私はそれでも演技を教えていくと誓った



貴女しかいないんです!

次はこの役ですよ!

また違った"日比野常葉"が見れますね!

また新しい役ですよ!

さすがなんでも対応できる女優は違いますね!

そんな言葉はもう聞き飽きたの。
私は私、日比野常葉。

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「いやー、常葉さん、今回も素晴らしかった!」

そう声をかけてくるのは監督の深海元春(しんかいもとはる)。
彼の作る映画にはもう何度も出ている。

「貴女のおかげで今回の映画も大ヒット間違いなしだね!」

「それはよかったわ」

今回の役は多重人格の役だった。
ヒロイン香山緋乃(かやまひの)の中には5人の人格がいて、なんて言うよくあるような痛い設定。
でも私は女優。
完璧に演じきる。

「また宜しくお願いします!」

そう言う深海監督を後に楽屋へ戻る。

「お疲れ様常葉」

飲み物を手に私に声をかけるのは、この世界で唯一信頼できるマネージャー、そして恋人の"南川明人"。

「ええ、次の仕事は何だったかしら」

飲み物を受け取り次の現場の確認をする。

「次はバラエティーで映画の宣伝だよ。
明るくて天真爛漫なキャラが求められてる。対応できるよね?」

「誰に言ってるの?
私は<女優の日比野常葉>だもの!簡単よ!」

「……さすが、切り替えが早いね。期待してるよ」



次の現場に移動する最中の車の中で、流れを確認しながら彼に話しかける。

「そういえばお昼よね*、楽屋のお弁当、今回は何かしら!」

「ははっ、ちゃんと君の好きなものを用意するよう伝えているよ」

「あらほんと?いつもありがとう、明人!」


「……ねえ常葉」

「何?」

急に空気が重く変わる。
慎重に言葉を選んでいるのか、明人はそこから中々しゃべりださない。

「何よ、どうしたの??」

「……常葉」

「だから何?」



「……移動中くらいさ……、俺とふたりきりの時くらい、役に入りきるのはやめないか?」


役?


「無理して明るくしなくても、カメラの回ってるところだけでいいんだよ」



無理?



「……俺は、カメラの前の君も好きだけど、ありのままの君が好きだよ」




ありのままの……



私?




「常葉?」

「あ、ごめんなさい」

彼の呼びかける声で我に返る。
カメラのないところでは、
私はいつだって私のつもりだった。

「常葉、最近不安定だよ……少し働きすぎだね……ごめん、もう少し調整して……」

「ねえ」

気遣ってくれる彼の言葉を遮る。

「ありのままの私ってどれ?」

そうだった。
何かを演じることに慣れてしまって、本当の私がどれなのかなんて忘れてしまっていた。

「常葉……」

「ねえ、明人、私ってどんな人間だったかしら……」

「それは……」

彼も答えられないのか言い淀む。

「私は私がわからないわ……」

「だったら、もう演じなくていい……」

「え?」

「そのままの君で、女優日比野常葉じゃなくて、ちゃんと1人の人間としての日比野常葉で生きていけばいい……」

「……」

「大丈夫、俺はずっとそばに居るから」



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車が次の収録の局の前に着く。
車を降りて裏口へと向かう。

「日比野常葉さん?」

突然声をかけられる。

「はい?」

振り返るとそこにいたのは、恐らく業界関係者では無さそうな男。

「僕、貴女のファンなんです、サインください」

「あの、そういうのは……」

「すみません、次の現場がありますのでお引き取り願えますか」

男との間に明人が割って入る。

「……チッ、マネージャーと付き合ってるってマジかよ」

男がそう呟くのと同時に、鋭い音が駐車場に響く。

「……は?」

突然ドサリと音を立てて、明人が目の前に倒れ込む。
視界に飛び込んだのは赤い液体。

「いやああああ!!!!!明人!しっかりして!!!!!」

「あ?なんだよ、人が目の前で殺されたくらいじゃ動揺しない女だと思ってたのに。幻滅だわ」

泣き叫ぶ私に男はそう吐き捨てる。
悲鳴を聞いて駆けつけた数人のスタッフと警備員に男は取り押さえられ、警察に引き渡された。


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明人の通夜の日。

新聞の記事は、
女優日比野常葉のマネージャーをファンが刺殺した。
犯人は憧れの女優が男と交際しているのが気に食わなかったと供述。
だが、映画のように凛とした姿でいなかったことに幻滅した。
そんなことが書き連ねられていた。

ネットの反応は
「こいつファンとか言いながら絶対一部しか見てねえだろ」
「日比野常葉もっといろんな役やってんじゃん」
「こんなことのために殺された人かわいそう」
なんて書き込みが多く見られた。

最早涙も枯れてしまい泣くことさえできない。
私のせいで明人は……。


「大丈夫、俺はずっとそばに居るから」


彼はそう言ったのに。

こんなくだらない事のために、私のそばからいなくなってしまった。

結局私の人生は役に縛られてしまった。
みんながみんなそうなるとは思っていない。
たまたま私の運が悪かっただけ。

初めて彼と出会ったあの日、彼は私に、貴女の演技は最高です!と言った。
その彼がもう演じなくていいとまで言った。
私の中で答えは出ている。


「ごめんね明人、私もう女優続けられないよ……」


枯れたはずの涙がまた溢れ出してきた。




次の日の新聞の1面は、
人気女優、日比野常葉の電撃隠退
だった。



end

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