Codex: 14



「俺もミラと話したい」
 不貞腐れたように唇を尖らせるレイに、リアムは思わず瞬きをした。レイがミラと関わりたがっていることは知っていた。すべてを把握していたわけではないが、ユリシスがミラの兄になると告げられたとき、誰よりも早く不満を顔に出していたのは間違いなくレイだった。
「気になるなら、拗ねてないで話しかけたらいいんじゃないか? アカギだって、そう言ってただろ」
「話しかけようと思っても、ずっとユリシスが一緒にいるだろ」
 机に頬杖をついたレイが、食堂の端に視線を向けた。
 リアムも釣られたように、彼の視線の先に目を向ける。
 ユリシスとその膝上に座るミラ、そして、オーとアージェントの四人が固まって座っている。今となっては見慣れてしまった光景だ。
 レイは決して人見知りをするような性格ではない。社交的であるリアムと比較され、弟は内向的だと評されることが多くなってしまうだけだ。レイとてヴィスカー家の息子である。他者と関わることを臆していては、情報屋など務まらない。
 だからこそ、レイはミラに声を掛けられずにいるのだ。
 ユリシス・グレイヴァベル。外交の名家の嫡子。グレイヴァベル家の一言で、世界の天秤は容易に傾くとまで噂される。
 グレイヴァベル家とヴィスカー家に表立った軋轢は存在しない。しかし、数多の情報を集め、把握し、操るヴィスカー家ともなれば、グレイヴァベル家に警戒が生まれるのは考えるまでもない。ユリシスからしても、どの発言──ひいては視線のひとつが、ヴィスカー家にとっての『情報』になるかわからないのだ。
 ──警戒されるから話しかけられないってのも、厄介だよな。
 半ば睨みつけるようにミラたちを見つめるレイの横顔に、リアムは小さく息を吐いた。
 オーレリアン・セルにおいて、グレイヴァベル家の役割も、ヴィスカー家の立場も、外の世界ほどの意味はない。閉鎖された空間では、少年たちがどのような思惑を働かせようとも、社交界の真似事だ。しかし、生まれながらにして身についた習慣や考えは、容易に捨てられるものではない。
 レイの背中を押すことは簡単だ。なんなら、リアムが率先して、あの輪に加わってもいい。言葉巧みに、彼らの中に入り込むことなど、リアムにとっては造作もないことだ。本当の意味で彼らの懐に入れるかはさておき、表面的に親しみを感じさせることは容易い。
 そうしないのは、レイが求めている接点が、体裁だけのものではないからだ。リアムほど自然ではないかもしれないが、レイだって誰かに親しみやすさを覚えさせる振る舞いはできる。違和感を抱かせずに、その場に馴染むことだって、難しくないだろう。
 けれど、レイは一度だって、その手法を取ろうとはしなかった。タイミングを窺うばかりで、慎重に場を見極めている。
 だからと、見ているだけでは膠着するばかりで、好転することもないはずだ。
「ユリシスがミラから離れるタイミングの方が、あまりないと思うけどな」
「わかってるよ。……兄貴は、話したいと思わないわけ?」
 呆れと少しの揶揄いを含ませたリアムに、レイの視線が戻される。
 想定していなかった弟からの質問に、リアムは思わず身を固めて、瞬きを繰り返した。
「俺? そりゃあ、機会があったらいいなとは思うけど……」
 動揺を弟に悟られないように、柔和な笑みを象ってみせる。思考する数秒の間が空いたが、レイはさほど気にしていないようだ。
「兄貴だって同じじゃん」
「……まあ、話してみたい気持ちはあるさ」
 これが、レイでなければリアムの動揺も悟られてしまったのだろうか。たとえば、さり気なくこちらを見遣るユリシスや──ミラであれば。
 考えてもどうしようもない仮説だ。けれど、そう思わせるような『何か』が彼女の視線には宿っているような気がしていた。
「ずるいよな、ユリシスばっかり」というレイの独り言を聞きながら、リアムは苦い笑みを返した。