君がいた頃は、もう戻らない
屋敷の地下室に閉じ込められた、私とよく似た顔の男の子。真っ白な髪に、輝くような黄金色の瞳。彼は、私の片割れだ。
男と女。生粋の吸血鬼と人魚の血が濃い混血種の吸血鬼。違いもたくさんあるはずなのに、私と彼はどうしたって双子にしかなれず、どこまでも似通っていた。世界が私たちを双子と定義したからだということを、私たちは本能的に理解している。いつか、彼が私を殺さなくてはいけないことも。
父の書斎から勝手に持ち出した鍵で牢を開ける。錆びた金属の擦れる重く耳障りな音が鳴った。
「おはよう、お兄様。いい夜よ」
「おはよう、
私が瞬きをひとつする間に、彼の髪が黒く染まり、赤い瞳に私が映し出された。外に遊びに行くためのお兄様の姿だ。おかしそうに笑うお兄様の手を取って、外へ誘うように引く。抗うことなく足を踏み出し、彼は私のとなりに並んだ。
小さいころは誰にも見つからないように息を潜めて登った階段も、今は身を隠そうとすることもない。父は私が彼を外に出すことを黙認している。知られたら彼を折檻しているようだけれど、折檻が嫌なのであれば彼は断るなり、上手く誤魔化すなりするはずだ。
「姉様は外に出るの嫌になったりせえへんの? 何もなく、帰れたことあらへんやん」
「だって私と一緒でないとお兄様は外に出られないじゃない」
「せやけど、姉様が血ぃくれるんやったら別に……」
「それだけじゃ足りないでしょう?」
半歩後ろを歩く彼に気遣われ、少しだけ言葉を探してしまった。繋いだ手に力が込められる。振り向かずとも、顔を顰めているだろうことが容易に想像できた。
はじめて彼を外に連れ出した日のことを思い出す。食事のために離れる彼を見送ってすぐに私は何者かに攫われた。私を攫った人間はおそらく、私が何であるかを知っていたわけではなかったのだろう。攫って、暴かれて、殴られて、それで。怖くて、痛くて、気持ちが悪くて、泣きじゃくっていた幼い日の自分を描き出す。彼を外に連れ出す度に、繰り返されるそれ。学習能力がないのかと呆れたように言ったのは、誰だっただろう。
「俺は、ひのに、酷い目にあって欲しいとは思わない」
「うん。でも私は大丈夫だよ」
見えない扉をくぐり抜けるように、線を一歩踏み越えるように。纏わりつくような重い空気が消え、息が軽くなるのを感じながら振り向いた。
「そういう体質だから仕方がない。それだけの話でしょ?」
「それだけ? あの暴力を、陵辱を、"それだけ"で片付けられるわけないだろ」
水に沈む私と同じ赤い色に怒りが揺らぐ。憎悪が灯る。チラつく金色に、私は困ってしまう。
彼が私を思って怒っていることは理解している。彼が私のことを大事にしてくれていることだって、わかっている。でも、彼のそれは間違っている。間違っていなくてはならない。
立ち止まってしまった彼の手を緩く引いて、私も一歩彼に歩み寄る。そうして、少しだけ高い位置にある彼の瞳を覗き込んだ。
「お兄様、そんなに怖い顔をしないで。お母様が言ったのよ?『人を愛しなさい』って。なら、私は人を愛するべきだわ。そうでしょう?」
「……ほんっと、姉様はドMやな」
「失礼しちゃう。私は全てを愛しているだけよ」
今にも泣き出しそうな顔をするお兄様は、それでも、無理に口角を擡げて笑みを象った。繋いでいた手を解き、マントを翻して闇に溶けていく。その背中を眺めて、迫る気配に小さく息を吐いた。
外にさえ出なければ、私が害されることはなかったのだろう。父の庇護下で、いつか来る終わりまで守られて生きていけた。人間の熱も、欲も、痛みも、悪意も、何も知らないままで。
それを理解していて、それでも、私が外に焦がれたのは。
果たして、何故だったのだろう。