私の記憶が確かならば。
男と女が一緒にスイーツミュージアムに行く、というのは。
──デート、というものではないのでしょうか。
二日前の事だ。
『杏、土曜日の午後って空いてっか?』
黒羽君から来たLINEには、そんな一文が入っていた。
ベッドでごろごろと雑誌を見ていた私は、返信するために携帯を持つ。
『黒羽先生のおかげで、数学の授業のミニテストも見事合格したから空いてるよ!! 黒羽君ありがとう!!』
送信っと。
感謝の気持ちを込めて、両手で送信ボタンを押した。
先日の黒羽君の江古田東高校侵入事件。
その後の黒羽先生としての数学の授業──私の予想を裏切り黒羽君の教え方のなんと厳しき事!──のおかげで、次の日の抜き打ちテスト(なんと私が先生から渡されたプリントの範囲がでた!)を見事クリアしたわけで。
赤点ギリギリだった馨ちゃんにも驚かれる程の点数をとって見せた。
へへん。馨ちゃんが、次の中間の時そいつ呼んで来い、と言っていた程だ!
まあそんな抜き打ちテストは、赤点の人は土曜の午後が補習になったわけで。
モリチョーは私が補習じゃない事に、そしてプリントをやってのけた事にも驚いていた。
へへん!私もやれば出来るのですよ!
まあ全て黒羽君のお陰だけど。
というわけで、黒羽大先生のお陰で、魔の土曜日補習を免れたのであーる。
『じゃ、この前の報酬っつーことで、期間限定でやってるスイーツミュージアム行かねーか? もちろん杏ちゃんの奢りで(^−^)』
下に続くもはやお馴染みのクルッポーな鳩スタンプと共に、そんな返事が返ってきて。
へ。それって……。
がばり、と思わず体を起こす。布団がその勢いで足に絡まった。
「──ぅわっ!!」
どったーん!!
「いったー……」
絡まった勢いでベッドから落ちた私は、痛みそっちのけで、携帯のディスプレイから目が離せなかった。
──それって、デート、だよね!?
そんなわけで、土曜日。
今朝の私は酷かった。
何が酷かったって、ドジっぷりがいつにも増して酷かった。
登校中はどぶに落ちながら電柱にぶつかり、靴と靴下を洗いに行った公園では、ちびっこのブランコにぶつかり危うく脳震盪を起こしかけ。
学校へ着くや否や、チャリに轢かれ。玄関では下駄箱の角に頭をぶつけ。階段は前からずっこけ。教室では扉にぶつかり、椅子から落ちた。
「アンタ今日脳みそ出てんじゃね?」
とは、馨ちゃんの言った言葉だ。
確かに今日の私は脳みそが上手く回転していない。
午後の事を考えるだけで脳みそがショートを起こしそうだ。
──デ、デデデ、デート。
あと1時間32分19秒で、黒羽君とのデートの時間になる。
そんなことを思ってたらあと1時間31分52秒に、あ、あと1時間31分40びょ──ぐはっ!
「落ち着け。めんどくさい」
どん、と指で喉仏の下を突かれた。
…これ、物凄い急所なんです。一瞬息が止まるんです。
良い子は真似しないよーに!!ものすっごい苦しいからっ!!
てか馨ちゃんひどっ。
「げほっ、だって馨ちゃん、あと1時間30分23秒で、で、デートっ!」
「とりあえずもう一回やっとくか?」
「ごめんなさい落ち着きます」
「べっつに最初に会ったときから茶しばいたんでしょーが。この前だって何? 二人っきりで放課後授業だっけ?わざわざ学校に潜入して、あんたに会いに来て」
「う、えへへ」
「にやにやすんな。うざい」
「ひどっ」
「せいぜいそのデートでヘマして呆れられて愛しのクロバって男に引かれないようにね」
「うぐっ」
痛いところをズバッとつかれ、浮かれ気分が少し下がる。馨ちゃん、親友の門出を素直に祝ってくれたっていーのにー!
まあ、あのままだと本当、デートでもヘマばかりだっただろうから、いいんだけど。
「まあ、あんたの話聞いてる限りでは、全く呆れそうにないけど、ね。その男も変な野郎ね」
「いやいや馨ちゃん、だったら馨ちゃんも変になんない?」
「私は呆れながら付き合ってっから普通。あんたのドジは絶対変」
「ううっ」
なんて棘だらけの言葉!ちょっと一言くらい応援のエールとかないのか。
思わずジト目で馨ちゃんを見ると、ぐりぐりと頭にこぶしを押された。
いたいー!!涙目になって馨ちゃんの手を押さえると、ふ、と笑う顔。
それは、相変わらず見惚れるほどの綺麗な笑顔で。
「だから、変に気負わず行けっての。楽しんで来な」
「──うう。馨ちゃん愛してるっ!!」
そんな土曜日最後の授業の前の休み時間。
机越しに馨ちゃんに抱きつけば、教室がざわめいた。
まあ、馨ちゃんの手によって私はすぐ引き剥がされたんだけどね。馨ちゃんてば照れ屋さん!
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
LHRも終わり、黒羽君とのデートまで後、30分。
私は勢い良く椅子から立った。
待ち合わせ場所は江古田東駅、西口。
はやる心臓を押さえて、鞄を持ち、馨ちゃんに行ってきますの挨拶をしようと、振り返った。
ら、馨ちゃんは窓の外を見ていて。
はて。どうしたのかな?と、とててと近づいていった。馨ちゃんがこちらに向き直る。
「──杏、あそこの門にいる学ランって」
言われ、私も窓の外を見る。
で、驚いた。
「な、え」
そこには、駅で待ち合わせるはずの、黒羽君が、いた。
ちょ、門に寄りかかる姿まで格好いいんですけど!
でも、え。迎えにきて、くれたの??
思わず口元がほころぶ。そんな私を、馨ちゃんはしっかりと見ていたみたいで。
「……やっぱ、あいつがそうなんだ。ふーん。よし、行くか」
「へ、え!?」
「ちょっくら挨拶しとかないとね」
にやり。
そう、まるで悪代官のように笑った馨ちゃんに引きずられ、私たちは門へと足を進めた。
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