#81_K
「遅いよ黒っち。俺ケーキもう4個は食べちゃった」
「杏は!?どこだよ!?」
男1人で優雅に片脚を組んでコーヒーを飲むその姿。
チョコの甘い匂いの立ち込める店内に、様になってるような、カップルだらけの店内では少し浮いているような。
まあんなこた俺には関係ねぇけど。
やっぱりここか、と荒くなった息を整えながらも、ぎろりと天然パーマ野郎を睨みつけた。
ここは、杏が刺される前に馨さんと哀ちゃんと過ごしていた店で。
「おめぇ、思い出の場所って言ってこの場所は、悪趣味過ぎんだろ」
思わずそうごちると、「そう?だって博士の家での飲み会の時、チョコ貰ったお礼言った時の杏ちゃんのあの表情、アレ絶対黒っち美味しい思い出作ってるかなって」
ここ、そのチョコの店だよ?
そうニィ、と笑うこいつは、俺が中々思い至らないことぐらいわかっていての助言だったのだろう。
あのチョコがこの店だったことすら知らなかったっつーの。
確かにあの時のチョコのパッケージにこの店のロゴが書いてあったな…と記憶力抜群な頭で反芻する。
うん。たしかにあれは良い思い出だ。
だがあんなヒントで来たこともねぇここを思い付くわけねぇだろうが。
バレンタイン──チョコ──思い出──場所──刺された
って嫌な連想してここまでやっと来れたっつの。
そんな悪態をつきながらも、周りをきょろきょろと見渡してみるが。一緒にいると思い込んでいた杏の姿がそこには無く。
テーブルの上を見ても、お冷もひとつ、コーヒーカップもひとつ。…ケーキ皿はなんか沢山あっけど。
どうにも、ずっとここに1人だったような雰囲気ではないか。
俺の様子に気付いたのだろう、天パが優雅にコーヒーを飲み干した後に、俺に告げた。
「杏ちゃん探してる?あの電話の時にはもう、無事に家に送り届けた後だったよ?」
「は!?おめぇ、人で遊んでんじゃねぇよ!!」
「ちゃんと伝えたでしょ?──今日は会えない、って」
杏ちゃんからの伝言。
そう告げるこいつの瞳は、どこか鋭く俺を見据えていて。
「…何があったんだよ」
「──今日、早く終わったんだよねぇ。定期検査」
どこか思わせぶりな様子で語り出すこの男に、続きをはよ言え、と目線で訴える。
そんな俺を華麗に無視して、俺の分のお冷を持ってきた店員に、新しくコーヒーのおかわりとケーキを2つ頼んでいた。
「あ、黒っちも何か飲む?」
「いらねぇよ。──俺、こんなとこでおめぇと並んで仲良くケーキ食ってる場合じゃねぇんだけど?」
「だろうねぇ。2つとも俺の分だよ。誰が黒っちにあげるなんていった?」
この野郎…。つうかここに並ぶ皿も全部食ったんだろ。…想像するだけで胸焼けすんだけど。
「で!早く終わって、ほんで何があったんだよ」
のんびりとケーキを待ち始めてしまったので、慌てて続きを促す。
先にコーヒーのおかわりが運ばれてきて、緑っ君はお礼をひとつ言って受け取ったあと、こちらを見た。
何考えてんだかわかんねぇ切れ長の瞳が、じっと俺を見据える。
「見ちゃった」
「──は?」
「君と、女の子がバイク乗ってどっか行くとこ」
「──!!?」
がたん!と慌てて席を立った俺に、「待て」といつもの飄々とした声じゃなく、真面目な声色が届いて、走り出そうとした身体が止まる。
「ちげぇ!あれは…!」
「浮気じゃないことくらい、杏ちゃんも分かってると思うよ。黒っち、そんな器用じゃないっしょ。俺の予想だと、バレンタインデーに幼馴染に告白されて、その返事に、どっか思い出の場所でも連れてって?とでも言われたんじゃない?」
なんだこいつ、名探偵か。
って、そこまでわかってんなら、なんで…。
俺の表情で言いたいことでもわかったのか、緑っ君が言葉を続けた。
「杏ちゃんは、いつもにこにこ笑ってるし。俺たちが、気にするからって、普段は何も言わないけど──自分の身体のこと、気にしてないわけがない。普通の女の子が、当たり前に君のバイクの後ろ乗ってりゃそりゃあ、乗れない自分がみじめになるよねぇ」
低い声が、俺の胸を刺す。
キッドの時。ハングライダーに乗せようとしたら、ドジを巻き込む恐れをこんこんと話してくれた。
後ろに乗ったチャリのタイヤがバーストして、危うく転倒事故になりかけたとか。色々。
それを話す姿に、陰鬱さなんてどこにもなかったし。
なんかあるといけねぇから、バイクも、もちろん乗せたことなくて。
あいつの身体が、普通になったら、杏専用のヘルメット作って、どっか、出かけようって、思って…って、もちろんそれも杏にゃ伝えてなんでねぇ。
普段、いつも楽しそうに笑ってくれてるから。
ソレをどこまで気にしてるかなんて、考えてやれてなかった。
「まあ、てことで。多分今家に行っても、出てきてくれないと思うよ?具合悪いって誤魔化して、必死で1日で気持ち落ち着かせて。明日には何事も無い顔するつもりだろうねぇ。今までも、沢山そうやって乗りきってるように、さ」
俺より杏のことをわかってるかのような口ぶりに、脳みそが沸騰しそうになるけど。
ケジメをつける場所を、時計台にしたいという青子の気持ちを尊重して。
杏との約束の時間もある。時間もねぇことだし、バイクで移動すっか。
そんな、軽い考えで、青子を後ろに乗せた。
そんな考え無しな今の俺には、こいつに返す言葉もねぇ。
この野郎に、ここでこうして教えて貰わなかったら。
下手すりゃ、本気で具合悪いっちゅー言葉信じて、気付けなかったかもしれねぇ。
──あいつ。全部隠して笑うのが、普段あんなに顔に出やすい癖に。
こういう時だけすげぇ上手ぇから。
ずっと、色んなこと我慢して、笑ってたからだろう。
それが、当たり前になってんだ。
…そうじゃなくしてやりたくて。普通の女の子にしてやりたくて。
俺は今、動いてんじゃねぇのかよ。
──なのに、俺がソレさせてどうすんだよ!
黙って席を立つと、向かいに座るこいつはパーマネンツな頭を上げて、俺を見た。
今ほど持ってこられた新たなケーキを口に含んでいるため、頬が膨らんでいる。
「あれ、行くの?多分、今日は絶対会ってもらえないよ?まず電話も出ないし。今日一日は殻に閉じ籠って出てこれないだろうねぇ。黒っちも、いくらなんでも『その姿』で、マンション侵入は出来ないっしょ?」
──この野郎。俺が何しようとしてるか、気付いてやがる。
「『この姿』なら、な」
俺の返事に、チェシャ猫みたいにニィ、と口の端を歪めて笑う。
あーくそ。こいつの手のひらに転がされてる気がして、無性に腹がたつ。
「あんまし、俺の可愛い可愛い杏ちゃん苛めないであげてね?」
「オメェのじゃねえからな。俺の。俺のだから」
「ほんっと、心狭いよねェ」
「うっせぇ、ほっとけ。──悪りぃ。助かった」
非常に腹が立つし、大分振り回されたが。
こいつにこうして会って話してなかったら、気付くことすら出来なかったかもしれないことを思うと、こう言わざるを得ないだろう。
礼までは、悔しくてどうにも言えそうに無いが。
笑って手を振る天パ野郎に、「浅黄さん悲鳴上げてだぞ」とだけ伝えて店を出た。
──最近なんとなく。
杏は俺が怪盗キッドだと、気付いている気がしている。
そんな中。この姿で逢いに行っても良いものかと。
何も言わずにいるままなのに、いいんだろうか、とか。
色々思うことはあるんだが。
それより何より。
今、例えバレたとしても、とにかく杏に会わなきゃなんねぇ。
あいつが隠しちまう心のうちを、俺がちゃんと盗み出さねえと。
日が沈んだと同時に、白装束に身を包んだ身体を闇に溶かして。