#72




ちゃぽん。

水音が、静かにお風呂場に響く。


あの後。再び、お風呂に入りながら身体を温め直して。
快斗君のお家のお風呂は結構大きいのに。結局また、快斗君のお股の間に座らされている。


我に返ってみると、無性に恥ずかしいえろえろなことをしでかしてしまった後なので、こういう時どんな表情をすれば良いのかわからない。


快斗君はとってもご機嫌そうだけど。


鼻歌混じりに私を後ろから羽交い締めにして「杏、もうほんと可愛い、好き」とか言いながらぐりぐりと頭を私の首筋に埋めている。

もう、どうしていいのかわかんないくらい快斗くんが甘々になっていて、平静を装えない。


アイスがどろどろに溶けたくらいでろでろに甘い。

私を悶えさせてぐでぐてに溶かす気なんだろうか。

きっと今、私は首まで真っ赤に燃えているだろう。とにかくもう、顔が熱いっ。今なら口から火でも吹けそうだ。







「──身体、痛くねぇ?」

壁に押し付けちまったから。
肩に顎を乗せながら、快斗君が甘い声で尋ねてくる。
そんな心配、恥ずかしすぎて「大丈夫…」と、か細い声でしか返せない。



そうだよ。
今考えてもなんて格好でコトに及んだんだ…!
なんかもう、とにかくえろえろ過ぎた。


スライムしか倒した事ないのに、いきなりドラゴンと戦ったようなものだ。
経験値が大変なことに。



いや、うん。
すごく、気持ちよかったんだけど。
すごくすごく、恥ずかしかったけど。それがまた…ってだから何考えてんの私!


どぎまぎしてる私を知ってか知らずか、快斗君はそのままの体制で楽しそうに言葉を続ける。



「今日、泊まる?」

「…うん」

こくりと頷くと、後ろからぎゅ、と抱きしめられた。

「可愛い、好き」


またもそんなでろ甘声が聞こえて色々と悶え過ぎて死にそうになる。
いい加減でろ甘モード控えて貰わないと、私のHPがもはや危険ゾーンに突入しているんだけど。

快斗君はお風呂で私を悶え殺す気なんだろうか。

これが俗に言う、ピロートークというやつなのか。
皆こんなに、でろでろ甘々な雰囲気でイチャイチャしてるの?

こういう時私はどんな態度をとるのが正解なの?
でも今なら例え私が鼻血噴いても快斗君は「可愛い」とか言いそうで怖い。ネジぶっとんでそうだ。


でろ甘モードにバーサク状態の私に、快斗君は嬉しそうに肩に顎を置いたまま会話を続けてくる。いい加減首元が擽ったくて、軽く身をよじると、きゅ、と腰に回されていた手がきつくなった気がした。
さらに密着する身体に、どぎまぎが止まらない。


「じゃ、明日、寺井ちゃんとこ行こうぜ。ほら、前話してたろ?ずっと会わせたかったんだ」

「え、いいの?」

「当たり前だろ?」


寺井さんという名前は、以前快斗君から聞いたことがある。
快斗君のお父さんの付き人をしてたという、お爺さん。ビリヤードバーを経営してるって言ってたから、そこに行こうという話だろう。


確かに、あのホテルのバーで、連れてってくれるって言ってくれてたけど。

覚えていてくれたんだ。


嬉しい。
じわり、と喜びが胸を締め付ける。


そんな私の耳元で、快斗君が囁く。



「──今日、バレンタインだろ?」


「そう、だけど…?」


そうです。バレンタインです。だからこんなにでろ甘仕様なの?
快斗君はチョコアイスになっちゃったの?

だめだ。この砂糖過多に、もはや思考がおかしくなってきた。



「だから、さ」


私の思考を知ってか知らずか、楽しそうな快斗君の甘い声がお風呂場に響く。

お腹に回していたはずの手が、上の方へと滑って。
胸の膨らみに沿って、指がつつ、となぞるように這っていく。


「ふっ…ん…」と思わず鼻から抜けるような声をあげてしまった。


私の反応に、にやりと快斗君が破顔して。掠れるような、囁き声を私の耳に届けた。




──杏のこと、もっと食べてもいい?




とんだ破壊力抜群な声が、吐息と共に私の鼓膜に直接響いて。


下半身が、ずくりと疼いた。


とんでもない男だと思う。
声だけで、私の熱をいとも簡単に引き上げる。

あんだけ激しいことしといて、まだ足りないのかと思わなくもないけど。

こうして、簡単に欲しくなってしまう私も、大概だ。




お尻の辺りに、快斗君の昂ぶりが主張し始めたのを感じる。



うう。もう。なんかもう!
恥ずかしいやら照れるやら焦る嬉しいやらとにかく、色々と限界!



ぶくぶくと、ずり下がって口元までお湯に浸かった私は、茹で蛸よろしくぐでぐでだ。



茹で蛸ぶくぶく状態の、きっと側からみたら阿保みたいな私の様子にまで「可愛い」と頭のネジがどっか飛んで行ったような反応を返す快斗君は、ずり下がった私の頭頂部にちゅ、と唇を落とした。


「あったまったし、上がろうぜ」


と、そのまま私を持ち上げて。



これは、まさか。




「そんなわけで。ベッドまでお運びしますね?お姫様」





私をお姫様抱っこで抱え上げた快斗君は、にっこりと、惚れ惚れするくらい良い笑顔で微笑んだ。
















──うう。身体が重い。

ずーんと重い身体のだるさは、たとえ治癒力が異常でもすぐに治るものではないんだと、身をもって知ったバレンタイン。


お外に出ることもなく。

簡単な食事で栄養補給しつつ。


この日文字通り抱き潰された私は、カラカラだぞ!と訴える喉の渇きで目が覚めた。

…もう、なんかわけわかんなくなって、悲鳴上げてるみたいに喘いでた気がする。うああ…。


最後の方とか記憶がない。


とにかく、なんというか…。
凄く、求められた気がする。言葉でも、身体でも。

SEXって、こんなに…
ってうぁぁ…!思い出したら負けだ!!


そう、気を取り直すように壁に掛けられた時計をベッドから見上げれば、バレンタインの1日がもうすぐ終了を迎える時間で。

ほとんどベッドにしか居ないまま1日が終わっていく…。


そんな爛れてる一日にうわぁ、と思いながら横を見ると、整った綺麗な顔が、幸せそうに眠りについていた。
そう。どことなく満足そうな顔で眠っている。




もう無理だと悲鳴をあげても、ごめん、無理、止まんねぇ。と逆に返されてはその激情を受け止めて。

身体がそこら中痛くて、文句言ってもいい気がしなくもないんだけど。



なんだかなぁ。
ほんともう、この幸せそうか寝顔見るだけで、絆されてしまう。



その腕は、私の胸の下に巻きついていて。ぎゅ、と抱え込まれている。

暖かな温もり。側で感じる快斗君の吐息。



それになんとも言えない面映ゆさを感じながらも、喉がその渇きを訴え続けているので、名残惜しくも巻きついてる手をゆっくりと離した。



そうして重い腰をゆっくりと上げ、身を起こす。


なぜだか、意外にさっぱりしてる身体。
いつのまにか着ている快斗君のであろう、パジャマ代わりのスウェット。
ぐしゃぐしゃだったはずのシーツは、これまたいつの間にやら綺麗に整えられているし。

残骸が散らばってたような記憶もなきにしもあらずな、ティッシュとか色々な物も知らぬ間に無くなっていた。


多分、私が限界を迎えて記憶を失うかのように眠りに落ちた後に、快斗君が全部処理してくれたんだろう。


にしても、着替えまでって。
そして、なんか身体が色々べたべたになってたはずなのに。

…この、さっぱりしてる感じも。



…快斗君が知らない間に身体も綺麗に拭いてくれたんだろうか。

…。



うわああああ!!

心の中で声にならない叫び声をあげて、顔を覆った。


なにそれ、恥ずかしすぎる。

なんでそんなにマメマメしく甲斐甲斐しいんだ、快斗君!







ひと通り悶えたあと、ゆっくりと、快斗君を起こさないようにベッドから抜け出ると、ひんやりとした空気が肌を包んだ。


肌寒さに、快斗君の温もりが恋しくなる。
早く水飲んで、とっととぬくぬくの快斗君の腕の中に戻ろう。


そう、よろよろとしながらも部屋の扉を開いた。


ここで階段転んだら快斗君が起きるし、怒られそうだ。
と階段を手すりにつかまりながら慎重に降りていると、リビングに明かりが灯っていて。




あれ。快斗君切り忘れたのかな?



そんな軽い気持ちで、リビングの扉を開いたその先に。




「あら」

「…え、」



綺麗な女の人が立って居た。