A Delightful Waste of Time



 白いクロスがかけられたテーブルの中央に、繊細な銀のフレームで組まれた三段のハイティースタンドが置かれている。
 最上段には、ラズベリータルトやレモンカードをのせたタルトレット、ローズピンクのマカロンなど、色とりどりのペティフールが宝石のように並ぶ。中段には、まだほんのり温かいスコーンが二つずつ置かれ、銀の小器にはクロテッドクリームと、透き通るようなストロベリージャムが添えられている。最下段には、きゅうりとバター、スモークサーモンとクリームチーズ、卵とクレソンのサンドイッチが小さく切り揃えられ、端はきれいに落とされている。
 脇には銀のポットカバーをかけたティーポットが置かれ、アールグレイのベルガモットの香りがふわりと立ちのぼる。ほのかな柑橘の清々しさが、甘い菓子や温かなスコーンの香りと溶け合い、午後のひとときをより華やかに彩っている。
 天井から降り注ぐ人工的な光が食器の縁をやわらかく照らす。どこから見ても、優雅なティータイムだ。
 ここが、アストラレイの執務室でさえなければ。
 入口に控える男──アージェント・ノクテスは気持ちを整えようと、細く息を吐き出した。
 焼きたてのスコーンとジャムの香りが、室内の空気をゆっくりと濃くしていく。息を吸うたび、喉の奥に甘さが残る。無表情を保とうとしているのに、どうにも眉が寄りそうになってしまう。
 椅子には、あどけない表情を見せて笑うミラが座っている。彼女のティーカップに、セオドアが紅茶を注ぎ、耳元で囁くように茶葉の解説をする。
「今日のアールグレイは、ベルガモットの香りをやわらかくしたんだ。お菓子の甘さを邪魔せず、むしろ引き立てるように蒸らし時間を調整して……蜂蜜も、君のためにたっぷり入れてある」
 並べられた菓子の数々よりも甘ったるいセオドアの声が空気を揺らす。
 何度聞いても、昔馴染みの恋人へ向けた声を聞くというのは慣れない。アージェントよりも聞く回の多いオーは、よく耐えられているものだ。関心にも似た感情を抱く。アージェントはさり気なく彼らから視線を外した。
 菓子も甘い。紅茶も甘い。声も、表情も──空気さえも甘い。胸焼けがしそうだ。
 無意識のうちに、アージェントの顔が顰められる。甘さに包まれる空間。優雅なはずの光景が、胸の内では妙に重たく感じられた。
 この場にいるのが、せめて、ミラとセオドアの二人だけであったのなら。多少はマシだったのかもしれない。しかし、現実はそうではない。
 セオドアの反対側にはもうひとりのガーランド──シリル・エインズワースが座っている。サンドイッチを手に取り、さも当たり前といわんばかりにミラの口元へ運んだ。
 応じるように、ミラが小さく口を開く。
「ん、いい子。美味しい?」
 頬に伸びたシリルの手が、ミラの頬を親指で撫でるように拭う。
 こくり、と彼女が飲み込んだのを確認したのだろう。次いで、セオドアがティーカップをミラの唇に寄せて、優しく傾けた。
「大丈夫。ゆっくりでいいよ。……うん、上手だね」
 蕩けるような声が、甘く柔らかな空気に溶けていく。
 幼めの顔立ちに、無邪気な振る舞いや無垢な表情ゆえに、ミラは少女と思われがちだが、とうに二十を超えているはずだ。まるで幼子にするようなアクシスへの扱いは、無礼とならないのか。なるはずもないか。ガーランドに言わせれば、これは立派な愛情表現のひとつだ。彼女への寵愛を止められる人間は、注がれる本人だけだろう。もっとも、ミラに制する気があるのなら、とっくにこんなティータイムの時間はなくなっているはずだ。
 ミラの左右から伸びる手が、彼女ひとりを甘やかすためだけに動く。壊れ物を扱うように彼女に触れるあの手が、ある日は拳銃を握り、ある日は世界を左右するキーを叩くなど、誰が信じるというのだろう。
 少なくとも、あの場で目を細めて微笑む少女は知らないのだ。自分を囲む男たちが、どのようなことをしているのか。
 アージェントの指先が、わずかに硬くなる。
 ──仕事中に、こんな時間を設けても、業務は滞らないってんだから、正気じゃない。狂ってる。
 最愛へ惜しみなく愛情を注ぎながら、彼女の視界に入らないところで彼らの手が端末を操作していることに、アージェントは気付いている。彼がこうしてこの場に控えているのだって、彼らの指示を伝達するためだ。
 そうでなければ、誰が好き好んで、夫婦間の甘い時間など眺めるものか。
 たったひとりの少女だけを愛でる二人のガーランドの姿を見遣る。息を吐いて、表情を平坦に戻す。
 シリルの肩がわずかに揺れるが、彼はこちらを振り向くことはしなかった。これがアージェントではない職員であれば、鋭い視線のひとつでも飛んでいたのかもしれない。アージェント自身、己の立場を弁えている。だからこその、さり気ない抵抗だ。