Codex: 04
人が減っている。依然として数百人はいるが、確かに減っていた。
前兆や告知のようなものはなかった。知らないうちに、査定のようなものがされているのだろうか。
──まるで、値踏みみたい。
ノエは周囲にさり気なく視線を配る。
等間隔に並べられた長机と椅子。壇上には授業を行う大人が立っている。そのとなりに、オーレリアは座っていた。
ホワイトボードの文字列をぼんやりと目で追う。大人の紡ぐ講釈に、ノエが惹かれることはなかった。生真面目にメモを取る少年もいるが、大半の生徒が正面を見据えている。
授業のような形態こそとられているが、これは大人が一方的に知識を与えようとしているだけだ。それだけではない。教師であれば生徒たちの態度にも気を配るのだろうが、彼らは研究員であるため、観察するような目を向けるばかりで咎めることはない。
価値を計っているのであれば、今この瞬間でさえも、対象なのだろう。
──平凡な授業風景で、何を見定めようとしているんだろう。
「何を観察してるんだろうな」
ノエの思考に被せるように、誰かが囁いた。声の主は、どうやらノエのとなりに座る少年らしい。
彼は手に持ったペンを回しながら、頬杖をついていた。
ノエの視線に気付いたのか、少年が目を向けた。
「お前もそう思うだろ?」
軽やかな口調で声を掛けられる。
「……退屈だとは思うよ。だからと、お喋りをするのはどうかな」
「気にしてないさ。俺たちのことなんて──ああ、いや、この『お喋り』でさえも、なんらかの判断材料だろ」
緩やかに首を傾けながら少年が笑う。しかし、彼の目は笑っていなかった。だが、ノエを警戒しているわけでも、腹の内を探ろうとしているわけでもなさそうだ。
ノエは一度だけ壇上を見遣ってから、少年に視線を戻した。
軽妙な口調に、薄い笑み。琥珀色の瞳に滲む探るような色は、ヴィスカー家の象徴だろうか。
「だとしたら、君とお喋りをするのも一興かもしれないね」
──リアム・ヴィスカー。
柔らかく笑い返して、ノエは記憶を探る。
ヴィスカー家は情報関係に強い名家だ。代々、交渉術に長けた人物を輩出しているという噂もある。
──外から観察する俺の家とは、真逆だ。
「それはよかった。退屈してたんだ」
嬉しそうにリアムが笑う。つい、本心か演技かを見極めようとしてしまう。これはもう、習慣のようなものだ。
誰とでも気安く話すが、誰も彼の本音に触れた気がしない。ノエが観察していた範囲で、リアムが温度のある表情を見せたのは、彼の実弟であるレイと談笑しているときくらいだ。
だからと、必ずしも裏があるわけではないのだろう。リアムの観察は、理由こそ違うのだろうが、ノエと同じ習慣に近しいものを感じる。
机に散らばるルーズリーフを、手慰みに軽く整える。
「一方通行の話だとしても、意味がないわけじゃないよ」
「まあ、そうなんだけどさ。なんでか、ここでの話って聞いているだけで覚えちゃうんだよな」
思考の中を言い当てられたようで、ノエの指先がわずかに揺れた。そんな些細な反応を、ヴィスカー家の長男は見逃してくれなかった。
「お前もそうだろ? 俺とお前だけじゃない。おそらく、この場にいる奴らの大多数が、そうだ」
「……よく見てるね」
「お前も気づいてるだろ、アッシュフォード。その原因も」
──ああ、これは、答え合わせだ。
リアムは己の中で組み立てた推論を、ノエと会話することでより正解に近付けようとしている。
ノエの視線が、無意識のうちにオーレリアへ注がれた。
「俺も、同じ考えだよ」
口角を擡げるようにしてリアムが笑う。それに、ノエは返事をしなかった。
それこそが、彼への答えだ。