#48_K

「テストも目標あった方が頑張れるだろーし、全科目平均点超えたら、昼は杏の行きてぇとこ連れてってやるよ。どこ行きたい?」

え、いいの?と瞳が煌めいた。
わかりやすい反応を示すこいつのこういうとこ、本当、可愛い。

「だから頑張って勉強しろよー」
「うん!頑張る!!えっとね、水族館行きたいっ!」



「──水、族、館?」



俺の唯一にして無二の苦手な生物がうようよと展示されている、あの、魔の巣窟?

あの目さえなければ、なんとかいけるが、あの目がダメだ。お魚さん、コワイ。

でも、そんなこと言ったらかっこ悪りぃし。

杏には俺のことをカッコいいと思ってて欲しい。そんな健気な男ゴコロが、やめようぜとは言えないでいる。

嬉しそうに笑う杏の為にも、俺はやる。やれる子だ。いける、いける。

マンボウと、シロイルカとジンベイザメが見たい!

そんな風にウキウキと話す杏の言葉を、俺はどこか遠くを見つめながら頷いていた。








そして。まあ。
ご覧の通りの有様になってしまったわけですが。

ぐったりとベンチに座り込む俺に、杏はコンポタを買ってきてくれた。情けねー。


でもあんな大群で来たら我慢出来ねぇ。お魚さん、コワイ。


謝る俺に反して、杏はとても楽しそうだった。
楽しみにしてたくせに、なんで?と尋ねると、俺に苦手なものがあるのが嬉しいのだという。

酷い女だと思う。俺は出来れば杏の前ではいつでもカッコいい俺で居たいと思ってるっつーのに。


「嬉しいよ。好きな人のそういう姿も、女子は見たいもんなんですー」


好きな女から、嬉しそうな顔で好きな人とか言われるだけで。
こうして顔が火照って来てしまう俺は、すっかりこいつにへなちょこにされてしまっているんじゃなかろうか。



水族館に入らなくても全然楽しめそうだ!と嬉しそうな表情のまま、杏は俺に手を差し伸べる。


あ!ペンギンが散歩してるーー!!!

そう駆け出しそうになっている杏が転けないように辺りに注意しながら、嫌いなあの生物がうようよいるこの場所で、いつのまにか俺も笑って楽しんでいた。




さっみーのに、川下りのボート乗ろうとか言い出して、危うく乗るときに転げ落ちそうになってたり。
セイウチのショーを見にいって、くさい息を間近で吹きかけられて死にそうになっていたり。


それでも、楽しい!!と常に杏は満面の笑みで笑っていた。








例えば、俺が、怪盗キッドだと知っても。
杏が、全ての真実を知っても。



杏は、こうして笑って俺に手を伸ばしてくれるんだろうか。


知られたくないような、知っていて欲しいような。複雑な想い。


「快斗君っ!こっち!白イルカ餌やり出来るって!!」



それでも。今のまま笑っていて欲しいから。
やっぱり、このまま、何も知らずにいて欲しいと。

そう、思ってしまうんだ。













どうなることかと思っていたが意外に楽しめた水族館を後にして。
さあ、こっからは俺のターンだと意気揚々とチェックインを済ませていた所。

振り向くと杏が隣から消えていた。

おいおい、ドジなのにどっか消えるの本当勘弁!っと辺りを見回すと、ちょっと先にその姿を発見。

慌ててその場まで急ぐ。


「杏、一人でうろつくな──って、哀ちゃん、と坊主!?」

杏を捕獲すると同時に、見覚えのある小さな人影が2つ。

なぜこんなところに。そう驚いている俺を、哀ちゃんは可哀想な子を見る目で眺めている。

わーぎゃー騒ぐ名探偵は放っておくとして。なんだ、なんでここに哀ちゃんが?と思って聞いたら、まさかのマジックショーを見にきたと。
しかもどうやらそのまま今日はここに泊まるみてぇで。

げぇ、と顔を顰めてしまうのは、仕方ないことだろう。


…いや、哀ちゃんはいいんだ、哀ちゃんは。


──問題は、コイツだ。

俺の横で、未だなんか騒いでる、このメガネっ子。

「オイ、あれ、オメーの彼女か?オメーの正体とか知ってんのか?あの子なんで灰原と知り合いなんだ?てかオメーも、なんで灰原と顔見知りなんだよ」

探偵はなんでもずかずかと、根掘り葉掘り質問するから嫌んなるんだよなぁ。

「俺もなんでかは知らねぇよ。哀ちゃんに聞けよ。んで、俺の事杏に言ったら速攻で蘭ちゃんのとこに全てぶちまけに言ってやっかんな」

その途端、口を噤む名探偵。



──コイツがいるってなると、高確率で事件が起こる。


このホテルで事件なんて起こった時にゃあ、メモリアル初体験なんて夢に消えちまうじゃねぇか!

ここまでセッティングしたってのに!

きっと、博士に招待券を送ったのは、杏から話でも聞いた親父さんだろう。あのおっさん、飲みの時は泊まっていいよーとかオープンなこと言ってたくせに、いざとなるとこうかよっ。

…いや、事件が起こらなければいいんだ。うん。

「おい、名探偵。今日明日は絶対変な事件引き起こすなよっ。やるならホテル外で事件起こしてくれ」

俺の言葉に「事件起きんのはいつも俺のせいじゃねーよ!」とおかんむりな名探偵に「ほんと、頼むよ」と念押しし。

杏を連れて、部屋へと急いだ。
あのメンツの近くに居るだけで余計な事件に巻き込まれそうだかんな。






部屋へと入り、ちょっとのスキンシップの後に思い付いたように杏の髪と顔を弄って。
中々の出来栄えに満足して鏡を渡すと、杏も何やら感嘆していた。

まあな。俺にかかれば、メイクアップなんて余裕ってもんよ。怪盗キッドの変装術なめんなよ?

後はグロスをつければ完成だ。とそこで、後で渡そうかとも思っていたけど、アップにした髪に映えそうだと、持ってきていたプレゼントのネックレスをその首元につけた。


泣き出しそうになるほど喜んでくれた。良かった。

気恥ずかしくて、「俺と付き合ってくれてありがとう」っちゅー言葉までは出せなかったけど。




こう、彼女にあげるっつったらやっぱハート柄のネックレスとかだよなって思いながらデザインをイメージした時に。
杏にはマジックみてぇだろ?なんつって得意げに言ったけど、ついついクローバーになるような仕組み付けちまったのは──怪盗キッドのモチーフでもあるクローバーを、杏にも身につけて貰いてえな、っちゅー俺の願望でしかなくて。



先日。親父さんから連絡があった。
俺の盗む予定のビックジュエルについて、プロジェクトが出来たと。

年明けにその会議が東都大の博士の研究室で行われる。いつになるかはわかんねぇが、とうとう、俺の出番ってこった。

そしたら。暫くは俺はこいつの側には居られねぇだろうから。

すこしでも、そばに居なくても。
ソレ、が俺を思い出す術でいてほしい、みてぇな。


──こんなみみっちい願い、誰かに知られたら絶対ぇ爆笑されんだろーけど。








「ほんじゃ、最後の仕上げすっから。顔あげて」

杏の唇は桜色で。余程がっつりメイクの時以外は、口紅は必要ない。
今日みたいな余所行きの服装でも、グロスで艶だけ出せば十分可愛い。
そんなわけで、グロスを塗ろうと、その顎に手をかけて。上唇から、下唇へと、筆を落とす。


驚いたのか「んっ」と甘い声が届いた。

艶めく唇に、恥ずかしいのか、閉じられている瞳。

先程のネックレスで興奮したからか、チークだけじゃなく紅く染まった頬。




気付けば、その唇を貪っていた。




「ふ、んんっ!?」

驚いた隙に開いた唇に舌をねじ込み、口内を蹂躙する。
びっくりして掴んだのであろう腕から、力がくたりと抜けていく。鼻に抜けるような声を出し、俺が絡める舌に、されるがままになっている。

まだ、慣れねぇな、と少し笑みが零れる。

必死に応えようとする姿が可愛くて、夢中で口内を貪ってしまう。
思わず首の後ろに手をやって、より深く口内に入ろうとしたところで、やべ、と気づく。


──あっぶね。今からマジックショーじゃねぇか。


唇を音を立てて離した後、ちょっと潤んだ瞳で俺を見つ杏を見る。
頬が更に紅くなっちまってまあ。

うーわー、そそられる。


じゃねえや。やべ、グロスも落ちたし、髪もちょっと崩れちまった。
ほんでもってその表情も、外でみせたらあかんやつ。


「杏、俺が悪かったけど、あと1分でそのエロい顔直して。もうそろそろ行かねぇと、マジックショー始まっちまう」

「…!!」

驚いている杏の唇にさっとグロスを塗り直し。髪の毛も整え、よし、オッケ!!
可愛い可愛い。俺の彼女、超可愛い。

「じゃ、行きますか」

まだ、顔が真っ赤なのが気になるところだが、時間がねぇ。
手を差し出すと、杏が、どもりながら口を開いた。

「…快斗君のくち、グロスついたまま」

なんかエロい。と下を向いて呟かれた。

ちょっとイタズラ心が湧き上がる。

「杏が綺麗にしてよ」

はい、ハンカチ。と手渡すと、わかりやすく顔が真っ赤に染まった。


腰を屈めると、目を逸らしながらも俺の唇にハンカチを当ててくる。



あーもう、ほんと可愛い。

このまま襲っちまおうかな。


「そんな適当で、ちゃんと拭けてっか?」

「だ、って!もう!おしまい!!」


あ。怒って先に出ていっちまった。

くっくと笑いながら、後を追いかけて。




今日の夜が楽しみだなぁなんて。

この時の俺は、名探偵が来ていた事も忘れて、ウキウキと歩き出していた。







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