#49_K


オウハマベイスイートホテルの5階のパーティ会場で、グレイさんのマジックショーは始まった。

結婚式場のようなクロスが二重になってる丸テーブルに、綺麗に並ぶ銀食器と、飾り皿。ここで、ディナーを食べながらマジックを楽しむというわけだ。


次々と出てくる手品の仕掛けに、隣で見ている杏は口を開けて驚いたり、笑ったり、びっくりしたり。百面相になっていて。

いい反応だよなぁと思う反面、俺だってあれくらい出来んだぜ?と思わず張り合いたくなる気持ちも出てくる。

まあ、さすがにグレイさんの得意とするロープマジックでは敵わねぇかも知んねぇけど。


くっそ。早く俺も舞台に立って、マジックショーしてぇな。


「うわ!!凄い!!ロープがひとりでに伸びて動いてってるよ!?なんで!?快斗くんわかる!?」

「おま、俺もマジシャン志望なんだけど…わかってたとして、タネを言う馬鹿がいるかよ」


ああ、くそ。この顔が見たかったのに。この顔を引き出してるのが俺じゃないことが、結構悔しい。




ステージ場でのショーが一旦中座した。ここで各テーブルを回りながら簡単なトランプマジックをしていくらしい。
高いだけあって、そういう細かなサービスもあるわけか。勉強になります。

他のテーブルの客は、その間にディナーを食べながら、先程のマジックを興奮気味に話している。



そして。

どう考えても仕組まれたとしか思えないが、俺たちのテーブルは、名探偵達と同席だった。

こいつがここにいて本当に大丈夫なのか。なんかどっかで人殺しそうな奴潜んでねぇか??

そんな目で胡乱に名探偵を見ていると、名探偵も同じようにジト目で俺を見ていた。

今日は何も盗まねーよっ!



杏は哀ちゃんと同席で嬉しそうだ。隣に座って感想を哀ちゃんに興奮気味に伝えている。
その隣に座る名探偵が得意げにタネを話そうとするのを、哀ちゃんがダメよと窘めていた。

さすが、わかってらっしゃる。


名探偵、空気よもーぜ。


少年たちもなんだか元気にしゃべったり食べたりしている。元太くんだったか?すげかった!とか言いながら飯の方ばっかみてたのを、俺は知っている。



「やあ。私のマジックは楽しんで頂けてるかな?」



そこに、ひょい、と他のテーブルを回っていたグレイさんがやってきた。
どうやら次はこのテーブルらしい。

トランプを切って、選んでもらった柄に全てのトランプの絵柄が変わるマジックを、さらりと披露している。

わー!と杏の瞳が輝いた。
うーん、妙に面白くない。
それ、俺もっと喜ばすやつできる。


そんな俺の様子を見て、グレイさんがくっくと笑った。

「あの、盗一の後ろを引っ付き回っていた坊主が、大きくなったじゃないか。まあ、大きくなったのは、図体ばかりかな?」


──わかりやすいくらい顔に不満がでてるじゃないか。
面白い、彼女が私のショーに夢中にだったのが、そんなに気にくわないのかい?


からかうように、最後の方は俺にだけ聞こえるように言ってきた。

この人は昔から、俺をからかっては遊んでやがったからな。親父も親父で一緒になって俺を子供扱いしては俺がムキになって言い返すのを楽しんでたしな。類友ってやつか。


「──お久しぶりですグレイさん。俺だってもう、17です。今はプライベートなので、気持ちも顔に出ちまってたかもしんねぇけど、ステージに立てばポーカーフェイスの1つや2つ、軽くやってのけますよ?」

「ほう。なら、やってみるかい?」

そう言ったと思えば、にっこりと笑って。両手を芝居掛かったように広げた。


「ladies and gentleman!!さあ、今から余興をお見せいたしましょう。私と、この少年がマジックで対決させて頂きます。凄いと思った方に──」

ぱちり、と指を鳴らすと、テーブルにいる全ての客の前に、薔薇の花が一輪、舞い降りた。

わあ!と歓声が上がる。

「この、薔薇の花を私達のハート──は、見えませんので、胸ポケットにでも捧げて下さい」


わー!!と盛り上がる客席。驚いて固まっている杏。
呆れている哀ちゃんに、名探偵。


俺としては、まあ。売られた喧嘩は買う主義だ。


「杏は俺だからとか考えずに、素直に、すげえと思った方に入れろよ?」

何か言いたげな杏の頭を心配すんなって、とぽふんと1つ叩いて、俺は壇上へと上がっていく。

自己紹介代わりに、お辞儀をした瞬間にタキシード姿に成り代わった。

客から、おー!と歓声が上がる。

そのままステージ脇へと二人、一旦下がった。






「さすが、これぐらいで尻込みはしないね?」

「グレイさんにはわりぃけど、ここにいる客、全員俺のもんにしちまうから」

「はっは!いいね!最高だよ。なにか必要なものがあれば、ここにある道具は自由に使いなさい。準備があるだろうし、先攻は私で構わないよね?」

「ああ」

ふ、と鼻で笑ってグレイさんはステージの光の元へと歩き出した。
準備をしながら、それを見送る。


マジックを勝負事として扱うなんて、親父にドヤされそうだ。
まあ、でも、盛り上がらせようと俺を巻き込んだんだろうな。グレイさんならやりそうなことだ。
元から、なんがしかで俺にはっぱかけてステージ上がらせようとか思ってたに違いねぇ。

そこで杏の様子にもやもやしてる俺は、ちょうどよかったんだろーな。あー、俺ってまだまだ若ぇわ。


歓声が聞こえる。やっぱあのおっさん、魅せるの上手ぇんだよな。




いつか。俺も自分が主役の、こんなステージに立つ。

その時、杏にはとっておきの場所でその姿を見てほしい。

そのキラキラした笑顔を、俺に向けてよ。




とりあえず、今日はこのステージで。


グレイさんのショーを忘れちまうくらいの、俺のマジック魅せてやんねぇとな。


















オウハマベイホテルの最上階のバー。
その、夜景が一望出来る窓際が一面カウンターテーブルとなっている場所で。

俺と杏は乾杯、とグラスを傾けていた。


「ほんっと、凄かったっ!快斗君のショー見るためなら私目玉飛び出る価格でもチケット払える!」

ショーが終わって、ここにきても、杏の興奮は全く冷めていない。

頬を紅潮させて、あの鳩がどうだ、花がどうだ、ダチョウが…!など、もはや支離滅裂に感想を話している。

俺の前に立ち、薔薇の花を胸元に刺す杏の顔は、どこか眩しそうに俺を見ていた。

それはほんの一瞬で。

すぐにキラキラとした瞳で、凄かった!!と笑っていたけれど。


そのキラキラした瞳が俺の方に戻ってきたことに、酷く満足感を覚えたのを覚えている。俺、心狭ぇー。


「でも、惜しかったなぁ。ほぼ僅差だったのに」
「グレイさんには全部俺が掻っ攫う宣言しといて、結局は大口叩いて負けちまったから恥ずかしいけどな」
「でも、もともとグレイさんのファンだった人が、あんなに快斗君の方にいったんだよ?十分すごいよ!」


「そうだね。私も少し、ヒヤヒヤしたかな?」


ここで待ってて欲しいと、ショー後に言付けて俺たちをここで待たせていた張本人の、グレイさんがやってきた。
ショー後の打ち合わせを終えたようで、ふう、と一息つきながら杏の横に腰かける。

いや、こっち座れよ。

店員に飲み物を注文したところで、こちらに向き直った。


「グレイさんお疲れさまでした!ショー、本当凄かったです!」
「でもレディはこの坊主に薔薇を渡してたよね?全く、まだまだ子供だと思ってナメてたな」
「まあ、全部俺が掻っ攫う宣言しといて負けてるんで。まだまだ子供っす」
「でも、私のファンの大半が君に薔薇を渡していた。私のフィールドで、ほぼ僅差で競り勝ったとしてもそれは、負けのようなものさ。私も見ていて鳥肌が立ったよ。在りし日の盗一を見ているかのようだった」
「そりゃどーも」

どこか懐かしむような瞳で、グレイさんは俺を見ていた。良い、ライバルだったんだろう。私の方がお前の父さんより凄いぞ、とよく息子の俺に張り合っていたもんな、グレイさん。







「まだまだ私も、頑張らないといけないね。──ところで。わざわざ国際電話までしてきて『どうにか招待チケットくれないか』と私にめったにしない頼みごとをしてきた、大事な旧友の大切な息子よ。私にこの可愛いレディを紹介してはくれないのかい?」

げ。バラしやがった。

杏が、こちらを驚いた顔で見ている。

色々さらっとセッティングしてぇ男の夢っちゅーもんを、さらりと暴露しやがって。

あははとお茶を濁すしかない。


「言うタイミングが無かったんだよ。こいつは、杏。俺の彼女」
「ど、どうも初めまして。浅黄杏です。この度は素晴らしいショーにご招待下さり、本当にありがとうございました」

慌ててぺこりとお辞儀する杏は、照れながら彼女か…とかニヤついている。

わかりやすく可愛い奴め。

「こんにちは。とても可愛らしいお嬢さんだ。快坊にはもったいないな。どう?こんなガキやめて、私にしておかないかい?忘れられない夜にしてあげるよ」

ゆるりと笑いながら、杏のサイドに残した髪の毛を、ゆっくりとその耳にかけ。ふ、と息を吹き込んだ。

──っのエロオヤジっ!!

「──ざけっ」
「──い゛っ!?」


んな!っと叫び立ち上がろうとしたところで、エロ親父の顔が痛みに歪んだ。なんだ、どうした?

「わ、すいません!条件反射で!脛、大丈夫ですか?」

焦ったように謝る杏から察するに、テーブルの下で杏がエロ親父の脛を蹴ったようだ。

グレイさんは、40手前の、渋みのある美形だ。色素の薄い髪の、ロシア人と日本人のハーフだったか。男の俺からしても、色気があるのがわかる。マダム達にも大人気だ。
だから、てっきり杏も顔を赤くして照れるかと思えば、まさかのトゥーキック。


──白馬ん時も条件反射とか言ってたな。

杏ちゃん、意外と足が出るの早ぇのな…。あれか、馨さんの影響か。


俺、よく今まであの条件反射攻撃されなかったな…。


思わず、沸点に沸いていた頭が冷えて、立ち上がっていた椅子へと腰を戻した。

どうせ俺をからかおうとしたに違いねぇ。まさか杏本人から手痛いしっぺ返しが来るとは思ってなかっただろうがな。



「可愛い顔に似合わず、中々の蹴りをもっているみたいだね…。快坊も、これは下手に手を出せないかな?」

だからまだ清い関係なのかな?なんてさらりと聞いてくるこのエロ親父は、本当手に負えねぇ。

なんで清いかどうかわかんだよ。

「そりゃあ、見てればわかるさ」

げ、顔に出てたか。

「ショーだとあんなに大人の顔を見せるのに、ひとたび彼女の元に戻ると、すっかりチェリーボーイに戻るわけか」

くっくと笑いながら、グラスを煽る。

人をからかって酒の肴にする癖、治ってねーなっ。あーあ、と俺も合わせてグラスを煽った。今回は寝落ちしねぇためにも、度数の低いシャンディガフを頼んでるので、大丈夫。前の二の舞にはならねぇ。
杏はオレンジジュースだ。なんか飲むか?と聞いたら酔ってドジが大変なことになったら怖いとのことだった。
切ない話だ。今度杏の家でなんか美味いカクテル作ってやろう。家ならコイツも安心して飲めるだろ。いや、下心があるわけではなく、な!


その後は、グレイさんがなぜか持ってた俺の幼少期の恥ずかしい写真を杏に見せられたりしながら、思い出話に花が咲いた。

このおっさんは、流石トークも上手いもんで杏もすっかり打ち解けて、楽しそうに談笑している。
まあ、たまに距離が近すぎる気がするけど。おっさん、自重しろ。


ちらり、と腕の時計を見ると、時間は11時を回っていた。


──そろそろ、ここ出ねぇと、俺のスイートメモリープロジェクトが。

困った。とグレイさんをみると、ニヤり、と笑われた。


──もしかして、このエロ親父も俺の計画邪魔しにかかってます?


げ。と思っていると、杏がトイレへと席を立った。
このチャンスにグレイさんにもうここ出るって言わねえとヤバい。

グレイさん、俺たちもうそろそろここら辺で…と声をかけようとしたら、グレイさんか俺の言葉をグラスで制した。

「ふふ。可愛らしい子じゃないか。くるくる表情がかわるのが、好ましい。ショーでも素敵な表情を見せてくれていたしね」
「おっさん、ロリコンになるからやめとけって」
「おや、これくらいの年の差なんて、世界にはごまんといるよ?」

ぎろり、と睨むと、ははっと笑われた。からかってるのはわかるが、いい気はしねぇんだよ。






「すまないすまない。ちょっと遊びが過ぎたね。──もう、部屋に戻りたいんだろう?」

ニヤニヤと笑ってそう言われた。お見通しですよね、わかってます。もう、そんでいーから帰らせて。


「本当、久し振りに会ったというのに、連れない坊やだ」
「すんません、まだ、清い身体なもんで」


余裕ねえっす。すんません。またゆっくり会いましょう。昼とかで。


「にしても。快坊のショーは本当に素晴らしかった。──どうだ?ラスベガスに来ないかい?この世界に入るなら、早ければ早い方がいい。私の付き人からやってみないか?なあに、快坊ならすぐさま独り立ち出来るさ」

「──お言葉はありがたいんすけど」


たしかに。ショーをしてる瞬間は心が踊った。あの、光の世界に、俺も必ず行ってやる、とそう思えた。


だけど。


俺には、今。やらなければならないことがある。

杏の身体の事が、最優先事項だ。


今はまだ、そちらには行けない。




「──そうか。残念だ」

「ま、俺の実力ならあっちゅー間にグレイさん追い越しちゃうんで。今はまだここに居させてもらいます。出来るだけ杏の側に居てぇし」

「ずいぶん、彼女に入れ込んでるじゃないか」

「そりゃ、まあ」


そうハッキリ言われるとちょっと恥ずい。ぽりぽりと頬をかくと、グレイさんは思いのほか真剣な顔をしていた。

「若い時の感情に身を任せた行動が、後になって後悔に繋がることも沢山あると、覚えておきなさい。
──でもまあ、私は嫌いじゃないさ。若者が感情のままに愚の方に走る姿も、ね」


困ったことがあったら、いつでも頼ってきなさい。


それだけ言ってグレイさんは立ち上がった。気付けばちょうど、杏もトイレから戻ってきていた。

話に夢中で全然気付かなかった。

くるりと杏の方に向き直ったグレイさんは、杏に軽くハグをした。脛蹴られてんのに、懲りねぇおっさんだな!最後まで余計なことをしやがって。海外仕様から挨拶ならここでほっぺにキスだが、させるものか、と目を光らせる。


おーこわ、と俺の視線に気付いたグレイさんは、わざとらしく肩を竦めた。





「レディ。今日は素敵な時間をありがとう。まだまだ楽しくお喋りしていたいところだけど。困った坊やが、早くレディと素敵な時間を過ごしたいみたいでね。ここで邪魔者はお暇させてもらうよ」

「…え、あ。はい!今日はありがとうございました!」

あんな風に言われたら、杏のことだ、顔を真っ赤にして慌てると思ったけど、意外にも普通に挨拶を返している。

どこか、心ここにあらずといった感じだ。どうかしたか?まさかハグに動揺した?

俺にも軽くハグを交わすと、グレイさんは去っていった。



「じゃ、俺たちも、部屋、戻るか?」

「──うん。…そうだね!」





このとき。

正直な話、俺は今からのめくるめく官能の夜に頭がいっぱいで。

杏の表情を、気にかけてやる余裕なんてなかった。



杏の様子がいつもと違う事にちゃんと俺が気付いてさえいれば。




こいつがあの手を取ることも。なかったんじゃねえかな。











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