#65




差し出された手を、出来るだけ繋いでいたくて。

公園まわってく?という誘いに二つ返事で頷いた。


私があげた手袋が一瞬で目の前に出てきたことに、さすが快斗君だと驚きながら。それを繋いでない方の手に着けてくれて。

嬉しいんだけど、お互いが片方づつ着けているってなんだか妙に気恥ずかしい。

いやほんと、嬉しいんだけど!

なんかもう、ぎゃー!ってもだもだしたくなっちゃう感じ。頭沸いてるって馨ちゃんに突っ込まれそうだな。

あったかそうな手袋を選んだつもりだから、思った通り暖かくてよかったと、少しほっとする。

それでも。
手袋をしていない、繋いでいる掌のほうがずっとずっと暖かいな、なんて沸かしっぱなしの私の脳みそは思ってしまうんだけど。







公園のベンチに座り、ビニール袋の中からほかほかと湯気が昇る肉まんを取り出した快斗君は、ぱかりと半分に割って「ほら」と私に差し出した。

割った先からのぞく肉汁たっぷりの具が溢れんばかりで。
湯気からは、ほわりと香る肉まんの美味しそうな匂い。

思わず、「おおー」と簡単の声をあげてしまった。


しょうがねぇやつ


そう、笑っている顔が物語っている。
なのにその笑みがどこか愛情を感じて妙に擽ったい。




そうして一緒に肉まんをパクついた。

うん!美味しい!なんていうか、肉肉しいね!普通の肉まんよりお肉がぎっしり!肉汁ジューシー!


そんな感想を心の中で叫びながらも、ちらりと快斗君をみては、視線を肉まんに戻すを繰り返していた。

はふはふと食べる私を見る快斗君の目が、妙に優しくていけない。

恥ずかしいからあんま見ないで。

それでも気にしないようにと、はふはふと食べていると、カレーまんも半分にして渡してくれた。

…食いしん坊ですいません。


肉まんを食べ終えて、差し出されたカレーまんにパクついて。

カレーまんもCoRo壱特有の味と、程よいピリ辛感でとっても美味しい。

うーん、こっちも当たりだな。


そう思いながら、「美味しいね!」と快斗君に向き直ると。

その手が私の口元に伸びてきていた。



「っとに、杏は──ほら、カレー、口に付いてんぜ?」



そう笑う彼の手のひらが、ゆっくりと私の口の端に近付いて。

その長くて綺麗な人差し指が、私の口元ギリギリのところに触れた。


拭うように、口元に付いたカレーを攫っていって。あろうことかその指をそのまま私の口に突っ込んだ。


何これ恥ずかしい…!
反射的にカレーをぺろりと舐めとってしまったけれど。

えと、あの。
いい加減口から出してくれませんか。

舌のやり場に困る。

うっかり舐めちゃわないように引っ込め続けるのも、何気にしんどいんですけど。



寒さのせいだけじゃなく真っ赤になっているであろう私の頬。
何してくれるんだ、と快斗君を見やると、とてもいい笑顔を向けられた。


「俺の指舐める杏とか、やらしいよな」


──誰のせいだ!!誰の!


やっと離れた指に安心して。せっかくのCoRo壱のカレーまんだっていうのに、その味が最後はよくわからないままかきこんだ。

毎度毎度、美味しいものを食べてる時に、この人は爆弾を落としてくるんだから!


快斗君の味クラッシャーめ!!



紅い頬が冷めないまま、なんとか食べ終えて。

急いで食べたので喉に詰まりそう。

お茶お茶、とコンビニのビニール袋を探ろうとしたら、その手に快斗君の手が重なった。


顔を上げると。

唇に柔らかな感触が掠めた。
ちゅ、と音がしそうなほどの、啄むような口付け。


すぐに離れたそれは、けれど私の動揺を誘うには十分で。



──!!!?



「こ、こここ、ここ!」

「こけこっこー?」


わかってるだろうにそう言って首を傾げてくる快斗君に違う!とぶんぶんと首を振る。


ああもう、言葉にならない!


ここ、公園!!外!

そして!奥ゆかしき日本!!
オープンにキスしまくる外国の国とは違うのです!!
冬だからって誰も通らないわけじゃないんだからー!!



「わり、あんまり可愛い顔してたから。我慢出来なくて」



くっくと笑う余裕たっぷりの蒼い瞳。

どこぞの伊達男だ!と叫んでしまいたいのに、その笑顔が憎らしいほど格好良くて怒れなくなってしまう。


身体を重ねたというのに。
あんなに恥ずかしいところまで、全部知られちゃったというのに。

快斗君の一挙手一投足に、敏感に反応してしまう。
その醸し出す色気がダメなんだ。その笑顔も反則だ。


ああもう!ほんとずっるい!



きっと私は悔しいくらい、この人に翻弄され続けるんだ。










マンションに戻り、改めてひと息ついて。


溜まった洗濯物が憂鬱だけど。まあ、ゆっくりなんとかしよう。
明日も一応、学校休むし。


明後日から馨ちゃんと一緒に登校予定だ。

あの事件は報道規制され。
馨ちゃんと私はスノボにいって、馨ちゃんが木に激突しかけた私を庇って足を怪我したという設定だ。
そして私は怪我した馨ちゃんを助けようとさらにドツボにはまり、雪の中遭難しかけ、風邪を引いた、という設定で…なんというか実際やりそうな話で切なくなった。
スノボもろくな状況にならないだろうから、恐ろしくて出来そうにない。

まあ、元々このドジ体質だから、そういったアクティブな事はひとつもする予定もないんだけどね!泣ける!



「片付け手伝う」

そう言ってくれる快斗君の手をありがたく借りることにして。
しばらく居なかった家中の掃除を軽くして。その間に溜まった洗濯物の第一回を回す。

快斗君はテキパキとトイレとお風呂の掃除をしてくれた。彼氏に家の掃除、しかもトイレとお風呂とか掃除させる女って…と凹みそうになるけど、率先してやってくれるんだもの。

本当、お母様の快斗君への教育方針すんばらしいよな。
是非一度お会いしてみたいものだ。



「あ、そだ。夕飯何食いてぇ?」

お風呂掃除を終えた快斗君がひょっこり顔を出しながらそんなことを聞いてきた。

ん?それどっちかって言うとここは私の台詞では。

私の疑問に気付いたのか、快斗君は続けた。


「今日退院したばっかなんだからあんま動き過ぎんなって。退院祝いに何か食べさせてやって、って親父さんから樋口さん1枚預かってんだ。外連れ回しすぎんのもあれだから、退院祝いになんか店やもん頼もうぜ」


お父さん、快斗君のこと信頼しきってるな…。
いやうん確かに快斗君は素晴らしい好青年なんだけどさ!
でも、いいのか、それで。うちの親。

とにもかくにも、祝いということで。樋口さんを有り難く使ってお寿司を頼むことに。





キラキラ輝くイクラちゃんも、ぶ厚めに切られたしめ鯖さんも、脂の乗った鰤君も、透き通ったイカっちも、ツヤツヤしたサーモン殿も、全部とっても美味しかった。


…全然退院したてとは思えないこの食欲。
むしろ、病院食明けで何だか凄く、箍が外れている気がする…!
体重計、今日は乗らないでおこう、うん。










「さて。ほんじゃ、腹ごなししたら風呂でも入るか」

「へ」

「杏ちゃんまだ本調子じゃないんだから、俺が洗ってやるよ」


俺に任せとけって、といった感じの爽やかな笑顔。
思わず見惚れてしまったけれど、言われた言葉にはっとする。


いやいやこの人、何言ってんだ。


「いや、大丈夫だよ?ひとりで入れる」

「なんで!」

「いや…なんでって…」

「看病の醍醐味じゃねぇか!病室でも身体拭かせて貰えなかったし!」



せっかく!隅から隅まで!俺が洗ったげようと思ってたのに!


そう、手をワキワキとさせながら快斗君は何やら叫んでいる。



いや待って。

だからお風呂一生懸命洗ってたわけじゃない、よね?

…その為に、退院付き合ってくれたり、入院付きっ切りだったわけじゃない、よね?



そう思ってしまうぐらいブーブー言っている快斗君。
あれかな、心配かけてるんだとか、色々考えてたけど。
私の気のせいかもしれないな…。



ちぇってなってる快斗君は非常に格好可愛いかったんだけど、その発言はただしイケメンに限るだと、思っておいた方がいいぞ、快斗君。

ただし快斗君に限る!だよ、ほんと!