蒼依の話



 葵依あおいは伽藍堂だ。俺も六花も似たような体質だが、葵依ほど、空洞ではない。何かしら、世で言うところの「心」と呼ばれるような、俺たちからしてみたらがらくたと呼び捨てても遜色がないものが詰め込まれている。だが、葵依はからっぽだった。憑神に魂を、命を、自分を明け渡したときに、まるっとそれを失ってしまったかのように、彼女は器しか残っていない。無花果が喰いすぎたわけではない。俺たちが喰われるのが憑神の気分次第とはいえ、契約である以上、ある一定の期間は保証されている。それに、憑神のだいたいが宿主に情を抱き、人らしい時間を与えようとしてくれる。無花果も、例外じゃないはずだ。だから、彼女は元から中身が希薄だったのだろう。六花が俺や葵依を呪う前から、彼女はきっと、足りていなかった。
「それでも、彼女は幸福なんだろうね」
「蒼依に『幸福』という概念があったのか」
「なかったら、今頃七瀬を連れて帰ってるよ」
「ああ。あれの幸福は、人間に寄り添うことだからな」
「君たちからしてみれば、人の一生なんて瞬きをしている間に終わる。八宵だって、それくらい理解してるでしょ」
 丸くなる黒桂を背凭れに、尻尾の先を指先に絡めて遊ぶ。この黒銀の毛並みを、葵は愛していたらしい。六花を呪い、葵依を呪い、俺までもを呪った葵。
「生きとし生けるものの一生というのは儚いものだからな」
「一応、君たちも生きものには当て嵌まると思ってるけど」
「化物を生き物と呼びたがるものはいないさ。人間とはそういう生き物だろう?」
 くつくつと、背中で黒桂が笑っている。一応、俺も人間に分類されるんだけど。とはいえ、人間から見た俺も化物なのだろう。
 皮を剥いであるのは血肉で、骨で、内臓で。だけど、そこに命はない。空っぽの、器。
「葵依は空っぽだから、幸福だったんだろうなあ」
 彼女は満たされてこそ、不幸だろう。知らないからこそ受け入れられた運命だ。感じないから、赦せた人生だ。
「俺が一番中途半端だね」
「死にたくなったら言えばいい。いつでも喰ってやる」
「俺はいつだって死にたかったよ」
 でも、君は喰ってはくれないじゃないか。葵を愛しているから。葵依が生きている限り、俺は死なない。死ねない。
 そこに諦観を抱かないほど、俺は空っぽでいられなかった。たったそれだけのつまらない話だ。