#73.5





「──千影さん、かな?」

「あら。ばれちゃった」



まあ、分かるように気配消さずにここに立ったんだけど。

かたり。と、窓から姿を現した私を見て、浅黄さんは苦笑した。



「こんな夜中に。どうしたんだい?」

「今日…もう昨日かしら。バレンタインだけど?クリスマスの時は必死に裏工作して、邪魔してたっていうのに、もういいの?」


あれは笑った。
快斗が知らない間にグレイさんに頼み込んでマジックショーのチケットをゲットしてたのにも笑ったけど、それを知った浅黄さんが私に頼み込んで、阿笠博士達の分をどうにか貰えないかとか言うんだもの。

グレイさんに事情を説明したら、嬉々として追加の席を工作してくれて。

まさか本当に、事件が起こって、クリスマスメモリーズ失敗に終わることになるとは思わなかったけど。緑水君が大笑いして私に報告してきたものね。
哀ちゃんには悪いけど。…あの名探偵の子、本当どっか祟られてるんじゃないかしら。事件ホイホイ坊主って、快斗が悪態吐いてたけど、言い得て妙よね。


「…オヤジとしては、複雑だよ?そりゃ。でもねー、同じ男としては、つい、快斗君って応援したくなっちゃうというか…」

杏が凄く大事にされてるのも、こういう状態だと、わかっちゃうしね。
と、へにゃりと笑ってこちらをみる。

未だに、少しの葛藤があるのか。浅黄さんはどこか、私に申し訳なさそうな所がある。

快斗が決めたこと。

私は、あの子が怪盗キッドの真実を知った時には、きっとこういうことになるだろうと覚悟も決めていたんだけれど。


巻き込む側の思いとしては、複雑な所があるのかもしれないわね…。
元を辿れば、浅黄さん達を巻き込んだのは私たちなのに、ね。

うちの旦那はね、苦労性だから。と笑って語っていた桃乃を思い出す。





──杏ちゃん。



桃乃の、大事な1人娘。

少しでも何かしら、奴らに疑問を与えるわけにはいかないと、直接的に会ったことはなかったけれど。



──桃乃みたいに、真っ直ぐで。無邪気に笑う女の子だった。




あの子はもうずっとあの身体で。



だから…我慢や諦めが当たり前過ぎて、その自覚すら、出来ないんだろう。








うちのバカ息子に、ちゃんと、甘えられているなら良い。



だけど。

あの子が、計画の為にドバイに行くこと。

快斗が怪盗キッドであること。その、理由。




──あのバカ、そこんとこのフォローもせずに、黙って行くつもりみたいだし…。


大丈夫かしら。





桃乃に似た、あの可愛い笑顔が曇るようなとこ。あんまり見たくはないんだけれど。


かと言ってここで私がでしゃばるのも、おかしな話だし。多分快斗怒るだろうし。
何より、あっちで快斗のフォローがあるから、日本に居ることも出来ない。


──浅黄さんも、そういうフォローは、上手くはなさそうだしね。





「今日、杏ちゃんに偶々会っちゃったわ」

「どこで──あ、察したからそれ以上言わないで…!」

「応援したくなるって言ってたじゃないの」

「男としては、ね!オヤジとしては複雑なところなんですよ」

「まーったく、面倒な脳みそね。…杏ちゃん、桃乃に似てきたわね」




どこか不器用な笑顔で、浅黄さんは微笑んだ。

私もきっと、変な顔で笑ってる。





…私も、浅黄さんも。

8年前のあの日から。どこかしら、前に進めていない。








「はい。バレンタイン。緑水君にも渡しておいて?私もう、あっち戻るから」

「はは、毎年わざわざありがとう」

「桃乃ならね、絶対、誰からも貰えないなんて可哀想っ!って嘆くだろうから」

「そうだね。桃乃なら、言いそうだ」




そうしてまた、不器用に笑いあって。





全て上手くいって。

快斗と杏ちゃんが、笑って未来を過ごしていけるようになったら。



きっと、もっと素直に笑えるから。




今はまだちょっとだけ、不器用でも許してね。