#80_K





家に着いたと同時に、そろそろ検査も終わったくらいか、何か連絡入ってっかなー。と、何の気なしに携帯を開いた。


すると、連絡先は交換してはいたが、一度もお互い連絡したこともない野郎からの着信が残っていて。


…なんか、あったのか?

こういう着信は、大体いい予感がしやしねぇ。



胸騒ぎを残しつつ折り返すと、『どうもー。お楽しみ中ごめんねぇ』と、小馬鹿にしたような声が聞こえてきた。


「──お楽しみ中って、まだ杏そっちにいんだろーが」


何言ってやがる。と吐き捨てると、アッハッハ、と機械音越しの馬鹿にしたような笑い声が届く。
電話でこいつと話すと、異様に腹立ってくんな。


『そんな杏ちゃんから、伝言です。具合が悪いので、今日はそっちに行けない。ごめんね。酷い顔してると思うので、今日は会えません。ってさ』

「は?なに、検査でなんかしたのか?なんかあった?どっか検査値が異常なのが出て、杏の身になんか起こってんのか!?」

杏の身に何かあったなら、電話かけてくるのは浅黄さんの方じゃねぇのか?
しかも、緑っ君の声色が、いつもみたいに呑気だ。
身体になんかあったとかでは、なさそうだけれど。
会えないって、どういうことだよ。


『──うーん。俺としてはねぇ、こじれにこじれて、可愛い杏ちゃんから“おにぃちゃーん!”って泣きついて来てくれたりしたら最高だから、あんま余計なこと言いたくないんだけどねぇ』

「あ?意味わかんねぇんだけど」

拗れるって、何がだよ。

『検査もいつも通り。体調不良は…まあ、気分は悪くなったろうねぇ。あんなもん見たら』

「はあ?」

『酷い顔、かどうかはわかんないけどねぇ。うさぎさんみたいなお目々にはなっちゃってるかもねぇ』

「全然、何が言いたいかわかんねぇんだけど?」


要点を得ない話し方。ほんと、こいつは俺に何が言いてぇんだ?
つうか、うさぎみたいな目ってことは──杏、泣いてんのか?


…こいつの前で?


「今、どこにいんだよ」


思わず低い声が出た俺に、緑っ君のふ、と鼻で笑う音が携帯越しに届いた。



『──さぁ、どこでしょう?』



目の前に居たら絶対にぶん殴ってる。

余裕たっぷりのその言葉に、携帯を投げ捨てたい気持ちをぐっと抑えて、「バカな言い方してねぇで、教えろ」と怒りに声が震えそうになりながら聞くと「やだ」と返事が。

この野郎…今度会った時絶対その鬱陶しいくるくる頭引っ掴んで刈り上げてやる…!


『まあでも、無闇矢鱈に走り回らせちゃ可哀想だし、ヒントくらいはあげようか。黒っちは1人じゃ絶対行かないとこ。んー、ここもある意味、思い出のところとかになるのかねぇ』

「はぁ!?そんなんじゃわけわかっ…」


ツー ツー ツー

俺が言葉を言い切る前に通話は一方的に切られ。
苛々しながらリダイヤルするも、既に電源は落とされていた。


くそ!!
とにかくと、急いで杏の携帯にも電話を掛ける。


何度コールを鳴らしても出ない。
…どうやら、くるパー野郎の妄言というわけでは無いらしい。

…あいつの言葉振りだと、杏の身体に何か危険があったわけではなさそうだけど。


──ああっ!くそっ!!


あいつが泣いたりするのは、俺の前じゃねぇと嫌だなんて。
ただのワガママかもしんねぇ。


あの前髪鬱陶しい野郎の方が、付き合いも長ぇし、杏の身体についてもよく知ってるし、歳上だし。

何かと、相談しやすいかもしんねぇけど。



それでも。
俺のエゴでも何でもいい。

何があったかわかんねぇけど、あいつが泣きたい時は、ちゃんと俺が側に居てぇ。
そんな姿、他の野郎に見せたくねぇんだよ!











思い出がどうとか言っていたので。
杏と訪れたところをしらみつぶしに探し回って、数刻が過ぎた。


くそ。隣県のオウハマベイスイートホテルまで行ったのが余計に時間くった。あーもう、焦って思考回路が上手く回ってねぇ気がする。


浅黄さんにも杏のことをさりげなく連絡したが、後ろからはガヤガヤとした音が聞こえてくるわ、「緑水君がいつのまにか居なくて…あの子、本当どこいっちゃったんだ…」となんだか疲労困憊だった。

あいつ、休みとかじゃなくサボってんのか。

浅黄さんの電話の様子をみるに、検査中に何かがあったわけではなさそうだったし。


──杏、いったいどうしたってんだよ。



全く情報が得れないまま、ただやみくもに探すには時間が過ぎ行くのを焦るだけで。








──ああくそ。仕方ねぇ、こうなりゃもう、神頼み…か?



そうして藁にもすがる思いで、くるりとバイクを方向転換して。
一度門のところまで行ったことのある、妙におどろおどろしい外観のとある洋館へと向かった。









「──他人の男になってしまった貴方に、もう興味なんてないんだけれど?」

胡散臭い占い師のような格好が、美人だと意外に様になる。


突然訪ねてきた俺に、厳つい顔面をした執事っぽい野郎が門前払いしてきそうになったところで、紅子が玄関先へと現れた。

「下がりなさい」と執事のような男に一言言って、俺の前へと進む様は、館の女主人の様に様になっている。


なんやら箒で飛んだり、人形で刺されたりと、魔術っぽいもんを見せられちゃいるが。
こいつがマジモンの魔女だっつーのは、未だ半信半疑だったりすんだけど。


それでも、こいつの助言は大抵当たってっし。


もうこうなりゃ神さま仏さまルシファー様紅子様ってことで。
神頼み改め、紅子頼みでここにきたのだ。


…にしても、こいつ普段からこんな格好してんのか。
胡散臭い占い師の様なフード付きのローブ一枚て。俺の見立てじゃ、中に何も着てねぇだろ。


「おめぇ、こんなさみぃ時もそんな格好してんのな。風邪引くぞ」

「──貴方のその性格じゃ、愛しの彼女もさぞ心配するでしょうね。私だったらごめんだわ。他の女にまで優しくする男なんて」


わかりやすくため息を吐かれた。
紅子には、杏に告白した翌日の学校で、「他の女にうつつを抜かしてる貴方なんて、こちらから願い下げよ」とかすれ違い様に言われ。

──見つけてしまったのね。白き翼を持つ貴方が、探し求めてる唯一を。


と、続け様に言われた時には、こいつどこまでお見通しなの?と少し肝が冷えたけど。
願い下げという言葉通りか。本当にそっからは、あまり絡んでこなくなって。

まともに話すのは実は久しぶりだ。


「あ?どういう意味だよ。つうか、今おめぇと世間話してる暇は悪りぃけどねぇんだ。人を、探して欲しい」

「…なんとなくね。あの子と話したせいで、今日、気になってしまっていたから。──タイミングの悪い人も居るものよね」

「は?」


俺の話聞いてんのか聞いてねぇのか。どいつもこいつも要点を得ねぇ会話してきやがる。

来る場所間違ったか、と踵を返そうとしたところで、紅子が「お待ちなさい」と声を掛けてきた。

「なんか知ってんのか!?」

「私を誰だと思ってるのよ。赤魔術の正統なる継承者。この世の王となるべく女よ?」

「あー…そういうのはまあ、置いておいて。──頼む。なんかわかってんなら、教えてくれ。もう、おめぇしか頼れるヤツ思い浮かばなくてよ」


真っ直ぐ紅子を見つめて、必死に頼み込むと、再びため息が聞こえて来た。


「…そういうトコロよ、ずるい男。──今日はホワイトデー。対になるのは、バレンタインデー。バレンタインデーといえば、チョコレートよね」

「…まっ、さかアイツ…!?」



あんなところに!?
良い思い出とは決して言えない場所だったので、候補に入れてすら居なかった。

大分時間経ってるし、いそがねぇと…!


「わり!紅子!サンキュな!!」

「──どういたしまして。この借りは高いわよ?」



妖しげなローブ姿で妖艶に笑うその姿に、思わず顔が引きつった。



魔術の実験台とか頼まれたらどうしよ。