#76





ビリヤード台に腕を伸ばして狙いを付ける快斗君の格好良さったらなかった。

くるくるとキューを回した後、びし、と長い指をキューの先に這わして。
狙いをつけるように構える姿勢が、もう、とにかくかっこよくて!


多分、目の前に寺井さんがいなかったら、テーブル叩きまくって悶えてた。



…別に、他の人の時はなんとも思わなかったけど。
なんでだろ。快斗君がキューの先をこう、指で支えると。なんだか、その、妙にえろかった。


──私の目はどこまで変態なんだ。うう。やらしい目で見てすいません。
でもだって、すごく色気が、こう…!!うう、かっこいい…!



そんな私の身悶えをよそに、まるで生きているかのように、快斗くんが打った白い玉が、曲がったり、飛んだりしながらどんどんとボールを落としていって。


わー!!えー!!と興奮しながら驚いている間に、ほぼ全ての球が、ポケットに落ちた。




「さーて。ラスト。杏」



そこで、遠くから名前を呼ばれて、思わずはい!と飛び上がって答えた。

かっこよすぎて、つい動揺して。


私の様子に苦笑しながら、「どこに入れて欲しい?」とくるくるとキューを投げ回しながら尋ねてくる。


うう、いちいち格好良い…。



「あ、うあ。えーっと…右端のとこ?」

「オッケ」




それだけ答えて、あっという間に再びキューを構えた快斗君は、ぽん、と軽ーく手玉を打って、綺麗に最後の玉を右端のポケットに落とした。



わっ!!と周りでプレーしていた人も、私も歓声を上げる。


寺井さんも楽しそうに笑っていた。




「てっめ…!!黒羽!!ぜってーなんかしたろ!!」

「ん?なんのこと?てか、オメェらが台に寄らせてくんなかったじゃねぇか。いつ"なんか"出来る時あったかな?ん?」


くっ…ぐぅ!!イケメン滅びろー!!ああくそ何さっきのかっこいい!
と雄叫びを上げながら快斗君に抱きつかんばかりに飛びかかっていたのは、一橋君だったか。


「俺のメアドゲット大作戦が…。くそ。でも何さっきの!なんかモテそう!俺でもやれる?タネおせーて!」

そんな風に現金にも尋ねているのがメッシュの…確か三澤君。


なんやかんやで、きっと仲良しなんだな、と思わず微笑ましく思っているところで、隣にふと、気配を感じた。



「きゃーかっこいー抱いて!ってかんじ?」


薄い唇を吊り上げて。いつの間にやらこちらの方へと来ていたその人は、にっこりと笑った。


「え…、と」


急に話しかけられて、思わずたじろぐ。
いや、うん。
えっと、名前が確か…二川君といったか。

先程も、一番最初に私へと絡んで来てた人だ。


どことなーく、チャラそう。でもって、爽やか醤油顔の人。


「キラッキラお目目で黒羽のこと見てたもんねー」

「あはは、いやもう、お恥ずかしい限りです」


そんなに恋する乙女モードで見ちゃっていたのか。
いや、だろうな…心の中で悶えまくってたもんな。だって格好良すぎた。



「いや、可愛いなって思って。俺もあんな風に応援されたくなっちゃった」


そこで、にっこりと微笑まれた。


「ね。今度、黒羽に内緒でココにおいで?」



──俺の事も、応援してよ。



さらり、と耳元で囁かれた言葉は、明らかに甘さを含んでいて。
思わず、そう。



「──っ!ってぇ」
「てめぇコラ二川ぁ!!」



ドジだから、ヒールのあるブーツは履けないけれど。
それでも、硬い踵のブーツで思いっきり爪先に向かって踵から踏みつけたら、結構痛い。


──冬は、小指の先端狙ってけ。かじかんでるから結構効くよ。


そんな馨ちゃんの教えがまたもや、条件反射のように身体を突き動かしたのと同時に、快斗君のどなり声が聞こえた。

その瞬間、私の身体が暖かな腕の中に包まれて。



「すげえ。黒羽瞬間移動?あっちゅー間じゃん」
「おめぇはほんっと、油断も隙もねぇ奴だよ、な…!」



若干息切れている。どうやら、慌ててこちらまで戻ってきてくれたみたいだ。キューを片手に持ったままだし。


大丈夫か?二川になんかされてねぇか?こいつ歩く猥褻物だから。と抱え込んだ私の身体を隅々までチェックしている。


「なんかされたのは俺の方なんですけど。これ、俺が足の小指しもやけだったら結構な被害よ?」


どこか楽しげに、二川君が突っ込みを入れている。



「自業自得だそんなん。杏は自衛が出来る子で偉いなー」



よしよし、と我が子を褒めるように頭を撫でられた。

うちの彼女素晴らしい、的な雰囲気。親バカならぬ、彼女馬鹿と言うのだろうか。ちょっと恥ずかしい。いや、嬉しいんだけどさ!



「うわひっで。友達甲斐のないやつー」


がっつり彼女馬鹿っぷりを披露している快斗君に、二川君がチャチャを入れた。


「当たり前だっつの!人の女に手ぇ出す奴は、その使い古されたモンを馬にでも蹴られちまえばいいんだよっ」
「怖っ!やめて想像だけで痛い」


快斗君に文句を言いながらも、その様子はけたけたと楽しそうで。


…そうか。
この人、黒羽君の反応で遊びたかっただけか。
多分、速攻で快斗君が来るってわかってた人の反応だこれは。


チャラそうな雰囲気で近寄られたから。どうにもつい、足が先に出てしまったけれど。



「ごめんなさい。つい、条件反射でした」


目的もわかったので、ぺこりと謝っておくことにする。
そんな私に、切れ長の瞳を少し瞬かせたあと、二川君はけらけらと笑った。



「なーるほどねー。…なーんとなく、黒羽の言ってたこともわからんでもない。本当に痛い目みたし」


こっちこそごめんね。と謝りながらも、二川君は懲りた様子も無く私の隣の椅子に腰かけた。
じっちゃんコーラおかわりーと寺井さんに注文までしている。


「おめぇに分かってもらう必要は一切合切ねえけど、な!」
「わーやだやだ、黒羽心狭ーい」
「おめぇが危険人物だからだろーがよ!自分の普段の行いを胸に手を当てて振り返れ。ほんで懺悔でもしとけ。あっちの隅で!」


しっしっ、と追い払うような仕草の快斗君を全く意に返さずに、二川君はにやりと笑った。


「黒羽こそ。普段の行いを胸に手を当てた方がいんじゃない?」
「あ?俺は杏一筋だっての」


何言ってんだ。と、動揺した様子もなく答える快斗君に、心の中でほっと息を吐く。
いや、信じてるけど。すごく、大事にされてる実感も勿論あるけど。


言葉で言われると、なんというか、安心するよね。


「へー。じゃ、黒羽の江古田での数々の伝説、杏ちゃんに語っちゃおうか」


あ。名前。トレジャーじゃなくなってる。
そう気付いたけど、それより数々の伝説がなんなのかが気になってしょうがない。
私を包んでいる快斗君の腕が、わかりやすくびくりとした。

ちらりとその表情を伺うと、明らかに蒼い瞳が泳いでいた。



…いったいどんな行いを。





「ナニナニ!二川ばっかトレジャーちゃんと話してずりぃぞ!俺らも女子と触れ合いたい!」
「何か盛り上がってんじゃん。てかお前らほんといつの間にバーの方移動してんだよ。俺黒羽にモテるビリヤードの仕方教えてもらおうと思ってたのに」


そこで、一橋君と三澤君が、こちら側へとやってきて。


「あ、お前らちょうど良かった。今から杏ちゃんに黒羽の江古田で伝説となった話をしようと──」

「あーー!!待て待て待て待て!!」


がばり、と私をガードしていた腕を離し、身体を起こす快斗君。



…この慌てぶり。いったい、どんな伝説を作ったんだ。



「あー、あれ?あの伝説?あれ話しちゃう?」
「あれか!あれはそう、元を正せば俺が勇者なんだぜ」
「確かに!一橋お前は良くぞあんなこと、クラスの皆の前で聞いた!」
「あー!あー!あーーー!!も、そんぐらいにしておこうぜ!ほら、ビリヤード続き!続きしようぜ!ほら、三澤!ちょっとならネタ教えてやっから!」



やいのやいの。そんな表現がぴったりくるような語らいに、目を瞬かせる。
男の子って集まると結構騒がしいんだなぁ。


こんなに慌ててる快斗君、中々お目にかかれないから、嬉しいけれど。楽しそうで何よりです。


でも、伝説伝説って。
ほんと快斗君、学校で何してるんだろ。



「ほら、杏ちゃんも気になってるよ」


楽しそうな声色の二川君に、快斗君は「なんも杏が気にするようなことは、なんもないから!」と、妙に必死な顔で言ってくるし。



「あーもう!ほら!おめぇら!二回戦行くぞ!」



そう言って、3人の首根っこを掴んでずるずるとビリヤード台の方へと向かう快斗君。



「次はズルなしだかんな!でもネタは教えて!」
「俺の勇者っぷりを語ろうと思ったのに…」
「あー、一橋。お前の勇者っぷりは大変面白かったけど、多分それを勇者だと、普通女の子は思わないよ?」


掴まれながらもワイワイ騒ぐお三方を尻目に、快斗君はおめぇら騒がしくすんなら出禁にすっぞ!と、まるで店の人かのような事を言う快斗君。


ちらりと寺井さんを見遣ると、やっぱりにこにこと笑っていた。


…きっと、お友達と此処にくる時の快斗君は、いつもあんな感じなんだろう。


「…伝説の話、知ってます?」

つい、こそりと寺井さんに尋ねると。にっこりと微笑まれた。



「存じ上げませんが。快斗坊っちゃんは、近い将来マジシャンとして、伝説になる男ですから」



多分伝説の意味が、それとこれとは違ってます、寺井さん。

誇らしげな寺井さんには、勿論そんなこと突っ込みはしなかったけれど。



──血は繋がってないんだろうけど。

寺井さんは絶対、孫馬鹿だよなぁ。と、初対面にして思う。




…まあ、その意見には激しく同意見だけど。





やっぱり超常現象みたいな事が起こってるビリヤード台の方を見ながら、私も寺井さんの言葉に笑って頷いた。










──そんな、色んな新しい快斗君の一面を見れた、楽しいバレンタインデートイベントも終わり。





あっという間に、2月は通り過ぎていき。

季節は出逢いと別れの季節である、春へと移り変わって行った。