#89
「いっぱい動いたからお腹へったねー」
「杏、ごろごろ転がりまくってたからなー」
危うくピンク色になりそうだったウォーターバルーンの後。
パットゴルフや、二人乗りのセグウェイでの園内散策など、色々なアクティビティをめいっぱい楽しんだ。
パットゴルフのゴルフボールが、なぜか私の足元によく転がっていて、ちょいちょい足元が掬われたりもしたけれど。
その度に快斗君が支えてくれたので事なきを得た。
というか。それもあってか、パットゴルフをするのも結局快斗君が私の後ろに立って、腰を支えて…と、なんやら手取り足取り腰取りしてて、ね…。
ほかのアクティビティも大体そんな感じで、快斗君のぴったりサポート付きでしたよ、はい。
──どこのバカップルだと、きっと周りに思われたことだろう。
…近場とかじゃなく、こういう別空間だからこそ耐えられたことだ。
普段だったら羞恥で死んでた。
でもそのおかげで、怪我することなく、色んなものを楽しめて。
私多分、殆ど笑いっぱなしだったんじゃないかな。
だって、凄く楽しかった。
こういうの、ドジが基本で殆どしたことないことばかりだったし。
快斗君が居なかったら、悲惨なことばかりだっただろう。
いつだって沢山の初めてを、快斗君は与えてくれる。
快斗君のことだ。
きっと、私のドジ具合を考えて。さらに性格まで考えて。
遠慮しないように、スケベ心からなんだぞ、と思わせて、沢山サポートしてくれていたんだろう。
「──ごめんね、ありがとう」
「ん?なにが?」
ほら。こうして、何も気にしてません。なポーカーフェイス。
敵わないなぁ、本当。
「なんでもない。楽しいなぁ、ってこと!」
きっと、こうしてけたけたと笑うのが、一番のお礼になるんだろう。
「ご飯はあのでけぇサーカステントみてぇなとこで、ショー観ながらだってよ」
「わー!楽しみー!」
なんとまあ豪華ないたれり尽せり!
わくわくしっぱなしで、どうにかなっちゃいそう。
あ、でもディナーショーってことは。
「…こんな普段着でいいのかな?」
「いいっていいって。ショーっても、毎日開催されるイベントっぽいしよ。ここ、これをメインに売りするっぽいけど、ドレスコードが必要そうな堅苦しいもん、グレイさんが作るはずねぇし。…まあ、気になるなら、シャワーでも浴びて身綺麗にしとくか?」
お手伝いしますよ?とにやりと笑ったその顔は、確実に違うことを目的としていそうで。
──ドジな私の為とかだけじゃなく、スケベ心は、快斗君にとって標準装備だよね。うん、知ってた。
「慎んで遠慮申し上げます」
「ちぇー。今日杏ちゃん冷たい」
「快斗君がやらしい方にばっかもってくから!」
「え、何、杏いやらしい方想像したの?」
「──もうっ!」
ケタケタと笑う快斗君の背中を押して、サーカステントの方へと足を進めた。
招待状を見せると、テーブルへとすぐに案内されて。
進んだ先は、大きなステージが目の前の、一番前の左端の席。
わあ。すごい、いい席!!
「今日はマジックショーの方だってよ。──えーっと、へー。真田さんなのか」
「真田って。あの、真田一三さん?」
快斗君のおかげで、マジックに興味が湧いた私は、テレビや雑誌でマジシャン特集をしていると、思わず目を止めてしまっている。
なので、真田一三さんという名前には、聞き覚えがあった。
確か日本の若手ナンバーワンのマジシャンだ。
テレビの特番にも出てた。しっかり見た。
すごい、そんな人が来るのか!
「プレオープン初日だかんな。気合い入れてんだろ。普段は多分、ここまで有名どころ使わないと思うぜ。ま、俺のが上手いけどな」
最後の一言は、多分言うだろうなぁと思っていたそのまんまのセリフで。
ふふ、と思わず口元が綻んでしまう。
快斗君はこうじゃないと。
自信家なところは、でも。もちろん実力が裏打ちされているもので。
快斗君のマジックは、ほんと、魔法みたいにすごいんだから。
そんな風にわいわいと話ながら、ショーが始まるまで、箸休め的なビュッフェ形式の前菜を楽しんでいると。
黒服の男性が、電話の子機をもってこちらの方へとやってきた。
「──黒羽、快斗様でいらっしゃいますか?」
「はあ。そっすけど」
「グレイ様よりお電話が来ております。こちら、取り次いで頂いてもよろしいでしょうか」
そう、子機を手渡された快斗君は、首を傾げながらも子機を耳に傾けて。
「今日は招待どーもありがとうございました。てか、なんでわざわざ携帯にかけずにこんな──は?え?あ?ちょ!?」
がた、と立ち上がりながら電話越しに慌てたように話す快斗君に首を傾げながらも、豚肉のテリーヌを口に放り込む。
うわ!柔らか!おいしー。
「──ちっ、切り逃げしやがった」
「どしたの?」
快斗君がもぐもぐと豚肉を食べてる私をじっと見つめる。
ん?
「──真田一三さんが、今日のショーの出番に間に合わなくなったらしい」
「え!そうなの!」
じゃあ、ショーは中止か。ちょっと残念。
そう思った私に、快斗君の言葉が続く。
「──で、だ。あの親父、俺に代役頼んできやがった」
「え!!」
「まあ、無視だ無視。あのおっさんが、代役の一人も用意立ててねぇわけねぇし。杏だって、ひとりでディナーショーなんて嫌だろ?」
「──え」
確かに、ひとりでディナーショーは嫌かもしれないけれど。
くるり、と周りを見渡す。
この、おとぎの国のような夢の空間で、魔法の始まりを楽しみに、わくわくとしている人たちの、表情。
わたしだって、そうだ。
わくわくと、期待していた。
今回のハプニング。
きっと、代役でまあ、なんなく終わらせることだって出来るだろう。
でも。
この表情を、期待に胸を膨らませてる感情を。
期待以上のものに出来るのは。
「…私。快斗君のマジックショー、見たいな」
「え、」
おめぇ、こんなとこで一人になんだぞ?とその目が語っている。
「見たいなー」
「前みてぇに、皆いるわけじゃなくて、席に一人になんだぞ。しかもショーの間、ずっとだぞ?」
「──ここ、すっごくいい席だよね。こんな特等席で、あの!黒羽快斗のマジックショーが観れるなんて。これ以上の贅沢ないよね」
ね?と快斗君を上目で見遣ると、快斗君が大きく息を吐いた。
「──その瞳。寂しいと思う間もねぇくらい、キラッキラにしてやっから。待っとけよ」
「うん!」
「あ、腹減ってるだろーから、ちゃんと飯食っとけな」
「はーい!」
そこで私たちのやりとりの一部始終を、隅で見ていたろう黒服の人が、こちらに近付いて来た。
「──では。黒羽様、こちらへどうぞ。グレイ様から言われて、必要そうな道具は一通り揃えております」
「…あのおっさん、端からこのつもりだったんじゃねぇだろうな…」
じゃ、行ってくっから。
そう、くしゃりと私の頭をひとなでして、快斗君は黒服の人とともに奥の扉へと進んで行った。