#9







ずっと、貴方に会いたかった。


出会った瞬間に、私を魅了して。

真っ白なその体は、黒に映え。

その存在を主張する。

貴方を知るたびに、私は胸を躍らせて。

真っ白な体のどこにそんなものを隠していたのか。

手を変え品を変え、幾重にも私を驚かせ、楽しませてくれる。

気付いたときにはもう。




貴方に、魅了、されていた。













──うっまーいっ。


うまうま、とフォークにイチゴショートを突き刺しながら、私はほっぺたをとろけさせていた。

もちろん、実際には蕩けてはないけれど。蕩けてたら軽いホラー映画だ。
まあ、それぐらい美味しいということで。

この、黒のお皿にのった白いショートケーキがっ。
周りに白糖をまぶしてあり、見た目も麗しいこの御方。
思わず上のように語ってしまうほどである。


私を魅了したにくいあんちきしょうなこのケーキっ!もうすっかりお前に夢中さ!
という感じで幸せに浸っているのだ。


ちなみに、一番最初に黒羽君たっての希望のチョコレートカフェに着いた時点で、黒羽君はいつも通りに戻っていた。


チョコアイスをなんとトリプルで頼んで、ホクホク顔の黒羽君は可愛かった。
普通にぺろりと食べていたし。

だから、詳しくは聞かない事にした。気のせいだったかもしれないし。

私はその店一押しのチョコケーキ・オペラを注文して、その美しい層を堪能して美味しく頂きましたよ!


「よく食うなぁ。それ、3個目だろ?デブってスカートはちきれても知らねぇぞ?」

うぐ、と食べていたスポンジが喉に詰まった。


この店で3件目。

1件目のチョコカフェでは楽しんで一緒に食べていた黒羽君だったけど、次の店行こう!意気揚々と次の店に入って、二個目のケーキを私が楽しんでいる中で黒羽君はチョコアイスに満足したのか何も食べず。


今の店ではコーヒーを飲みながら、呆れたように、どこかげっそりした目で私を見つめている。

だって、どうしてもあのオペラとモンブランと、そしてここのイチゴショートだけは食べたかったんだもの!!チーズケーキもババロアもロールケーキも捨てがたいけど、苦肉の選択でこの3つに絞ったんだから!

確かにカロリーを考えると恐ろしい。恐ろしくて、身震いするくらい。今日は体重計には乗るつもりはない。

でもそんなもの気にしていたら、美味しいケーキに失礼というものだ。


美味しいものの為には、人は小さい事を気にしては駄目なのだよ、黒羽君。


「小さいってか、大きくなるぞ」

「うぐぐ」


まったく人の幸せに水を差さないで欲しいものだ。

自分だってチョコアイスはトリプル食べたくせにっと思うが、突っ込むとケーキ三つよりはマシだろ。と正論かまされそうなのであえて気にせず再び幸せに浸る事にする。


フォークにイチゴを突き刺して、口に運ぶ。

うーん、美味しい!


「にしても、幸せそうに食うよな、杏」
「へっへー、だって、幸せだもん」


ここのショートケーキは、生クリームもさることながら、スポンジにクルミが細かく砕かれて入っていて、香ばしさと、食感を楽しませてくれる。

そしてそして、真ん中にはカットされたイチゴがホワイトチョコでコーティングされたものが挟まれていたのだ!どれだけ私を楽しませてくれるのこの子ったら!


にへら、と笑って、さらにもう一口幸せを堪能しようと、スポンジにフォークを突き刺す。

「食べる?」

チョコアイスは好きでも、ここまでスイーツだらけで甘いものの匂いが充満している空間では黒羽君も少し胸焼けしているとのことだったので、先ほどのデブ発言の仕返しにと敢えて嫌がらせのようにフォークを掲げて見せびらかす。

もちろん、食べるはずがないと思っての事だ。


だったのに。


「おう」


頷き、私の手首を掴んで、手首ごと自身の口にケーキを持っていったのだ。

開いた口から赤い舌が覗いて。
生クリームが少し、口の周りについたのを、その舌で掬う。


「──っ!!」


一連の所作に、顔に血が上るのを感じた。


「あっめーな」
 
にやり、と笑った顔は、明らかに確信犯で。


言葉も出ない。

恥ずかしさのあまり、下を向いてケーキに集中する。

くそう!からかわれてるとわかっててもドキドキしちゃうんだってば!!
あーもう!落ち着いて食べないとっ!大事なケーキが!!


「あれ。もうくれねぇの?」
「あげませんっ!!」


くっくっと笑っている声が聞こえる中で、無心でケーキを飲み込んだ。


さっきまで普通に美味しかったケーキが、なんだか無性に甘さを主張してきて。
さっきの黒羽君の舌と生クリームを思い出してしまう。

食べる度に赤くなる頬に、気付いているのだろう。目の前から視線を感じる。


くそう!なんだこれ羞恥プレイっ!?


恥ずかしさに死にそうになっていると、杏、と名前を呼ばれた。

条件反射で顔を上げると。


「口の端、付いてんぜ?」


言うや否や、伸びてきた掌。

私の頬を覆いながら、その長い、すこし節だった親指が軽くなぞるように唇に触れて。

そのまま横に付いた生クリームを浚っていった。


「っ!! く、くくくろばく、ん!?」


親指に付いた生クリームを舐めとる仕草は、どこか優雅で。
いつもの黒羽君じゃないみたいに艶めかしく感じてしまう。

ドクドクと自分の心臓の音が聞こえる気がした。


「ほら、あとちょっと、食っちまえよー?」


にっこり笑う黒羽君に、あまりの事に口をあんぐりとさせるしかない私がいて。
ホント、顔が沸騰しそうだ。



「杏の顔、イチゴみてぇだな」



楽しそうな黒羽君に、このタラシがー!!と思わず叫んだ私は、悪くないと思うんだ。








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