「ふーん。つまり、処女がヘタレをその気にさせて一発かまさせるにはどうすればいいか教えてってこと?」
「…どうしてこう、私の周りにはオブラートに包んで物事を言えない人ばっかなんだ」
いつもの教室で。お箸を片手にがくりと私は机に額をくっつけた。
あの後。万年セクハラ野郎の緑水さんと別れ、哀ちゃんと楽しくお買い物をし、デパート内の紅茶の有名店でお茶をしていた時のことだ。
ついつい緑水さんとの会話が頭の中を巡ってぐるくるとしていた私に、「どうかしたの?」と哀ちゃんが優雅に紅茶を飲みながら優しく尋ねてきて。
実はね哀ちゃん!と話しかけようとして。
はっとした。
──とてもじゃないが、これ小学生には相談できない案件のやつ。
こうして話していると、あまりにも大人っぽいのでついつい忘れがちだが、哀ちゃん小学生なんだよなぁ。
しぐさや雰囲気、会話が全然そう見えないから、すぐ忘れちゃう。
「あ、はは。ちょーっと、考え事しちゃってたー」
笑ってごまかしながらそう言うと、哀ちゃんが私をじっと見つめた。やましいことを考えてた身としては、その澄んだ綺麗な瞳にどきりとしてしまう。ほんと、脳内お花畑ですいません。
「かい…黒羽君のこと?」
快斗君と言おうとしたのか、途中で訂正した哀ちゃんがそう聞いてきて。そういえば、知り合いなんだよなぁと思い返す。
てか、哀ちゃん本当鋭い。何も言ってないのに。
「うん。まあ、でも大したことじゃないんだよ!」
むしろこれ以上聞かれたらあかんやつ。
「そう?なんだか深刻な顔をしてたから。…彼に、なにかされた?」
いや、むしろ何もされてないから考えてたんです、とは自分の痴女っぷりが露呈するのでとても言えない。
「そういえばクリスマスも。ごめんなさいね。折角黒羽君がセッティングしたのに…江戸川君のせいで」
「へ、あ、え!?」
うわ。あれか、えっち未遂事件のことか!うわ、なんだこれ居た堪れない!チャンス不意にしてごめんって友達に言われるとか!
てかやっぱ哀ちゃん会話が大人!
「いや、大丈夫!大丈夫だから!」
本当もう、勘弁してください!大慌てで首を振ると、哀ちゃんがふわりと笑った。
「貴女が元気なら、それで良いわ」
何この天使。可愛すぎる。
まあ、そんなわけで当たり前だけど哀ちゃんに相談出来るはずもなく。
こんな時に頼りになるのは馨大明神様だ!とお昼の時間に一緒にご飯を食べながら、もにょもにょと相談して今に至るわけで。
「あんたがまどろっこしく聞いてくるから、分かりやすく言ってやってんじゃない」
「慎みを持とうよ、慎みを」
「慎み持った女が聞いてくる話じゃないわね」
確かに。その通り過ぎてグゥの音も出ません、はい。
にたにたと笑いながら、コロッケパンを食べている馨ちゃんはとても楽しそうだ。
折角の美人がどうしてこんな残念な性格になっちゃってるんだろ…なんて怒られるから言わないけどさ。
「年明け会った時にまだヤッてないんだとは勘付いてたけど。ああそう。クリスマスに失敗したわけね…。何、クロバのやつ、チェリーなの?」
なんと!そこは快斗君の名誉の為に伏せといたのに!
なんなの、童貞特有のロマンチック思考がダメなの?バレバレなの?
てか、なんで一線超えてるか超えてないかがわかるの馨ちゃん!
怖いよ!エスパー!?
あわあわとしている私に、にたにた顔の馨ちゃんが私の弁当から玉子焼きを掠め取りながら続ける。
くっ、動揺して油断した。
「まあ、チェリーが怖気付いたってんなら、杏から攻めてきゃいいんじゃない?抱きついてちゅーでもかまして押し倒せば嫌でも男なら勃つもん勃つっしょ」
「またはっきりと…そして初心者に無理難題を」
「でも、クロバって失敗したからって動けなくなるような男にゃ見えなかったけどねえ。なんか意外。まあ、チェリーだからか?」
馨ちゃんの言葉に、最近の快斗君が若干様子のおかしいことを思い返す。
うん。馨ちゃんの言う通り、多分、クリスマス失敗したことだけが原因じゃないんだ。
快斗君の中で、何かがあったんだろうことは、なんとなくわかる。
それが不安だから繋がりたいだなんて、我ながらバカな女だと思う。
私は好きだから快斗君とひとつに繋がりたい。快斗君は違うのかな?理由なんて、それだけでいいんじゃないのかな。
快斗君は今、何を思っているんだろう。
悶々としだした私のおでこを、ぱしりと叩く音。
しまった。そうだ馨ちゃんの前でした!
「うだうだしてるくらいなら、ぱぱっとヤッてきな。そんなもんで何も変わんないけど、あんたのその表情は少しはマシになんじゃない?」
「…いつも心配かけてごめん」
「ほんとにね。まあ、杏が恋愛で悩むってのは、私は嬉しいからいいわよ」
ふ、と笑う馨ちゃんの顔は、壮絶美人で。
私の周りには天使が多すぎる。
その時、馨ちゃんの携帯のバイブが震えた。
画面を見て、馨ちゃんは嫌そうに顔をしかめている。
「どしたの?」
「いや、前の男がウザくて。もう別れたっつーのにしつこく連絡よこすのよ。着信拒否したら、違う番号から電話してくるし。多分これも見たことない番号だから、そいつ」
うんざりした様子の馨ちゃん。それって大分ストーカーちっくになってないか、と私は顔から血の気がひいた。
「え、大丈夫なの?待ち伏せとかされてない?」
「今のところは。てか直接顔見せにきたらこてんぱんにしてやんのに…こうやって電話してくるところがまずウザい。こんな奴だとわかってたら関係持たなかったってのに」
「馨ちゃん、脳筋ばっかと付き合うから…。筋肉を判断基準にしすぎだよ」
男の判断基準が強さな馨ちゃんは、強さ以外の部分で男を見る目がないのか、しょっちゅう取っ替え引っ換えだ。
自分でも今回の件でちょっと思うところがあるのだろう。バツの悪そうな顔をしている。
「だぁって、コイツまあまあ強かったし?」
あー、めんどい!と携帯を投げ捨てた馨ちゃんは、私に向かって「ま、襲われても私のが強いしね。返り討ちにすっから心配すんな!」と肩をバンバンと叩いて(結構痛い)コロッケパンの最後の一口を頬張った。
本当に大丈夫かな。
こういう男の人はだいたい思い詰めるとやばい気がするんだけど。
そんな表情がバレたのか、さらにバンバンと背中を叩かれた(本気で痛い)。
「私のことはいーから!反省しろよって話かもだけど、私こんなんしょっちゅうあったでしょうが。とっとと新しい男作って諦めさせるから。それよりアンタはアンタの問題!とっとと一発かましてスッキリしてきな!まあ、一発やって物理的にスッキリするのはクロバの方だろうけど」
「馨ちゃんそれ大声で話していいやつじゃない…」
ここ、教室だから…!
そんなこんなで、お昼時間が終わりを告げ。この話は終いになり。
妙な胸騒ぎだけが、胸の奥に残った。
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