#8







「うわー。すっご!! お菓子の国だー!!」


とあるビルのワンフロアが丸々、スイーツミュージアムとして期間限定で展示展をしていて。

お菓子がモチーフの博物館と、飲食スペース、そしてお土産用の物産展。

見る・買う・食べるがそろい、外観の至る所に、スイーツモチーフが、精巧なものから可愛いものまで、様々に施されている。

なんとも女子供が喜びそうなものなのだ。


かくいう私も、その一人なのであって。実はずっと行きたいと思っていたのだ。

想像以上の規模に、目が爛々としてしまう。

「うわー!ちょ、どうしよう、まずは何から食べようかっ!は、モンブラン専門店ですと!?ああ、チーズケーキのお店もある…チョコレートカフェまで!!」
「色気より食い気、だねー杏君」
「うっ」


しまった。

あまりのここの凄さに、黒羽君とのデートだって事が一瞬頭から消えていた。

食いしん坊だと思われたかな。
いやでもここの凄さを見たらこうなっちゃうでしょ!?

「まずは色々見て周って、んでから決めよーぜ。ケーキは逃げねぇからよ」

笑う黒羽君に、うううと唸ると、はいはい進んだ進んだ、と手を引っ張られた。

あんま余所見してるとどっかぶつかるんだぞーとの言葉も相まって、これじゃまるで保護者と子供の図みたいだなぁと、自分の興奮加減に少し項垂れながら、先へと進んでいく。


「あ、このチョコレートカフェは必須ね」
「へ。黒羽君チョコ好きなの?」
「おー。チョコアイスねチョコアイス」
「へーそうなんだ!」


黒羽君はチョコアイスが好き黒羽君はチョコアイスが好き!よし!心のメモにメモった!

この前高校は江古田って聞いたし。ちょっとずつ、黒羽君のことを知れて、なんだか嬉しい。
もっと、色んな黒羽君を知りたいな。

そこらじゅうに散らばるスイーツに、私の頭まで甘くなったようなことを思いながら、一際人が集まっているガラスケースが目に入った。



「あ、あれ、ニュースでやってた! このスイーツミュージアムの為に、イギリスのどっかから借りたっていう宝石!!」

薄い赤紫色の輝く宝石が、ショートケーキがモチーフであろう、様々な貴金属・貴重品で作られた美術品の、イチゴの部分と思しき部分に悠々と佇んでいた。

ケーキの部分だけでも物凄いのに、一番トップに居座るソレは、他を霞ませている。
ガラスケースに入っていても、その輝きはすごい。こんなに大きな宝石、初めて見た。


私がそれに見入っていると、黒羽君はきょろきょろと辺りを見渡していて。

「どしたの?」
「いや──トイレ、どこかなーって」
「へーこの綺麗な宝石を前にして、トイレ、ですか黒羽君ったら。ロマンの欠片もないですねー」

へへっと先ほどの仕返しとばかりに言うと、生理現象は仕方ねーのっ、と軽く頭をこずかれた。

「ちょっと探してくっから、そこで宝石見ながら待ってて」とそのまま走って行った黒羽君を、見送って。

せっかくだからもうちょっと近くで見ようと、ガラスケースに近づいていく。


「って、うわっ!!」

一人で動いたとたんに、人にぶつかって躓くなんて!
人が多いところはこれだからっ。


自分のドジが原因で、私にとって、人ごみは本当に危ない。気を付けていたはずなのに、やらかしてしまった。


──やばっ、ケースにぶつかるっ!!
もし割れたら弁償かな!?やっばい!!


思わず、目を瞑った。




覚悟していた、衝撃が来ない。

え、と顔を上げると、薄茶色の髪が、目の前にあって。

「──危ない所でしたね。可憐な顔に、傷が出来る所でした」


うわっ。美形だ。

やわらかく微笑んでいる長身の彼が、どうやら体を支えてくれたらしい。気障な物言いであるが、彼が言うととても自然に聞こえる。
どこか仕草が日本人離れしてるからかな。

でも、そんな言葉は純日本人の私には照れくさいです。

「すみません、ありがとうございましたっ」

ぱぱっと離れ、お礼を言う。


「ここは、この辺りでも一番人の多い場所だから気をつけて。貴女のような可愛いらしい方だと、人も寄ってきてぶつかってしまいますよ」
「そんなっ、上手いこと言わないで下さいっ」

さらりと言ってのける言葉に、やはり照れる。

人にぶつかるのを、可愛いから寄ってくるなんて言う人が居るとは。
美形だから許されるってやつか。これ、うちのクラスメイトがこんなこと言っても上滑りするんだろうなぁ。


「本心を言ったまでですよ。本来なら、人気がない所まで案内差し上げたいところですが、生憎のところ今、この辺りを調査していまして……」
「い、いえいえ!大丈夫です!気をつけてここから離れますから!」
「そうですか。では、お気をつけて」


流れるような仕草で、ちゅ、と手の甲に唇を寄せられた。


「ええ!?」
「お近づきの印ですよ。素敵なお嬢さん。ではこれで」
「は、い……」

うわーうわーうわー!なんだあの人!外国かぶれか!?
ここは日本なんですけど!
セクハラですが!似合ってるからいいのか!?
ただしイケメンにかぎるってやつなの?
馨ちゃんにしてたら華麗にグーパンされてるよきっと!

こちとら助けて貰った手前、何も言えませんけども!


頭の中でわーわーと叫びながらも、忠告どおりにガラスケースから離れていった。

先ほどの彼は、軽く私に手を振ったあと、そのままガラスケースの周りを見ながら手を顎に当てて、なにやら考えている様子だった。


邪魔しちゃったみたい。申し訳ないと思いながらも、これ以上迷惑をかけないようにと、遠ざかっていった。





にしても黒羽君遅いな。

「これだけ遅いと、迷子か、大かなぁ」

「杏じゃねーんだし、迷わねーよ」
「黒羽君っ」
「大でもねーし」


──聞かれてた。

というか、少し怒ってる?迷子とか大とか言ったせいかな。


「ごめん、おこった?」
「──いんや?目的のケーキでも食いにいこーぜ」

やっぱりらなんだか変だけど、黒羽君が手を引っ張ったので、それ以上は聞けず。


さっきより強く握られているのに、ドキドキを隠す事で精一杯だった。









 - TOP - 

site top