#81.5
「私には貴女の思考回路が理解出来ないわ」
「そう、かな?」
「──ダメだと、結果が分かっていることに飛び込めるほど、私の脳みそは馬鹿じゃないから」
「んー。でも、さ。ずっと一緒に居たから。ふんわりと、やんわりと、変化を受け入れるって、青子には難しくて。ばーっ!って当たって砕けた方が、すっきりしない?」
「──私は、涙を流すわけにはいかないから。そういうところ…少しだけ貴女が、羨ましいわ」
「へ、どういう──」
意味?と聞く前に、いつのまにか紅子ちゃんは居なくなっていた。
バレンタインの翌週。
いつもと変わらないようにしていたつもりが、紅子ちゃんには、微妙な違いでもわかったのか。青子の行動を言い当てられて。
そうして言われた言葉を、思い返していた。
──紅子ちゃんにはああやって言ったけど。
こうなることが分かってて。
バレンタインに快斗の元へ行ったはずなのに。
分かってた筈の結果が、実際にやられてみると。思った以上にしんどいんだなって痛感した。
紅子ちゃんの方が正しいよ、って、あの時の青子に教えてあげたい。
辛くて辛くて、喉の奥がいやに熱くなる。
視界がぼやけて、砂地の上にぽつりぽつりと、染みが滲んで。
そうしてみっともなく、泣き声をあげた。
泣いてれば、どこからか快斗が出てくるんじゃないか。
そんな期待をしてしまう虚しい心。
泣き出してしまう前に。
青子が助けてよと、そう言う前に。
青子が、1番来て欲しい瞬間に、いつも快斗は来てくれていたんだな、と今更ながらに気付く。
そして。
もう、それが当たり前じゃなくなったことにも、気付いてしまった。
きっとどっかで。
青子の方が特別なんだと。
唯一なんだと。
10年も一緒に居たんだもん。
出来たばかりの彼女に負けるわけないって。
きっと、多分、思っちゃってた。
青子の気持ちに気付いたなら、快斗はこっちに来るんじゃないかって。
馬鹿な期待を、持っちゃっていた。
青子が好きだと言っても、快斗が同じ気持ちを返してくれない。
青子と、快斗は、あくまでも、ただの幼馴染で。
「ふっ──ぅえっ──」
嗚咽が、溢れる。
人の視線を感じるけど、止められない。
なんでこんな所で振られるの選んだんだ。
青子はどこまで馬鹿なんだ、とさらに嗚咽を漏らしたくなった、その時だ。
ばさり、と頭からかけられた何かに、視界を遮られた。
え、快斗…?
と、思わず、顔を上げようとした途端に届く声。
「──あの馬鹿じゃなくて、ごめん」
どこか気まずそうなその声は、聞き覚えがあった。
「…三澤、君?」
どうしてここに。そう思うと同時に理解する。
あの馬鹿──その言い方は、つまり、多分。
…快斗がなんか、頼んだ?
──ふん。振った女なんて、ほっとけば良いのにさ。
途切れ途切れに「快斗だね?全くもう、三澤君に迷惑ばっかかけて!やだなぁ。みっともないところ見せちゃって、ごめんね」としゃくりあげて泣いてるくせに、言葉だけは見栄っ張りな返事を返して。
「うんにゃ。中森さんはなんも悪くないんだから、謝らないの!…とりあえず、なんか容疑者連行するみたいな格好で、しかも俺の汗臭い服で悪いけど。そのまんま移動しよっか」
視界が隠されたこれは、どうやら三澤君の上着を頭に掛けてくれたらしい。
泣き顔、隠す為だろう。
ぎこちなく手首を握られ、そのまま歩き出す。
どこか湿った掌は、走ってここまで来てくれたんだろうか。
そうして、上掛けが頭から外され、気付くと時計台近くの公園までたどり着いていた。
ベンチに座ってて、と言われるがままに座ってぼーっとしていると、私をベンチに座らせた張本人である三澤君が小走りで戻ってくるのが見えた。
「中森さん、コンポタとココアとおしることコーヒーとカフェオレと紅茶とお茶、どれが良い?」
どこぞのパシリかのように、飲み物の缶を沢山両手に抱えて。
──ホットの飲み物全種取り揃えております、って感じ。
あっちー!と叫びながらベンチへ投げるように缶を置いていく三澤君に、普段だったら、なんかしらの突っ込みを入れるところだけど。
今はそんな気力も残念ながら無く。
かと言って、「はい、どーぞ!」と、さあ召し上がれ!とばかりに、ずらりと目の前に並べられた飲み物を断るのも気がひけるし。
黙ってココアを指差すと、プルタブを開けて「熱いから気をつけて」と手渡してくれた。
…三澤君、こんなに気の利いて優しいのに、なんでモテないんだろ。
モテてー!とか教室で騒いでないで、普段からこんな感じなら、モテる気もするけどなぁ。
こくり、とココアを飲む。あったかい甘さと、三澤君の優しさが胸に沁みた。
「ごめんね。ありがとう」
少し落ち着いたので、改めてお礼を言うと。メッシュの前髪を弄りながら、「いいっていいって」と苦笑い1つ。
「ごめんな。こういう時、黒羽だったら中森さんの涙も引っ込むような、すげえマジックとかし始めるんだろうけど」
そんなことない、とふるふると首を振るけれど。
涙腺の箍が開けっ放しな青子は、快斗の名前が出るだけで、再び涙が滲み出てきてしまう。
「…あーっ!ごめん!」
と、察した三澤君も慌てて土下座しだす始末。
基本時計台の方に人が流れるので、寒い季節も相まって、この公園に来る人の数は少ないのだけれど。
涙でぐちゃぐちゃな女と、その女に土下座する男はどう考えても目立つのだろう。
ちらちらと、人は少ないはずなのに視線を感じる。
青子が一人で泣いてるならまだしも、三澤君の、アスファルトに食い込まんばかりの土下座が、絶対注目を浴びている。
とにかく、涙も引っ込ませる勢いの土下座っぷりを披露している三澤君の面を、必死に上げさせた。
「っ、あー!俺、ほんっともう、なんか、全然ダメでごめんな」
まだ謝っている。三澤君は何も悪くないのに。むしろ巻き込まれた被害者なのに。
必死に、こうして頑張ってくれて。本当に良い人。
「こういう時はあれか?季節ハズレの花火するもんなのか?それとも髪切るの付き合うやつか?ああ!なんなら俺のメッシュも断髪するよ!!」
そんな、懐かしのかの名曲の歌詞を頼りにしてるかのようなことを、泣いてる張本人に向かって、真剣な顔してずい、と尋ねて来る。
青子の眼前に迫るメッシュの前髪。
「いや、メッシュ断髪って…」
思わず吹き出してしまった。
「うん!やっぱ中森さんは笑顔が超フェアリー!」
グ!と親指を立てて笑うその笑顔に、意味わかんないこと言ってるんだけど、なんだか妙にホッとした。
あの歌詞じゃないけど、三澤君が来てくれて良かった。
多分、こうやって。
少しずつ、前を向いていくんだ。