名探偵の事件ホイホイっぷりに今日ほど嫌気がさしたことはない。
あいつぜってぇ呪われてる。
いやもう、あいつが呪われてようがどうでもいい。
俺たちを巻き込むな、まじで!
しかも最悪のタイミングで巻き込みやがって!!
警察に連れられていった先で。当たり前のような顔して眼鏡のくそ坊主が呼ばれた先のソファにちょこんと座っているのが無性に腹立たしい。
あ、一緒に座っている哀ちゃんには罪はない。こちらをみて、大変申し訳なさそうな顔をした哀ちゃんには、むしろなんか、気使わせてごめんって感じで。
「──あ!快斗お兄ちゃん!」
…かいと、おにいちゃんん!?
こいつ、この場所に居座る為に俺と兄弟みてぇな設定にしやがったな。
この推理オタクが!
理解が出来ていない様子の杏に、あの子、俺の親戚みたいなもんだから、としょうがなく話を合わせてやる。
多分無理やり連れて来られたであろう哀ちゃんも、凄い呆れた瞳で坊主を見ていた。
哀ちゃん、わかる。
「こんな夜分に申し訳ない。バイ・グレイさんのアリバイの証明をして頂きたくてね」
意外と低姿勢な警察がそう言って。
「──アリバイって、何があったんすか」
「君は、彼の知り合いなんだよね?これだけ警察が来てれば、まあ、粗方想像は着くかもしれないが…彼のマネージャーが殺害された。そのご遺体を発見したのが、そこにいる子供達だ。彼らも君の知り合いなんだってね」
──うーん。名探偵、お前が殺してんじゃねえかって言いたくなるくらいの仏さんとの遭遇率だな!
杏が、殺人…と恐怖に顔を歪めた。大丈夫だから。と安心させようと、握っていた手を強く握りしめて。
杏の反応が普通であって。あのちびっ子達はもう、このほいほい坊主の所為で、ある程度耐性付いちまってるんだろうなあ…可哀想に。
今日はもう寝てしまったのか、ここには居ないけれど。
まあこんな深夜に小学生がここにいるってのが、おかしいんだよ、本当。
「グレイさんは?」
「今、重要参考人として一室で身柄を預かってるところだ」
大体の状況は把握した。グレイさんと共に過ごした時間と場所を警察に話し、お疲れ様でしたと挨拶をして踵を返そうとすると、俺の周りをうろちょろしていたくそ坊主に裾を引っ張られた。
くそ、離れろほいほい坊主!
俺にしか聞こえない音量で、名探偵は耳打ちする。
「このままじゃてめえの知り合いが冤罪で捕まっちまうかもしんねぇんだぞ!何あっさり帰ろうとしてんだよ!上手いこと言って俺も一緒に現場連れてけよ!!」
「てめえが現場に行きてぇだけじゃねえか!おめぇいつも現場紛れ込んでんじゃねえかよ。勝手に行けよ!こちとら彼女と過ごす甘い一夜を邪魔されて気が立ってんだよ!童貞君にはわからねぇかもしんねぇが、ホテルで過ごす夜っちゅーのは、決して事件を解決するためでも、ただ休むだけのものでもねぇもんなんだよ!」
「なっ!馬鹿野郎!事件があったってのに何いかがわしいことしようとしてんだよ!!」
「そんな考えだからおめぇは童貞なんだよ!!」
わーわーぎゃーぎゃー
周りに聞こえない音量で罵り合い。ある程度名探偵で憂さ晴らしをした俺は、まあ確かにグレイさんが犯人になっては大変なので、仕方なく、大変遺憾ではあるが、こいつに協力することにした。
「俺もマジックショーに一緒に出演したんで、無関係ではないっす。グレイさんは犯人じゃないはずです。マジックの心得もありますし、現場にもしかしたら、マジシャンにしかわからない何かがあるかもしれません。良ければ協力させてもらえませんか?」
よしよし、と後ろで頷くほいほい坊主に腹が立たないこともない。後でぜってぇ一発拳骨入れてやる。
杏も、何やらはらはらと俺を見守っているし。きっともうさっきまでの事なんて、頭から消えちまってんだろーな…。
ああ。
さようなら、今日の俺のスイートメモリー。
「──すまなかったね」
「いや、いーんすよ。グレイさんも、暫く落ち着かないと思いますが…」
「まあ、そうだね…」
流石のグレイさんも意気消沈している。
当たり前か。彼のマネージャーが殺されて、その犯人は弟子だったグレイさんの付き人だってんだ。
事実は小説より奇なりってわけで。
どうもマネージャーがグレイさんに好意を寄せていて、付き人はそんなマネージャーに妄執していたみたいだ。
どちらも、何度かやんわり諭してはいたみたいだけど、どうもそれも悪い方向に働いたようで。
グレイさんに罪をきせようと、マジックを使ってトリックをするたぁ、マジシャンの風上にも置けねぇやつだ。
彼の腕は認めていたんだよ、とグレイさんは言っていたが。
あの後。名探偵に「ちなみに、こういうのってマジックで出来んのか?」と聞かれたことに懇切丁寧に教えてやり。
謎は全てとけた!真実はいつもひとつ!な名探偵のアテレコに付き合って探偵役をして犯人突き止めたり。
名探偵にとてつもなくいいように、こき使われた俺。
哀ちゃんには「本当、ごめんなさいね」と謝られた。あのワガママホイホイ坊主のフォロー、いつも本当ご苦労様です。
杏には、快斗君凄いなぁ。事件解決しちゃうなんて、白馬君みたいだね!なんて全く嬉しくないことを言われる始末。
よりによって白馬。
そんなこんなで最後まで付き合うことになり、なんやかんや実況見分も含めて、全てが落ち着く頃には分かっちゃいたけど朝方になり。
冬なのでまだ、辺りは暗いが。もうこれはどう考えても、今日は無理だよな、と。
いーんだ。
グレイさんが無事ならそれでいーんだ。
別に、凹んでねぇーし。
結局、部屋で軽く身体を清め仮眠をとり、簡単な軽食を取った後、ホテルから出た。
杏も俺っつーかあのホイホイ坊主のせいなんだが、色々付き合わされて疲れたのだろう。
初めて人が亡くなった現場っていうのも、精神的に疲弊するだろうし。
ベッドに横になると速攻で眠りに落ちた。
こちらの方を向いて寝息を立てる杏に、疲れてるんだけど俺のとある一箇所だけは元気に反応していた。
むなしい…。
真っ赤な顔で「快斗君なら何されてもいい」なんて俺の心臓を破壊する殺し文句をはいた杏。
ホテルのベッドで、男の下で、そんなこと言ったら大変なことになると杏は自覚した方がいいと思う。
こうして一緒に寝ていると。
滑らかな背中も、想像以上に柔らかなおっぱいも、小さな口内も、ふっくらとした唇も、吸い付きたくなる首筋も。
昨日の夜のことが、ありありと思い出されて。
…せめて警察もあと30分後に来てくれりゃ良かったものを!
あのトキメキの一夜を返せと、俺は名探偵に言いたい。
途中まで、まじで良い感じだったのに。シチュエーションも完璧だったのに。
そんなこんなで、俺のスイートメモリー計画は、終わりを告げたというわけだ。
…いやだから、本当、泣いてねぇし。
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