#52_K


不発に終わったオウハマベイスイートホテルでの出来事から幾日か経ち。

年が明け、新年を迎えた。


大晦日は杏の家で杏と2人年越しそばを食い、除夜の鐘が鳴り出す頃に杏と一緒に初詣に出かけた。

人混みは杏が怪我をすると大変なので、行き先は近所の神社。さみぃな、と笑い合いながら手を繋いで神社への夜道を歩いた。


神様を信じる柄ではねぇが、隣で笑っている杏を眺めながら、つい願いを込めてしまう。


──神様。どうか。

──こいつが、普通の女の子として生きられるように。



来年も、こうして笑って杏と2人、新年を迎えたい。







その為にも。神さんに願っているだけじゃ勿論駄目なわけで。俺は俺がすべき事を為さなければならねぇ。

そう決意を新たに込め、新年最初のパンドラ計画についての会議の為、俺は東都大学の研究室へとやってきていた。


研究室へ入った途端、俺を見て顔が引きつった浅黄博士を見て、クリスマスのスイートメモリー失敗が脳裏に蘇ってくる。

「…浅黄博士、先日はどうも」

博士に無表情でそう詰め寄って。もちろん、声は低くなってしまうのは仕方のないことである。

「へ?な、なんのことカナ?」

明らかにわざとらしい博士は、俺の態度に動揺しまくっている。
額に滲んでんだかわからない汗をしきりに拭いている。
40そこそこのおっさんなのに、そんなあからさまな動揺しないで欲しいもんだ。そんなに動揺すんならしなきゃ良かったんじゃねえの?

まあでも俺も娘を持ったら多分邪魔する気もしないでもないので。その可哀想な姿に溜息を下げる。てかまあ、大事な1人娘だ。そりゃ嫌だよな。

「娘さん、勝手に連れ回してすんません」

ぺこり、と謝ると、なぜか親父さんは項垂れた。隣に居た緑っ君に泣きついて。


「──緑水君、これって僕めっちゃ嫌な親父じゃない…!?」
「博士が嫌な奴なのは周知の事実ですからねぇ」
「な!緑水君がちょっと邪魔してやろうって言ったんじゃん!阿笠さんとこの噂の探偵君連れてけばなんやかんや事件起きてうやむやになるんじゃないかって、僕に入れ知恵したよね!?」


「いやぁ、まさか本当に博士が実行するとはねぇ。わざわざ千影さん経由でグレイさんに招待券お願いする行動力、さすがでしたよ。で、何、黒っち。ダメだったの?すごいねぇ阿笠さんの所の探偵君の威力」

ニィ、と楽しそうにでかい口をチェシャ猫のように吊り上げて、緑っ君は笑った。



──お前か!!真犯人!!


ジト目で睨むも、何処吹く風で。

「折角の脱チェリー計画がねぇ。可哀想に」

「おまっ!絶対面白がってんじゃねえか!!てかいい加減童貞弄りやめろ!!」

「嫌ならとっとと捨てておいでよ」

「次こそな!ロマンチックに決めてやるよ!」

「いや、僕の前でそんな堂々と宣言しないで…」



「──どうでもいいから、早くはじめましょう」



哀ちゃんの声は氷のように冷たかった。

ぴたり、と3人とも一斉に口を閉ざす。
呆れたように溜息をついて、哀ちゃんが博士と緑っ君をジト目で睨む。


「全く。揶揄うのか、本気で邪魔したいのかは知らないけど。ひとを巻き込まないで欲しいわ」

「本当に申し訳ない…」

「面倒ごとも起こったし…江戸川君は、本当にそういったことによく巻き込まれるんだから、余計なイベント起こさないでくれる?」

「あはは、ごめんねぇ」

名探偵にいつも巻き込まれてる哀ちゃんの言葉は、妙に重みがあった。

あの推理オタクのフォロー、苦労してんだろうな…。

あ、緑っ君の誠意のない謝罪にイライラしてる。

哀ちゃん、あいつの態度を全て真っ当に受けるとダメージ負うのは自分自身だから!軽く受け流して!

そんな風に心の中で応援していると、哀ちゃんが緑っ君のつま先を踵で踏んづけていた。笑ってた顔が痛みで引きつった。いい気味だ。





気を取り直した博士が、さて、と話を切り出すと。
場の雰囲気がピリピリしたものへと変化する。


「さて。ではビックジュエル強奪計画の話を始めよう。この計画では、快斗君に大分無理を強いてもらうことになると思う。話を聞いて、無理なら断ってくれて構わない」

「──それ、本気で俺に言ってます?」

「…快斗君、そういう意味じゃないよ。ただ、僕もひとりの親だから、つい、ね」


そう苦笑しつつ、博士が話した内容をざっとまとめると、こんな感じだ。




まずは、大元の問題であるピンクバーヴと名のついたピンクダイヤのビックジュエルである、パンドラ。
これが杏の体内に入ってしまい、心臓部分と結合してしまっているということ。
なので、杏の身体の中からビックジュエルごと取り出すことは不可能であること。


そこで考え出されたのが、パンドラ計画である。

ピンクバーヴの中のパンドラを取り出すことが出来さえすれば、杏は普通の生活が送れるようになる。

ボレー彗星が最接近する、今年の中秋の名月の日。その日に、ピンクバーヴという檻から、パンドラは解放されてしまう。

それを逆手にとって、ピンクバーヴから雫のように流れ出るはずのパンドラを、別の宝石に閉じ込めようっていうのが、この計画の概略だ。

荒唐無稽な方法だが、今のところ考えうる限りの、一番可能性の高い方法らしい。

そして、その、閉じ込める為に必要な宝石が、パンドラが入っているピンクバーヴと対になっていたと言われる、同じくピンクダイヤである、『ピンク アイオニー』で。

それを盗み出そうっていうのが、今回の会議の部分だ。

『ピンク アイオニー』は、普段はアラブのどっかの石油王が保持しているものらしい。国も国の為、普段の保管場所を特定するのが困難とのこと。
普通にそこから盗み出すのも困難を極めるだろうと予測される。


それが、このたびドバイにて、極めてVIPの集まりだけが参加できるとあるオークションに出品されるとのこと。
このオークションは年に一度だけ行われるもので。参加費用だけで100万円を超える額を払わなければならないのと、それ相応の身分と、新規で参加するものは既存の会員の紹介状が必要になるものらしい。
これに参加出来るだけでステータスってわけだ。

実は去年もこのオークションに俺たちが狙う『ピンク アイオニー』が出ていたらしいが、その時はそのオークションに潜り込むことだけで精一杯だったという。

どんな風に行われていたか聞いたところ、全員覆面を被り、高級酒を片手にオークションに興じていたらしい。最低なことに、人身オークションも行われるようだ。

金持ちの道楽、そして自分の資産を見せびらかしたい顕示欲。そんなクソみたいなものが蔓延るオークションだっつーこった。





毎年、開催場所も日にちも変わる為、警察もそれを特定することすら困難で。また権力者がいるため手出しも出来ないとか。

うーん。嫌な話だ。


まあ、そんなオークション会場のお宝を盗み出そうってんだから、これがどれだけヤバいヤマなのかってのは想像に難くない。


それでも。何が何でもやらなきゃなんねぇ。


これがきっと、俺のキッドとしての最期の大仕事になるだろう。



絶対に、盗み出す。





「それで、日にちはいつかわかったんですか?」

「5月末から、6月頭にかけてのどこかで3日間行われるみたいなんだが、まだ詳細な場所と日にちの確定までは出来ていなくてね。ただ、5月頭にはもう、快斗君にはドバイに経って下準備と調査を開始してもらいたい」

「わかりました」

「長期の日本不在になると思うけど…学校とか、あと──」

口籠る博士が言いたいことはわかる。杏に真実を伝えるかどうか、そこだろう。

博士も、俺も。いつかは伝えなければならないことは、わかっているから。


「──杏には、まだ、言わないでもらっていっすか」

俺が、ドバイへ発つまでは。

そこまではせめて、ただの黒羽快斗として一緒に過ごしたい。


杏の、屈託のない笑顔を見ていたい。


わがままな俺の願いを聞いた、哀ちゃんのため息が聞こえる。

「──どうしてこう、男の人は勝手な人が多いのかしら」

「それが男ってもんなんだよねぇー、哀ちゃん」


意外にも同意を示したのは緑っ君だ。てっきり馬鹿にするものかと。
哀ちゃんも、心の底から俺に呆れている訳ではなさそうで。苦笑混じりでこちらを見ている。


わりぃな、皆、ありがとな。



「わかったよ。君の意見を尊重しよう、快斗君。──本当にすまない。…ありがとう」



そう言った博士の顔は、泣きそうに歪んでいた。








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