いつだって始まりは唐突だ。幾つもの偶然が時折不思議な出会いをもたらしたりもする。だからといって空に舞っていた五線譜を見かけただなんて大分非現実的な話だけど。
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(今日も駄目かもな……)
既に空は茜色に染まっていて、夕暮れ時の公園に人影は見当たらなさそうだった。実はここに来るのは今週だけでもう四日目だ。トートバッグの中から、数枚に渡る五線譜を取り出しその旋律を指でなぞる。あの後他にも何枚か飛ばされてきた五線譜を拾い歩き何とか全て回収した。風向きや拾っていった方向を考えるとここだと思っていたのだがそもそも場所が違ったのかもしれない。今日はもう帰ろうと踵を返そうとした瞬間だった。微かだが耳を澄ますと鼻歌のような音が聞こえる。まるで導かれるように音の行方を辿ると、辿り着いた先にいたのは黄昏色の髪の男だった。手にはペンを握り、時折確かめるかのように鼻歌を口ずさんでいるようだ。周辺には何枚もの紙が散らばっている。ただ気の所為かもしれないが、先程からおぼつかない足取りで左右にフラフラと揺れているようにも見える。
(大丈夫かな……)
次の瞬間グラリ、と体が傾いた。
「…っ!?大丈夫ですか」
慌てて駆け寄り、顔を覗き込むとスースーと寝息が聞こえる。どうやら眠ってしまっただけのようだ。
(ね、寝てるだけか……良かった)
それにしてもこんな所で倒れるなんて、体調も良くないのかもしれない。目にはうっすらと隈が浮かんでいるし、心做しか顔色も青白い気がする。もしやこの男暫く寝ていないのではないだろうか。どうしよう……逡巡のうち、私は意を決した。
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大きな木にもたれかかるようにして、先程の男は眠り続けていた。ベンチまで運ぼうとしたのだが生憎そこまでの体力は持ち合わせていなく、途中で断念した。だが、顔色は先程よりは幾分か良くなったように見え、胸を撫で下ろす。らしくないな、と思う。それでもこの見ず知らずの綺麗な男を放っておく事なんて何故か出来なかった。秋風も強くなってきたしこのままだと風邪を引いてしまうかもしれない、それにもしかしたらあの様子からすると彼はこの楽譜の持ち主だけではなく生み出した本人かもしれない。そう考えると尚更ここから離れてはいけない気がしたのだ。
拾った楽譜を再度見つめ、歌ってみた。やはり音にしてみると心が踊る。この間初めて聞いたばかりはずなのに、まるで随分昔から知っているかのようにすんなりと音が馴染む。この曲には世界がある。本当にこの男が、この曲を作ったのだろうか?眠っている男の顔をしげしげと見つめていると、
パチリと目が合った。
「うわっ!?」「ひぃっ!?」
重なった悲鳴はどちらも同じタイミングだったが動き出したのは男の方が一瞬早く、大きな瞳を輝かせ、興奮した様子でこちらに駆け寄ってくる。
「てかここどこだっ!お前、誰?何これついに俺アブダクションされちゃったかんじなのか!?もしかして宇宙人だったりするのっ?」
「えっ、えぇと……」
初対面の人は苦手だ。それもこちら側のパーソナルスペースを急に飛び越えて来るタイプの人は特に。
「…人間だし、ここは公園……あの、そこで倒れてて…」
目を閉じていた時は端正な顔立ちから凛々しげな印象が強かったのだが、実際に話すと表情がよく動く。話のテンポが早すぎるし距離感が怖い。というか、宇宙人って何なんだ。やっぱり逃げた方がいいかも…、さり気なく後ずさるとまた衝撃的な発言が聞こえてきた。
「…あーそう言えば暫く寝たり食べたりしてないような…?」
何だか聞いてはいけないようなやばい言葉を聞いてしまった気がする。それに、やはりあの顔色の悪さは体調不良のものだったらしい。思わず、いつも持ち歩いているお気に入りのチョコレートを差し出すと「くれるのっ?ありがとう」と心底嬉しそうに微笑まれて、何となくむず痒くなった。包を解いてチョコレートを咀嚼する姿を眺めていると突然また「あっ!」と思い出したかのように男が声を上げ、ビクリと肩が跳ねた。次は何事だ。
「曲!」
「曲?」
「そうだっ!お前俺の曲歌ってただろ!」
それ!と彼が指さしたものは間違いなく私が先日拾ったものだ。やはりこの音楽を生み出したのは彼で間違いないらしい
「世紀の名傑作だったんだけどさ〜完成した後秋風に攫われて何処かに行っちゃったんだよ!世界的喪失だけどその悲しみでまた新し…「…失っていいものなわけないじゃないですか!」
「私あの楽譜を聞いてからあの音が離れなくて、音を聞いてたら情景や想いまで一気に流れ出してきて…!だからどんな人が何を想って作ったんだろうって、ずっと知りたくてって……あ」
つい、思いの丈をいきなり早口で話し始めたせいか、男はポカン、と唖然とした顔で私を見つめている「えっと……」完全に怪しまれた…ヤバいやつだと思われた。頭で考えるより先に言葉が出てしまった。弁解しなきゃ、でもなんて言おうか。混乱してしまった頭はショート寸前でただ焦りばかりが積もるが沈黙を壊したのは予想に反して笑い声だった。エメラルドの瞳は先程のように爛々と輝いているし楽しそうだ。
「…わはははっ。お前面白いな!そういうの大好きだっ」
「だ、だいすきって」言われ慣れていない言葉にたじろぐのも気にせず、男は一歩、更に一歩と距離を詰めてくる。
「なぁ、お前名前なんていうの?その話の続き、聞かせてくれよ。今ならもう一曲書ける気がするんだっ」
後にこの偶然の出会いが私の世界を大きく変えていくなんて、この時の私は当然知る由もない