#59
ふと。暖かな温もりの中で目が覚めた。
真っ暗ではないけど、まだ辺りは薄暗く。夜が明け切らない時間帯なんだろうなと、ぼんやりとした頭で思う。
薄明かりで見る天井は、いつも見上げるものとは違っていて。
そうだ。私、昨日快斗君の家に来たんだった。
そして…うわぁ。
思い出した内容に、死ぬほど恥ずかしくなって首を振ると、隣の温もりがぴくりと動いた。
ぎゅ、と抱え込まれるように寝ていたみたいで。
私を包む腕の重さが、妙に愛おしい。
なんだこれ。これが幸せってやつなのか。と思わず自問自答してしまう。
「ん…杏…?」
隣で私に幸せを与えていた張本人が、薄眼を開けてこちらを探すように首を動かした。
私を確認すると、ふにゃり、と薄い唇がほっとしたように緩んで。
抱え込んでいた腕を離し、ごそごそと移動したと思えば。
私の胸の上で満足そうに、再び快斗くんは眠りに落ちた。
胸元に感じる重みと、ふわふわの髪の毛のくすぐったさ。
「…昨日、なんとなく、思っていたけど」
快斗君、おっぱい、好きだよね。
思わず、笑いが漏れた。
幸せそうなその寝顔に、愛しさが込み上げる。
好きって気持ちには、限界はないのかな。
もうこれ以上ないくらい好きだと思っていたのに、想いはさらに溢れるばかりで。
いつだって。
私の方が翻弄されて、ドキドキさせられっぱなしだと思ってた。
余裕のない表情。必死に私を求めてくる蒼い瞳。
私を呼ぶ、切羽詰ったような声。
心も身体も、快斗君に全て奪われて。
規則的に寝息をたて、上下するその頭。
ふわふわなその黒髪を、ぎゅ、と強く強く抱きしめたくなる。
ああもう。自分で自分を律せないくらい、この人が愛おしい。
ふと。クリスマスデートで聞いてしまった会話が頭を過った。
終わりがきたら。どうしよう。
私は、この人が居なくなったらどうなってしまうんだろう。
身体を重ねれば。
一度でも、一緒になれれば。
大丈夫だと思ってた。
馬鹿みたい。
こんなの。
想いがさらに募っただけだ。
非常に素晴らしい枕がそこにあったから。品質を確かめようと思って。
朝である。
そう言いながら人の胸を揉んでいる快斗君は、余裕の無さを見せていた昨日の夜と比べてすっかり通常営業だ。
いや、スケベ度に磨きがかかった。
朝からいい笑顔で人の胸を揉まないでほしい。
なんだか変な気分になっちゃいそうじゃないか!
「…杏ちゃん、朝の生理現象って知ってる?」
上目遣いで、悪戯な瞳を輝かせて。
そんな風に私に言ってくる彼に、朝勃ちくらい知ってるよ!と赤い顔で思わず返す。
すると、「なんで」と不服そうに答えられた。
胸は手にひっつけたまま。
離す気ないな、快斗君。
「なんでって…」
「俺が教えようと思ってたのに…誰」
「え、誰って…」
言われ、頭に浮かんだのは。
にぃっと唇を吊り上げて私にセクハラまがいの会話をしかける、癖毛の強いあの人。
「…あいつか!」
快斗君も思い至ったようで、苦虫を噛んだような顔をした。
「うーん、多分…馨ちゃんも…?」
とりあえず、よくわからないフォローだけいれてみる。
がくり、と肩を落とした快斗君へのフォローにはならなかったようだけど。
「…俺が手取り足取り色々教えたかったのにっ」
前から薄々思ってはいたけど、快斗君の頭の中は結構、エロオヤジだ。
そんな生理現象に朝から付き合わされたかどうかは、ご想像にお任せするとして。
快斗君が淹れてくれたコーヒーを飲み、快斗君が作ってくれたスクランブルエッグとサラダを並べ、トーストを頬張る。
もぐもぐと食べていると、デザートにと、リンゴが置かれた。
至れり尽くせりなこの状況に、くらくらと目眩がしそう。
「いつも杏の家ではやってもらってるし。ここだとどんなドジが起こるかわかんねぇーかんな」
そう言って笑う快斗君は、変わらず過保護のままだ。
身体を重ねたからと言って、何かが大きく変わるわけではない。
私も、快斗君も。
快斗君が何か抱えているっぽいその本当のところも、わかるわけもなく。
私が何かを、聞くわけでもなく。
でも。
前のようなよく分からない不安は消えていた。
幸せの奥に見えないように隠しただけの気もするけど。
きっと不安が顔を出すたび、身体の重なりに縋ってしまうんじゃないかと、漠然と思う。
中々にダメ女真っしぐらな自分の思考に、うんざりするけど。
なんだかご機嫌な快斗君を見てると、そんな私のぐだぐだ思考も全部、どうでもよくなってくる。
そう。私はただ。
目の前で楽しそうに笑ってくれている、この人が。
すごく好きなんだよな。
「つまり。頭ん中お花畑?」
「そういうことになるのかー」
「ったく。クソどうでもいい脱処女の惚気聞かせやがって」
「馨ちゃんが聞いてきたのに!!」
翌日。学校に着いて早々目があった馨ちゃんか私を見てにたぁと笑った。
美人なのに。
あの顔の崩し方はいかん。
そうしてお昼の時間に「ん?どうだった?ん?」
とオヤジよろしく聞いてきた馨ちゃんに、好き過ぎて怖い的な話をしたら、上のようなつまらなさそうな返答が返ってきたわけで。
聞いてきたから答えたのに!
「私が聞きたいのは、最中どうだったかってこと。あんた処女だし、濡──」
「生々しい!」
慌てて卵焼きを馨ちゃんの口に突っ込んでストレートにとんでもない事を聞いてくるその口を塞ぐ。
ここ、教室ですから!
不服そうながらも卵焼きのお陰でなんとか事なきを得た。
「ほんで、来週もお泊りデートでもすんの?覚えたての猿みたいに?」
「猿って馨ちゃん…。いや、来週は快斗君なんか、お母さんの用事を言付けられたみたいで。長野だったかな?に行くんだって」
「へー。じゃあ私今フリーで暇だから、構ってよ」
「え、いいの!?わーい!どっか美味しいものでも食べにいく?」
あ、そう言えばあのチョコのお店、馨ちゃんとイートインしようって思ってたんだ。
「この前お土産あげたチョコのお店、イートインもあって、イートインでしか食べれないケーキみたいなのもあって気になってたんだー」
「あー、あれね。美味しかったしね。そこにでも行ってみる?」
「うん!あ!あのね、もう一人誘っていい?」
阿笠さんの家から近いし、せっかくだし哀ちゃんも誘ってみよう。
美人2人に囲まれて食べるチョコは幸せの味がしそうだ。
「何あんた、友達出来たの?」
まさか。そんなドジなのに?とでも言いたげな馨ちゃんは、何気に失礼だと思う。
学校帰りにLINEを送ると、いいわよ。私もあそこでイートインしてみたかったの。と返って来た。
『友達もいるけど、口悪いけど悪い子じゃないから!
私と2人の方がよかったかな??
哀ちゃんと2人でデートも楽しいけど、美女に囲まれたくて!』
と正直な考えを返事したら、なんだか呆れたようなスタンプが1つぴろんと鳴った。
それ以上返信はなく。
まさしく、呆れられているのだろう。
哀ちゃん、本当クール美少女。
とにもかくにも。
久しぶりに馨ちゃんと遊ぶし、哀ちゃんも一緒だし。
週末が待ち遠しいな!