「ね、ねぇ…やっぱりこういうの、やめない?」

電柱の陰に隠れながら、車道を挟んだ向こう側の歩道をじっと睨む園子に小声で声をかける。園子は私の声にも振り向かず、ただじぃっと歩道を歩く二人の姿を見張っているようだった。そんな園子の後ろに張り付いているのは世良ちゃんだ。彼女は園子ほど真剣じゃないみたいだけど、この状況を面白がっていることは間違いないだろう。

「…ねぇ、ちょっと…園子、世良ちゃん…」
「蘭!あんたは気にならないわけ?!あの二人が普段どんなデートしてるのか!!」
「…いや、気になる…けど、でも、今日がデートとは限らないじゃない?」
「あんなに仲睦まじそうにしてるのにデートじゃないってのはちょっと考えにくいとボクは思うけどなぁ。あ、手繋いだ」
「うわっホントだ…!」

園子と世良ちゃんの言葉に、まぁ、確かに…なんて思っちゃうのは仕方が無いと思う。確かにあの二人が普段どんなデートをしているかは私だって気になるし、今日の二人はいつもとどこか様子が違うというか…なんかちょっとおめかししてるように見えるし。手を繋いで楽しそうに笑ってるところなんて、ほんとに素敵な恋人同士そのものっていうか…。

「あっ移動するみたい!ほら、蘭も行くわよ!」

駆け出す園子と世良ちゃんの背中を見つめて溜息をひとつ。ごめんなさい、ミナさん、安室さん…。そんなことを考えて手を合わせてから、私は園子達を追いかけた。

今日の私達は学校帰り。そんな道中、楽しそうに二人で歩く安室さんとミナさんを見つけてしまった私達であった。
私達だって花の女子高生。恋バナには、目がないのである。


***


ミナさんとの出会いは少し前に遡る。
ある日、近くのスーパーで安売りをしているからとコナン君と一緒に買い出しに出た時のことだ。探偵事務所の階段を降りたところで、ポアロの前にいた安室さん、ミナさんと鉢合わせた。
安室さんが女性を連れてるなんてあまり見ない光景だったから咄嗟に彼女さんかと思ってしまったんだけど、その時の安室さんの返答は彼のクライアント、ということだった。米花町に来るのが初めてで安室さんが案内をしているって話していたけど、私にはどうしてもただの探偵とそのクライアントとは思えなかった。既にコナン君はミナさんと知り合いだったみたいで、少し親しげに話をしていたっけ。
私から見たミナさんの第一印象は、優しげで穏やかな人。でもどこか何となく不安定というか…少し寂しそうな目をする人だな、と思ったのを覚えている。だからだろうか。つい連絡先を交換して、困ったことがあったらいつでも頼ってくださいなんて言ってしまったのは。

「なんだかちょっと、危なっかしい人って思ったんだよね」
「ミナさん?」
「そう。安室さんのクライアントだって紹介されたのが初対面だったんだけど」
「危なっかしいってどんな?いかにも悪いことしてそうです、みたいな?」
「そんなはずないってわかっていながら言ってるでしょ、園子」

きしし、と笑う園子をじろりと見つめる。
安室さんとミナさんは、大型ショッピングモールへとやってきていた。必然的に私達もその後を追ってここまで来たのだけど、いくら人が多いとは言ってもなかなか隠れる場所がないと尾行も難しい。ある程度の距離を保ちながら二人を尾けているが見失いそうになったり見つかりそうになったりなんだか上手くいかない。
探偵という職業柄尾行に慣れてる世良ちゃんが先導してくれているからなんとかなっているけど、これ園子と私だけだったらあっという間に見つかっちゃってただろうな。

「危なっかしいっていうのはそういうのじゃなくて…なんだか、踏み込ませてくれないような人だなって思ったの」
「踏み込ませてくれない、か。一線引いてるって感じかい?」
「そうそう、そんな感じ」

話しながらではあるけど、私達の視線は安室さん達から剥がしてはいない。今二人は雑貨屋さんを見ているところだ。ミナさんが肌触りの良さそうなクッションを手にしていて、安室さんはそれを優しい顔で見てる。

「…あんな顔、普段は絶対にしないわね」
「あれがプライベートでの安室さんの笑顔か…」

園子と世良ちゃんがそれぞれ呟き、うんうんと頷いている。
ミナさんはクッションを気に入っていたようで安室さんも勧めてたみたいだけど、結局ミナさんはクッションを棚に戻した。買わないことにしたみたい。そうしたら今度は安室さんがアロマオイルのテスターを手に取り、軽く鼻に近付けて匂いを嗅いでいる。安室さんみたいにおしゃれな人だと、選ぶ香りもきっとおしゃれなんだろうな。
安室さんはテスターをミナさんに差し出し、ミナさんは匂いを嗅いでふわりと微笑んだ。…二人ともすごく楽しそう。買い物がっていうんじゃなくて、二人で過ごす時間を楽しんでいるっていうのが傍から見ていてもわかるというか。
二人はアロマオイルを買うことに決めたみたいで、商品を手に奥のレジへと向かっていった。私達がいるところからは、奥まったレジは見えない。

「なぁんか、おっしゃれ〜って感じ」
「まぁ、二人とも大人だしなぁ」
「ポアロで働いてる安室さんは絶対にしない表情だよね」
「それはミナさんも同じよ!あんな蕩けそうな可愛い顔、絶対私達には見せないもの」
「はは、確かに。あれは間違いなく恋人向きの表情だ」

ふむふむと思いながら話していたら、アロマオイルを買い終えた安室さんとミナさんがお店から出てきた。そのまま更にショッピングモールの奥へと進んでいく。すかさず世良ちゃんが飛び出したので、私と園子もそれを追う。
安室さんとミナさんは今度はカジュアルな服屋さんへと入っていく。ここなら身を隠せる、小さく呟いた世良ちゃんが迷うことなう服屋へ入っていくので、私と園子は少し背を屈めながら世良ちゃんへとくっついた。

「安室さん、こういうの似合いそうですよね」
「あなたのコーディネートで一式揃えてみるのも面白そうですね」
「安室さんは素材が良いので何を着ても似合うっていうのが大前提ですけど、でも私センスないからとんでもないやらかししちゃうかも」
「僕はあなたにセンスがないなんて思ったことないですけど」
「…でも自信ないです」
「それじゃ、おそろいを買いましょうか」
「……おそろい買って…一緒に着るんですか?」
「えぇ、もちろん」
「…恥ずかしいです」

すぐ近くから安室さんとミナさんの声が聞こえてくる。
あまり聞いた事のないリラックスした二人の恋人らしいやり取りに、思わず園子と顔を見合わせてしまった。
以前梓さんが「安室さんに言い寄ってる」なんてネットに書かれて炎上してしまったって嘆いてたけど、ミナさんは正真正銘安室さんの恋人だ。今の二人の様子が安室さんのファンに流出したりしたら、炎上どころじゃ済まないのかも、なんて恐ろしいことを考える。
…でもそう言えば、ミナさんは炎上とかそういうのしたことないよね。安室さんがその辺はしっかりガードしているのかもしれないけど。

「ほら、これなんてどうです?」

ちらりと隠れながら視線を向ければ、安室さんが手に持っていたのはメンズとレディースでおそろいのキャスケット帽だった。あ、可愛い。ネイビーとベージュの色違いの二つは一見するとおそろいだとわかりにくいけど、つばの部分に入った刺繍のマークがさりげなくペアルックであることを示している。ミナさんは安室さんに差し出されたキャスケットを手に取ってぱちぱちと目を瞬かせている。

「…可愛い」
「決まりですね」

楽しげに笑った安室さんが二つのキャスケットを手にレジへと向かう。それから慌てたようにミナさんがその背中を追いかけて行った。
私達は三人で顔を見合わせ、小さく頷き合ってから安室さん達に気づかれないように服屋さんを出る。
ここまでこそこそと追ってきてしまったけど、これ以上二人のデートの邪魔をするのも野暮というものだ。直接接触はしてないから邪魔になってるわけじゃないとは思うけど、やっぱり気持ちの問題というか。

「…はぁ〜、ラブラブねぇ」
「ほんと。…でもちょっと意外だったな、安室さん」
「安室さん?どうして?」

頭の後ろで手を組む世良ちゃんに首を傾げて問うと、世良ちゃんはだってさ、と言葉を繋げた。

「勝手なイメージだけど、安室さんはいつだってバシッとキメてるって感じだと思ってたんだ。ミナさんのこともリードして…ポアロで見る安室さんのイメージのままって感じ?」

言われて、確かにそれはわかるなと思った。完璧な彼を知っているからこそ、ミナさんとデート中の彼は私達の目には少し意外に映ったのである。

「安室さんでもあんな顔するんだなって」
「あんな顔って何よ」
「園子くんも見ただろ?おそろい買いましょうかって言ってる時の安室さん。さらっと言ってるふうを装ってたけど、ミナさんに甘えてるって感じの顔してた。ああ、本当に心を許してる人の前ではこんな顔するんだーって。彼のあんな顔を一番近くで見られるのは、ミナさん以外にいないんだろうなって思ったのさ」

気の抜けたというか、すごく自然で穏やかな顔というか。作り笑顔なんかじゃない、本当に幸せそうな顔。
でも、それは安室さんだけじゃない。初めて出会った頃のような、少し寂しそうでどこか不安定な表情をするミナさんはもういない。他人との距離を測り一線を引いて、寂しそうに笑う彼女はもうどこにもいないのだ。
それを私は嬉しく思う。だって、それは彼女が私達や、何より安室さんに心を許している証拠だと思うから。ふらっとどこかへ行ってしまうような危うさを持っていると思っていたけど、今のミナさんはこの地で、この街で生きていこうとしているのがわかる。
応援したいと思うし、そんなミナさんと一緒に私もこの街で過ごしていきたいと思う。

「…さーてと、せっかくこんなところまで来たし、フードコートで何か食べて帰ろっか」
「あ、いいな。ボクちょっとお腹空いたなって思ってたんだ」
「行こ行こー!」

ショッピングモールの奥へと足を向ける園子と世良ちゃんの背中を見て小さく苦笑すると、私は何とは無しに安室さんとミナさんがいた服屋の方を振り返る。二人は丁度お店から出てきて、このまま帰るのか私達とは逆方向に足を向けるところだった。
ショッピングバッグを手に持つ二人はすごく楽しそう。デートいいなぁなんて思っていたら、不意に安室さんがこちらを振り返った。ばち、と目が合って思わず「あ、」なんて呟いてしまう。
やばい。偶然を装って頭だけ軽く下げる?どうしようどうしようと考えていたら、安室さんは笑み浮かべて口元に人差し指を添えると片目を瞑って見せた。ミナさんは私に気付いていないみたい。

「…あー…」

これは。あの安室さんの様子からして、多分私達の尾行はバレてたんだろう。素直にごめんなさいの気持ちを込めて頭を下げると、安室さんは小さく笑いながらひらひらと手を振ってくれた。
不思議そうに顔を上げて安室さんを見るミナさんと、そんなミナさんに「なんでもない」と答える安室さん。声は聞こえなかったけど、口の動きでなんとなくそう言ってるんだろうなと思った。
尾行はバレてたみたいだけど、怒ったりはしてないみたいでほっと胸を撫で下ろす。安室さんなら私達を撒くこともきっと簡単だっただろうし、そうしなかったってことはある程度許してくれてたってことなのかな。
控えめに、でも仲良く手を繋いでショッピングモールから出て行く二人の背中を見送る。きっと皆が羨むような恋人の姿なんじゃないかな。少なくとも、私にとっては理想かも、なんて思う。

「らーん!何してんのよ」
「置いていっちゃうぞ」

園子と世良ちゃんの声に振り向いた。二人とも少し進んだところで待ってくれている。
なんだか気が抜けたら私もお腹が空いてきちゃった。タピオカミルクティーでも飲んで帰ろうと思いながら、私は園子と世良ちゃんの方に足を向けた。