#56_K





「今更ながら聞くけど、本当にいいんだよな?」



おいおい、どんだけヘタレなんだ俺。何聞いてんだ今更。
Tシャツと短パンというラフな格好でベッドに胡坐をかきながら、俺は心の中で自分で自分に突っ込んでいた。

部屋は、裸で抱き合っても寒くないように空調管理はばっちしだ。
ティッシュよし、隠してあるゴムの配置よし。

そうしていつでもこい!と意気込んでいたはずなのに。





衝撃の杏からのあの誘いから、とうとうやってきた週末。

まったくもってペースを狂わされた俺は、かっこよく決めたいとか、ロマンチックに、とか。そんなんどうでもよくなって。

ただただ、杏を抱きたいという気持ちばかりが頭を占めた。

ちょっと前までの俺との違いに、調子の良い野郎だな、と自嘲する。

なんというか。以前の会議で俺のすべき事が明確化したおかげで、ここしばらくの間、俺はすっかり賢者モードに入っていたわけで。


とにかく杏と一緒にいる時間を持ちたくて。その笑顔を出来るだけ目に焼き付けておきたくて。
でも、為すべきことをする前に、そういう事をすべきじゃねぇよな。なんて無駄に悟りを開いていた。



そんな俺を杏はものの見事にひっくり返して。



別れ際にいきなりぶつかる様にキスをされて。
頬を真っ赤にそめて、「──そういうつもりで行くので!」なんて俺に宣言するだけして、キスに驚き固まりかけていた俺は何も返せずそのまま玄関から締め出された。


「は…?」


自分の頬に熱が集まるのがわかった。
杏からのキスなんて、されたことなかったから、な。

そりゃ、キスと呼べるほどのもんでもなんでもなかったけど。
でも、初めて、杏から求められたわけで。
嬉しくないわけがない。なにあの不器用なキス、可愛すぎるだろ。



そんで、え。

…はあ!?

あいつ、何言った!?



聞き間違いじゃなかったら。
俺の耳がすげえ都合よく変換したとかじゃなかったら。


…杏、もしかして、俺としてえの?


そう思った瞬間。
馬鹿みたいに心臓が早く動いていた。



正直言って、あの玄関先であのまま犯してやろうかと思うくらいの衝撃だった。
あいつ、自分がとんでもない爆弾落としたのわかってんのかね。
我慢した俺、えらい。




そのあと今日に至るまで、何回か杏の家にも飯食いに行ったが、どうやって杏と過ごしたかあんまし覚えてない。
馬鹿みたいに盛りたいのを、とにかく今日の為にと我慢したことだけはよく覚えている。

後ろから抱え込むのはもはや習慣でやめられなかったけど。
杏から香る甘い匂いに、触れる先からわかるまろやかな身体つきに。

どこか照れているような、期待しているようなその表情に。

なんども誘惑に負けそうになり、かぶり付いて襲いたくなっていた気がする。
なんだ俺、余裕ねえな。くそ童貞か。いや、童貞だけど。



とまあ。
そんなこんなで、今に至り。
先にシャワーを浴びて。まあ、情けないことにならないよーにと、少々発散してきたりして。

杏が風呂に入っている間中、ここにきて、またも悶々と考えてしまっていた。


まだ何も解決してねぇのに、こいつのこと奪っちまっていーんだろうか、とか。
俺の事も、これからのことも。まだ何も言ってもねぇのに、何も知らねぇあいつを美味しく頂いちまっていいのか、とか。

一発二発と、風呂場で発散したこともあり。
若干落ち着きを取り戻したことだし。ここはやっぱ紳士になっといた方がいいんじゃねえの、とかとか。

そんな最中。
いかにも風呂上がり、てな杏が部屋におずおずと入ってきて。



杏が扉の前にいる時点で思わず、そうやって確認してしまった。

いや、それ以上近づかれるとさっきまで色々考えていたはずの理性があっという間に崩壊しそうで。


湯上がりやばい。
俺のTシャツやばい。
これが噂の彼シャツの威力か…!ん?これは彼ティーか?どっちにしろやばい。

ぶかぶかの着こなしに、杏の華奢さが際立って。
でも、俺では膨らまないであろうところがちゃんと膨らんでて。
俺が着るより丈が長めになったTシャツの、裾からのぞく太ももの眩しさに。くらりと目が眩みそう。



杏は、俺の言葉にだだっとベッドまで走って近づいてきた。



「快斗君、と、一緒になりたい、です」



すごく真っ赤な顔で、潤んだ瞳で。
そんなことを言われた日には。









掻き抱くように抱き寄せて、爆弾発言ばっかりする小悪魔の唇を塞いだ。


まじ、風呂で抜いてきてよかった。
下手すりゃ今ので暴発してた。それだけは避けたい。


「んんっ」


くぐもった声。少しはキスも慣れてきたのかたどたどしく返してくる可愛い舌に、興奮が強まる。


小さな口も、甘く感じる杏の唾液も、俺の舌で気持ち良さそうにしているその表情も。

ああもうマジで可愛い。
好きだ。

どうしてくれよう。



唇を離すと杏の唇は俺の唾液でテラテラしていた。

くっそ。煽情的過ぎる。


2人してベッドの上で正座で抱き合っているこの状態は、どこか妙な緊張感を含んでいて。

ふ、とどちらからともなく笑みが零れた。


キスにとろけたような表情のまま、ぎゅ、と杏が俺の背中に手を回してくる。


「…好き」

「っ…!」


本当こいつ、俺のこと殺す気!?


「──好きだっ、大好き、好き、好き…」


狂ったかの様に告げながら。

額、瞼、耳、頬、唇、首筋と。ありとあらゆるところに唇を落とす。

Tシャツの、杏が着ると少し広めに感じる襟首からのぞく首筋は、鎖骨がちらりと見えて。

その窪みを、誘われるままにちろりと舐めた。

びくり、と杏の身体が震えた。


どこもかしこも敏感に反応する杏に、よしよしと心の中で現金な俺が頷いている。


「…嬉しいけど、恥ずかしくて死んじゃいそう」


もう瀕死、と両手で顔を隠す杏に笑いながら、先に仕掛けて来たのはおめぇだかんな、と耳元で呟く。
そのまま真っ赤な耳朶を、喰むように舐めた。

ひぁ、と驚いたように、反応を示す杏の反応を楽しみながら、耳元を嬲っていく。

昂ぶった気持ちのまま、もっと密に触れ合いたくて。
Tシャツの裾に手をかける。

でもガキみてぇにドキドキしちまってて。

マジシャンとしてはありえないぐらいのぎこちなさで杏のTシャツを脱がせた。

杏は恥ずかしいのだろう、未だに顔を覆っている。風呂上がりと、今の触れ合いで火照った身体はほのかにピンク色で。


あー、もう、可愛い。


そうして不器用に脱がせたTシャツの下からは、青いレースのブラに隠された魅惑のおっぱいがお目見えした。




おおー。と思わず心の中で感嘆の声を漏らす。

散々頭の中では想像してきたけど、やっぱ実物は良い。

ブラの上で盛り上がっている部分が白くてもちもちしてそうで、たまんねぇんだけど。
乳首どんな色してんのかな。いきなりブラずり下ろして齧り付いたら驚くかな。

杏が顔を隠しているのを良いことに。
その谷間に顔を埋めて、そのフニフニ感を堪能してぇなぁ、とか思考は全てそこに集約されて。とにかくおっぱいをガン見してしまう。


いきなり押し黙った俺に不安になったのか、杏が顔を隠しながら「…快斗、君?」と不安気に尋ねてきた。

おっと、いけねえ。つい、脳みそがおっぱいでいっぱいに。



「青はいいねぇ、爽やかで」


出会いの言葉を口にすると、杏が顔を隠していた手を離し、こちらを見た。

「──気付いた?」

「そりゃあね、あん時のインパクトは未だに憶えてるぜ?出会い頭にパンチラドカンだからなぁ。ご馳走さまでした」

「あれは不可抗力っ。…でも、快斗君に会えた、運命的なきっかけ、だから」


恥ずかしそうに、そう呟く杏をきつく抱きしめる。

そっか。それで、わざわさ青の下着着けて来てくれたってことか。
やることなす事可愛すぎて、俺もう、パンチドランカーになっちまう。

もう、ほんと、エロいし可愛いし、俺の彼女、なんなの。


こめかみに唇を落としながら「わざわざ、俺のために青い下着着けてくれたんだ、ありがとな」と耳元でささやいて。

杏が照れながらも嬉しそうに笑った。その笑顔に、心臓が痛くなる。



あの出会いは確かに、奇跡的だけど。
あそこに俺が居たのは偶然ではなくて。パンドラの手掛かりを探って、お前に近づいたなんて。


嬉しそうな杏には、到底言えるわけがない。
ほんと、都合の良いとこだけ見せてんだよな、俺。

それでも。



おめぇの事は、俺が絶対守るから。
だから、今はまだ。



気付かないままで、笑っていて。



「清楚な中にエロさが隠れてるのが、たまんねぇな」



はぐらかすかのように、薄く笑って。
その、魅惑的なブラへと唇を落とした。