A Ledger of Love



 彼らは選ばれた。アクシスという核と共鳴し、なお、彼女という存在を愛したのが、“冠を戴く花”──The Garlandだ。
 アクシスとの共鳴試験に及第点を叩き出したのは、なにも、十人に限った話ではない。彼女との共鳴で精神が安定し、能力が引き出されたものは数十名に渡る。彼女の持つ特異構造が、他者へ与える影響は計り知れないものだった。
 オー・ニュイドールも、最終候補のひとりだ。身体能力、自己治癒力、精神の安定性。アクシスとの共鳴により引き出されたオーの潜在能力は十柱と大差ない。限界値を超えてなお、彼の人格は安定していた。
 しかし、オーがガーランドに選ばれることはなかった。
 オーと彼らの決定的な違いは、アクシスへ抱く感情だ。彼らはアクシスを前に、どうしようもなく惹かれたらしい。ただ一目見たという、たったそれだけをきっかけに。オーは愛することがあっても、恋をすることはなかった。親愛という枠組みから、漏れ出すことさえできなかった。
 後に聞いたところ、彼らの大半がミラに一目惚れをしていたのだという。恋愛感情でさえ、機械的に身につけるものだと思っていたオーの考えは、呆気なく打ち砕かれた。
『──Love makes the world go round.愛は、世界を動かす
 そんな馬鹿げた話が、彼らにとっては真実だったのだ。あれほど科学的、心理的評価をもとに判断を下されていたというのに、最後の一押しとなったのは、古くから知られることわざだというのだから、もう笑うしかない。
 その結果に対して、オーが不満を抱くことはなかった。あの十人の振る舞いを前にして、彼らからミラを奪おうだなんて考える人間は、普通であればいないはずだ。オーにもアクシスの役に立ちたいという気持ちはあったが、それはどのような形であっても構わなかった。
 ミラの存在する世界に、少しでも自分が携われるのなら、それでよかったのだ。

「ええ、本当に。それだけでよかったんですよ、私は」
 呆れた様子のオーの手には、領収書が握られている。オーの前で、ユリシスは足を組んで、ソファに深々と腰を掛けていた。ひじ掛けに頬杖をついてオーを見上げる様子は、ふてぶてしさすらある。
「『交際費』という言葉に、組織の財務をここまで動かす力があったとは知りませんでした」
「彼女への贈り物が『交際費』以外の何に分類されると?」
「ユリシスともあろう人が、私費という言葉をご存知でないとはね」
「俺は君が言うから、こうして紙切れ一枚をわざわざ提出している。俺は私財を投じても構わないが?」
 屁理屈のような言葉を、ユリシスは平然と並び立てる。
 外交の場であれば、理知的で威圧感すら与えるユリシスという男も、妻が関わるとこれである。途端に、常識というものを見失ってしまうのだから困ったものだ。
「そうするとあなた方は限度というものをお忘れになるでしょう。──まあ、あなた方の『愛』は、予算も世界も動かすようですけどね」
 ユリシスをはじめとする十柱の、妻への贈り物──オーに言わせれば、もはやそれは貢物の域だ──には限度というものがない。彼女が欲しいと口に出したものはもちろん、彼が買い与える理由はそれだけに留まらない。彼女の視線が数秒留まっただけでも、まつ毛の揺れや呼吸の深さ、ほんの僅かな表情の変化で、彼女の気持ちを汲んでしまう。ミラがほんの一瞬でも欲しいと思ったのなら、彼らには買わない理由がないのだ。
 それ以外にも、外交先で見かけたものも、彼らがひとたびミラに似合うと思えば、迷わず買ってしまう。彼女の微笑みに似ていた。彼女の鈴のような声音に相応しい。彼女の肌に映えるだろう。何よりも、受け取ったミラの嬉しそうに綻ぶ表情が見たいという、あまりにも純粋で可愛らしい動機で。
 それがひとりであれば、妻を溺愛する夫という微笑ましい光景だったのかもしれない。しかし、そう思う男が十人もいて、彼らの資産は国家予算にも等しい。妻を愛してやまない男たちが、何かと理由をつけて贈り物をし続けていては、彼らの居住区に部屋が幾つあっても足りなくなってしまうだろう。
 オーだって家庭の話に口を出したいわけではない。だが、彼らの貢ぎ癖を止める第三者が、どうしたって必要なのだ。その抑止力のひとつとして、こうして彼らに領収書の提出を義務付けている。もっとも、それらに効力があるようには思えないのだが。
 オーは手元の領収書を見下ろし、小さくため息を吐いた。
「奥様への贈り物も、ほどほどになさってください。これでは、ワードローブがいくつあっても足りませんよ」
「そうか。それなら、次はワードローブを贈ることにするよ」
 しれっと言い放つユリシスに、オーは片眉を吊り上げる。ユリシスは「反論でも?」と言いたげに緩く首を傾けた。
「経費で落としませんからね」
 そう釘を刺しながら、オーは何度目かわからないため息をこぼす。
 何度苦言を呈していても、オーはこうして彼らの秘書を続けている。
 アストラレイという組織から見たら畏怖の対象である十柱も、オーからすれば幼なじみのような存在だ。甘くなってしまうのも、仕方がないだろう。