Codex: 00



 The Aurelian Cellオーレリアン・セル──それは“羽化”という名の神話再構築を試みた、王室下層の秘儀中枢である。
 広大な空間には複数の培養ポッドが整然と並んでいる。どれも強化ガラス製のドームに包まれ、それぞれ異なる『個体』が浮かんでいた。構造は360度どこからでも観察可能な設計となっており、ポッドの下部には浮遊型のホログラフ装置が設置され、心拍、脳波、遺伝子変異の履歴、過去の記憶断片、精神安定度など、各個体の詳細情報が立体的に投影されている。
 音は極限まで抑制され、聞こえるのは装置の微かな駆動音と、白衣の研究者たちが発するデータ確認の声だけ。
 足元の床は滑らかな金属床が青白い照明を反射し、空間全体を無機質に照らしていた。通路は無菌処理されており、踏みしめる音すら吸収されるようだ。
 そこにいる誰もが『観測者』であり、そして『加害者』だった。命は解剖され、解析され、比較される。
 この場所では『生』は目的ではなく、証明すべき成果でしかなかった。
 研究者たちの視線には感情がなく、まるでガラス越しの命がすでに展示物であるかのように扱われていた。
 まるで美術館のようだ。展示されているのが命でなければ、そんな印象を抱くかもしれない。
「サクネ! 来てたのかい?」
 白衣のポケットに手を入れ、無機質な視線をポッドに向けていたサクネ・アカギが振り向いた。
 そこに立っていたのは、アマランス・キングスウェル。この計画の発案者にして最高責任者である。
 喜色満面といわんばかりの笑顔で、軽く手を振る姿は、この無機質な空間には不釣り合いにすら見えた。
「ああ、まあね。調子はどう?」
「それが、あまり芳しいとは言い難くて……成形はできるんだが、自我を与えて目覚めるまでにいかないんだ」
「ふうん。それは『花』を使ってないからじゃないのか?」
「当たり前だろ。完全な器が作れるようになってから、お呼びするのが最低限の礼儀だ」
 微笑みを絶やさぬまま、アマランスの瞳にはかすかな狂気が揺らめいていた。
「『神話創生共鳴軸インターフェース』だっけ? 随分と長い名前をつけたよな」
「響きが美しいだろう? この研究に相応しい名前だと、俺は本気で思っているよ」
 冷たいフロアに二人分の足音が響く。培養ポッドの間をすれ違う研究者たちは、彼らに一瞥を向けることさえなかった。
 誰も彼もが、研究にしか興味がない。人のよさそうな顔をした、アマランスでさえそうなのだ。
 サクネに親しげに声をかけるのは、彼だけが特別だからだ。サクネはこの研究施設の親組織の一員であり、この計画の種を蒔いた人物でもある。サクネがいなければ、計画すら立ち上がらなかったかもしれない。
 数年前、長らく放置されていたはずの廃修道院ラングレンで、一輪の花が見つかった。陽の光はおろか、雨水さえ与えられないような環境下で、その白い花は咲き誇っていた。
 もし、あそこにサクネがいなければ、今ごろガラスケースに入れられて保管されるだけに留まっていたことだろう。
「……もしそれが天使の死骸の名残なら、この花を媒介にすれば、天使に会えるかもしれないな」
 何気ない一言だった。それは、アマランスたちにとって天啓にも等しい響きを持っていた。神話学者であり、研究者の彼らの好奇心や欲求を、刺激してしまったとも言えるだろう。
 失われた神話を再構築することで、この世界に秘められた均衡が証明されるのか。
 その問いを確かめるために、彼らは天使を再び現世に降ろそうとした。

Mythogenesis Interface for Resonance Axis神話創生共鳴軸インターフェース』──プロジェクトコード『M.I.R.A.ミラ』。

 そうして、プロジェクトは胎動を始める。