割れんばかりの喝采が鳴り響く。
いつも見せてもらうマジックも本当に凄いけど。
こういうショーとしての魅せるマジックは、なんというか、凄すぎた。
本当、すごい、快斗君!!
次々と出てくる魔法みたいなマジックと、それに合わせた軽快なトーク。柔らかな物腰は、まるでキッドさんを見ているかのようで。
いつものやんちゃな快斗君じゃないみたいで、少し、快斗君を遠くに感じてしまう。
「すごいのね、彼」
横で、哀ちゃんがそう言って笑う。
隣の少年は、けっとどこか不貞腐れていた。あれ、仲良しなんじゃなかったっけ?
「本当、すごいよね!あ、そういえば哀ちゃんと快斗君が知り合いなんて、驚いたよ」
「──気になる?」
くすり、と笑う哀ちゃんは壮絶に可愛い。小学生にあるまじき色気だ。
うーん、哀ちゃんが可愛過ぎて何も気にならなくなるよ、と変態よろしく言いかけたところで、隣のメガネの少年が口を挟んだ。
「気になる」
途端、哀ちゃんの表情が呆れた顔に変わる。
「江戸川君に聞いてないでしょ」
「だってよ灰原、アイツは──」
「江戸川君!!」
他のテーブルの人には聞こえないように、でも確かに声を張り上げて、哀ちゃんは江戸川と呼ばれたメガネの少年の言葉を遮った。
思わず、目を瞬かせる。
アイツは──、って何がこの子は言いたかったんだろう。
「あ、お兄ちゃん達、出てきたよ!」
哀ちゃんと仲よさそうに話していた女の子の弾んだ声に、はっと意識を前に戻した。
グレイさんと2人揃って再び壇上に上がり、2人で優雅に御礼をひとつ。わー!!と2人の対決に惜しみない拍手が送られた。
私も手が痛くなるほどの拍手を送る。
横で、哀ちゃんがぽつりと言葉を零した。
「たまたま共通の知人を通じて知り合った、ただの顔見知りよ」
その言葉は、私に向けてか、それとも隣の少年に向けてか。
哀ちゃんの言葉に嘘はなさそうだけど。
快斗君と、哀ちゃんの共通の知人って。
私の身体の事を知っていた哀ちゃんから考えて──やっぱり、うちのお父さんなのかな。
──私の知らないところで、私の知らない間に。
何が起こっているんだろう。
私は、このまま知らずにいて、本当にいいんだろうか。
夜景の一望出来る、大人の雰囲気のバー。
バーなんて初めて入ってどきまぎしてる私とは違い、快斗君はなんだか場慣れしているかのようだった。
こういうとこよく来るのかと聞くと、お父さんの付き人だった人がビリヤードバーを経営してるから、そのバーに良く行くからとのこと。
今度連れてくわ。寺井ちゃんにも杏のこと紹介してぇし。と言われ、ちょっと嬉しかった。
紹介とか、なんかいい。
「ちょっとお手洗い行ってきます」
途中で合流したグレイさんと3人で談笑している途中で、私はトイレにいきたくなって席を立った。
グレイさんにみせてもらった小さい快斗君は、お祝いの鯛のお頭焼きを持って半泣きになっている写真で。何あれ本当可愛すぎた。焼き増しして貰えないかな。
今度快斗君の家でアルバム見せてもらおーっと、ホクホクとした気分でトイレから戻ると、何やら快斗君とグレイさんが話していた。
真剣に話しているので、私が近付いてるのも気付いてないみたい。
「──ラスベガスに来ないかい?この世界に入るなら、早ければ早い方がいい。私の付き人からやってみないか?なあに、快坊ならすぐさま独り立ち出来るさ」
聞こえた言葉に、心臓がどくりと嫌な音を立てた。
凄い、話だ。
快斗君は、マジシャンになるのが夢なんだから、これはきっと、受けるべき話なはず。
「──お言葉はありがたいんすけど」
私が思考に沈んでいると、すぐに断りを入れる声が聞こえて。
それに喜んでしまった自分自身に、最悪に嫌気がさした。
「あー、つっかれた」
部屋に戻り、そのままどすり、とベッドに座り込む快斗君。
あの後。
ラスベガスへの誘いの話を聞いてしまった事を、結局快斗君に言えなかった。
行った方がいいよ!チャンスだよ!と背中を押してあげられない私は、最低の彼女だと思う。
でも。
「…杏も、おいで?」
少し照れながらも、私を腕の中へと呼ぶこの人を。
この、温もりを。
今すぐに手放せない自分がいて。
ゆっくりと唇が重なる。柔らかなその唇で、私の緊張を解すかのように、何度も啄むような口付けが落ちてくる。
その感触が、優しくて心地良い。
きゅ、と思わず快斗君の袖を掴んで、照れたように微笑み合う。
笑ったことで開いた唇に、擽ぐるように舌先が割り入ってきた。
すぐに絡め取られる舌に、なぞられる上顎に、全てを舐めあげられるようなキスに、身体から力が抜けていく。
私も頑張って返したいけど、気持ちが良すぎてされるがままになってしまう。
「…ふっ…んっ…」
漏れる吐息に、自分でも媚びるような甘ったるいものが混ざってるのが分かった。
まるでもっともっとと強請っているかのよう。
音を立てて離れていくその唇を、名残惜しいなと思わず見つめてしまった。
私の唾液で濡れた唇のまま、快斗君が薄く笑った。
「杏、すげーエロい表情してる」
バレバレらしい。恥ずかしい。
着ているシャツのボタンをひとつ、ふたつと外して、首元を緩めるその仕草すら、壮絶にエロく見える。
本当溢れ出るその色気、耐性のない私にはカウンターヒットでございます。
どこか遠くの方で、パトカーのサイレンが聞こえる。
真っ赤に染まったと思う私の顔を見て、快斗君の瞳が甘く溶けた。
「あー、もう、本当かわいい。エロい。その可愛い服も脱がせていい?」
「…あ、お風呂、は?」
何となく、綺麗な身体でそういうことはするもんだと思っていた。
今日一日遊び回って汗臭いかもしれないし。だから勝負下着も着替えの方だし。
私の心の準備も。
「一緒に入ってくれるんなら、いーけど。杏、悪いんだけど俺、今日ちょっともう余裕ねぇ」
こんなに色気たっぷりで余裕がありそうなのに?とその瞳を見つめると、確かに、甘い瞳の奥にギラギラとしたものを感じた。
求められているんだと、ありありとわかるその瞳に、私の身体の奥が熱くなる。
こんな風に求められたら、断れるわけがない。
「せ、せめて、ちょっと暗くして貰ってもいい?」
明るい中で、はちょっと初心者にはレベルが高すぎる。
赤い顔で頷く私に、喉で笑って快斗君はサイドの明かり以外の光を全て落とした。
サイドの灯りも出来れば消してほしいが、それは受け入れて貰えなかった。
見たいから。と一言でばっさり切られた。ストレート過ぎる。
再び降りてくる唇に気持ち良さに溶けていると。その手が後ろに伸びて、ニットワンピのジッパーを降ろして行く。
流れるように、ぷつりと言う音が聞こえ、ブラのホックも一緒に外されたのだとわかった。
そのままどさりとベッドに押し倒されて。
ドキドキして緊張で死にそうになる。こっから先は、未知の世界だ。
「──そいや。杏ちゃん、俺には条件反射攻撃しねぇーのな」
この状況、俺、やられてもおかしくなさそう。
白馬君とグレイさんの哀れな様子を両方見たからだろうか、こんな状況でそんなことを言ってきた。
本気で疑問に思ってるんだろう声で言われ、快斗君の意外な鈍感っぷりにびっくりする。
え、これ、私にわざと言わせたくて言ってる?そしたらアカデミークラス賞ものの演技なんだけど。
「…いや、だって」
「うん?」
「…快斗君になら何されたっていいし…」
「──っおま」
反則だろ、それ。
そんな声が聞こえたと思ったら、キツく抱きしめられ、激しく口内を貪られた。
むき出しになった背中を撫でられて、ぞくりと身体が震える。
まるで私の身体がおかしくなる危険信号のように、サイレンの音が大きくなっていって。
どろどろに溶かされて自分が自分じゃなくなるみたい。
沢山の期待と、少しの恐怖。
私、これからどうなっちゃうんだろう。
背中を怪しく動いていた手が、するりと横から胸の方へ伸びて。
掬うようにむにりと揉まれたかと思えば「やわらけ」と感動したような言葉が聞こえた、その時だった。
ドンドンドン!
けたたましく部屋の扉を叩く音。
「…ここでかよ。すっっげー嫌な予感しかしねぇ」
ものすごーく苦い虫を噛んだかのような快斗君の顔。
その間も手はむにむにと私の胸を揉んでいる。
初めて異性に触られた自分の胸は、ちょっとこしょばゆいような、変な感覚。
扉の主を無視するように再び唇を塞がれそうになると、さらにドンドンドンドン!!と音が大きくなった。
そこでようやく、手の動きが止まって。
盛大なため息と舌打ちひとつして、快斗君は起き上がった。
名残惜しそうに唇を落として。服装を直して扉に向かう。
「──なんすか?」
いつもより随分と低い声で、快斗君は扉の前に立つ。
「警察ですが。夜分に失礼いたします。少し、お話をお伺いしても?」
扉の奥で、そんな言葉が聞こえた。
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