意顔。謙遜しないところはさすがの快斗君なのです。


「じゃ、そろそろお邪魔だろうし帰るわ」
「もう暗いし、送ってくか?俺、バイクだし」


快斗君は優しい。
そして高校生男子にしてはものすごく紳士だ。

だから、これは、他意のない言葉。
もちろんそんな言葉をかけれない男の子より、数倍素敵なんだけど。



──私、一回もそのバイク、乗ったことないんですけど。



わかってる。
ドジが酷いから乗ったらえらい事になることも、もし誘ってくれたところでお断りしなきゃいけないことも。

頭ではわかってても、心が納得してくれない。





相手は大事な大事な馨ちゃんだというのに、なんて嫌な女なんだ。

さっきの闇に葬った思考も相まって、うだうだ虫が騒ぎ出している。



ああもう。こんなに自分勝手な心、本当に嫌になる。


人を好きになるって。そして、両思いって。

もっと、綺麗な心ばっかりになるものだと思ってた。

なんで、私の心はこんなにしみったれてるんだろう。



馨ちゃんがちらりとこちらに視線を向けてきた。
へらりと笑い返すと、ふん、と鼻で笑われて。

うわ。これはきっと、気付かれた。


「いや、いいわ。そこらへんの奴より私のが強いし」


そう言いながら、私の肩に手を回してくる。
そして私にだけ聞こえるように、耳元に口を寄せてきた。


──私はアンタがそうやって悶々と出来る相手が出来たの、嬉しいね。
嫌な女、上等じゃない。

でも、ちゃんとそういうのは、相手に言いな。もちろん、可愛らしくね?


じゃーね。と手を振り去っていくその姿は、男前そのものだった。

私の友達は、どうしてこんなにイケメンなんだ。惚れてまうやろ。



でも、どうやって言えと。
嫌な女な私を、快斗君には知られたくない。


悶々と思いながら快斗君に教えて貰っていると、上の空の私に気付いた快斗君が、私のおデコをシャーペンの持ち手側で突っついてきた。

「どした?」

こういう時はスパルタはなりを潜め、優しい瞳でこちらをみる快斗君。

…言って、しまってもいいのだろうか。


「──バイ」


──バイク、他の女の子を乗せないで。なんて。



…やっぱり言えない。

乗れない自分が惨めすぎるし、ドジ体質な私に過保護な快斗君には、きっとただのヤキモチ以上に聞こえてしまうだろう。



「──バイ・グレイさん。楽しみだなぁ、って」
「ばっか。そんならちゃんと勉強しねぇと行けねぇぞ?ほら、集中集中」
「はーい。クロバ大先生は私には厳しいんだもんなぁ」


「──何、優しく教えてほしいの?」


あ、ヤバイ。変なスイッチを押してしまったようだ。
快斗君がお色気大魔王に…!

「さ、イケナイ生徒な杏ちゃんはナニを優しく教えて欲しいのかなぁ?」


髪をくるくる弄ばれながらそんな風に聞かれ。向かい側に居たはずの快斗君が膝立ちになり、こちら側へと身を寄せてくる。

わ、前髪辺りに吐息を感じる。
指が、耳に…!!






ぎゅ、と思わず目を瞑ると、頭頂部にリップ音。

「へ」

「──何、期待しちゃった?今は勉強中だから、ここまでですよ、杏ちゃん?」


ぱちり、とウインク1つ付けられて、ゆっくりと離れていく。


…!!恥ずかしい!私のバカ!
チューされるかと思った!!

さらに言うとチュー期待した!!
てか、しないんだ!!なんだよ!


何事もなかったように口笛を吹いてスパルタモードへと戻る快斗君。


──振り回されてるよ。

くそう。いつになったら快斗君を振り回せる色気が身につくの、私!


そんなこんなで、バイクのことは、単純な脳みそ構造によりどこか遠くへ吹き飛んだ。




お願いだから、もう、こんなに醜い心は出てこないでね。

と、自分の心に言い聞かせつつ。


快斗君のスパルタの甲斐あって。
テストの順位が今までで1番良かった。

100位以内なんて、生まれてこのかた目にしたことないよ…。

テスト結果のあの小さい紙を受け取った時、思わず二度見した。
黒羽大先生には足向けて寝られないな、ほんと。






そんなわけで。無事、クリスマスデートの日となった。

迎えにいくと言い張る快斗君に、絶対大丈夫だから、と駅で待ち合わせにしてもらい。

だって、折角のお外デートだ。
こういう待ち合わせ的なこともしてみたい。

ドジってたら1000パー怒られるだろうから、細心に細心の注意を払って駅までやってきた。ドジやらかしてもバレないようにタイツの替えも用意済み。


期待と緊張でいっぱいいっぱいになりながら、勝負下着まで準備した小さなお泊り用のボストンバッグを両手に持って駅へと進む。
もし、そういう意味じゃなかったらどうしよう…その時考えよう。うん。と、自分自身に言い聞かせ。


なんとか無事駅まで着いた私は、ほっと息を1つ吐いて、快斗君を待つ。

ドジで遅れないようにと、早く着き過ぎてしまった。


変じゃないかな、と窓ガラスに映る自分をチェック。
今日はなんていってもネットで破格の値段になっていたマジックショーだから。しかも一流ホテルのディナー付き。

ちょっと外行きの格好が必要だよね。と貯めていたお年玉から奮発して、ジルの大人可愛いニットワンピを購入。
上品なラメが入った薄いグレーで、裾がドレープの深いフリルになっていて、後ろに長くなってるラインが可愛くて一目惚れ。
ハイウエストに細いベルトも着いてて、ニットワンピなんだけど、着膨れした感じもない。

まあ今は去年買った大きな襟元がファーになった白のPコートを羽織っているので、殆ど見えないけど。
靴は本当はヒールとかがいいんだろうけど、ドジでそんなの履けないし。入学祝いに買ってもらったここぞという時用のトーチのラウンドトゥーのパンプスだ。

薄めだけど、メイクも少し。
髪も内巻きワンカール。


…うん、我ながら今日はきっと可愛いはずだ。大丈夫大丈夫。




「アレ?」

その時、ちょっと遠くから声がした。

「アレアレアレアレアレアレアレ?」

なんかアレアレ言いながら近づいてくる男性。え、何。

「俺のこと覚えてる?」


え、誰。






耳元にピアスが両方で5個、短髪金髪のアレアレ男は、私の目の前に立ち塞がった。

え、何。知り合い…なわけない。
私にこんなチャラそうな知り合いはいない。

「記憶にございません。人違いじゃありませんか?」

「やだなー会ってるっしょ!前前前世から!」

あ、これは無視しとくべき案件だったようだ。

「ねえ、君の名は?」

ドヤ顔で今更旬でもなんでもないネタで名前を聞いてくる男に、苦笑しつつも一歩距離を置いて。

世の中の男の人は手を替え品を替えこうして女の子を誘ってるんだろうな、お疲れ様です。

そういや快斗君との出会いも私の体当たりナンパみたいなもんだったな、と少し思い出す。
忘れられもしない、パンツ丸見え正面衝突事件。

…快斗君ナンパ上手そうだよな。
あれも一種のナンパだったのか?とまで思考が飛んでいると、男が私の腕をぐ、と引っ張った。

げ。ちょっと思考飛ばして存在忘れてた。


「ちょ、無視しないでくんない?」

少し苛立ったような男の声。掴まれた腕にぞわりとする。

「すいません。彼氏を待ってますので」

ナンパとか慣れてないからどう断ればいいかわかんないんだけど、とりあえず真面目に断ってみる。

「あれあれ。俺らもう付き合ってた?」

やばい。話通じない系だ。

困ったな。そして頼むから腕離してくんないかな。
そう、思っていた時だった。


ばし、とその手を掴んでいた腕が無理やり離れていくのを感じた。

私の前に、割り込んでくる安心出来る後ろ姿。


「この子、俺のなんで」


いつもより数倍トーンの低い声。
どんな表情をしているかわからなかったけど、アレ男は「しらけた。男いんじゃねぇか」とかいってあっさり去っていった。

彼氏待ってるってちゃんと言ったのに、理不尽。

こちらに向き直る快斗君。


「わり、待たせた」
「全然!」

そう、こういうのしたかった。
ザ・デートって感じ!!

キャメル色の質の良さそうなコートを羽織り、ダークトーンなパンツをあわせ、青色のマフラーを首に巻いて。
スニーカーが常の快斗君も、ディナーショーだからだろう、茶色い革靴を履いている。

少しシックな装いが、いつもカッコいいけど、なんだかもう、格好良過ぎてドキドキしてしまう。


ああ、でも少し怒っていらっしゃる。

折角無傷で待ち合わせ場所まで来たのに、あのアレ男のせいで台無しだ。


「だから、迎えにいくって言ったのに。誰もドジばっか心配してんじゃねぇんだかんな?」
「…申し訳ございません」

まんまとアレ男に絡まれていた私はグゥの音も出ません。


「今日、おめぇすげぇ可愛いんだから。ほんと、気をつけろよ」


そう言って。
私のボストンバックを自らの手に取り、反対の手を、ほら、といつものように差し出してくる。



──本当、この人、色々反則過ぎる。

私をどれだけキュン死にさせれば気がすむの。

もう既に好きすぎて死にそうになるのに。今日のお泊りで、私、一体どうなっちゃうんだろう。心臓持つかな。

身体を重ねれば、少しはこういう思考も落ち着くのかな。

…って!いかんいかん!思考がピンクい方向に!!

ぶんぶんと首を振る私に、快斗君は耳元で囁く。


「──このカバン。ちゃんと、そういうつもりで来てくれたってことだよな。サンキュ」


ピンクモードを解除しようと頭を振っていたのが台無しになるようなその言葉に、うぎゃーー!!と叫び出しそうになる自分を、電車の中で必死に堪えていた。



「杏ちゃん、目、見開いてる見開いてる」



──誰のせいだよっ。



そんなデートに有るまじき形相で、私と快斗君の、クリスマスデートは始まりを告げた。






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