Sweeter Than All Their Whispers
豪奢なシャンデリアが天井から光をこぼす。磨き上げられた床が柔らかな輝きを映していた。白手袋の給仕が銀のトレイを静かに差し出し、弦楽の調べが会話の隙間を優しく満たす。
香り高い花々が窓辺を飾る中、視線は礼儀正しく、しかし探るように交わされる。微笑みの裏には計算と期待が潜み、ひとつの失言すら許されぬ舞台だ。
優雅さと重厚さが綯い交ぜになる空間の片隅に、彼女──ミラ・グレイヴァベルはいた。
駆け引きの張り巡らされる空気などものともせず、少女の視線は真白なクロスに包まれた長机に向けられている。高低差をつけて並ぶ銀のスタンドが光を返す。
ケーキを見つめる目は、玩具を前にした子どものように輝いている。
多段のケーキは薔薇を模したシュガークラフトで飾られ、切り分けられた断面からクリームの淡い色が覗く。マカロンやフルーツタルトは宝石のように整然と並び、シャンデリアから降り注ぐ光を浴びて瞬くように輝いていた。
深いロイヤルブルーのドレスの裾が軽やかな足取りに合わせて揺れ、水面のような光を宿す。
「ほら、これだろ?」
低く穏やかな声とともに、となりに立つ男が一歩前に出る。
白手袋をはめた手で、給仕が差し出す銀のケーキサーバーを受け取り、慎重に一切れを切り分ける。その刃先が薔薇の細工をかすめ、淡いクリームがふわりと揺れた。
皿に載せられたそれは、宝石のような甘やかさを纏い、銀のフォークとともに彼女の前に差し出される。ミラはゆったりと瞬き、静かに微笑んだ。
「ありがとう、レク」
「どういたしまして」
レクと呼ばれた青年──アレックス・レインは、わずかに視線を逸らしながらも笑い返す。その頬には、シャンデリアの光を受けた朱が淡く広がっていた。
銀のフォークが静かにケーキへ沈み、ふわりと切り取られた一片が唇へと運ばれる。淡い甘味が舌にほどけた瞬間、ミラの瞳がゆるやかに細まり、幸せそうに頬を綻ばせた。
ケーキを食べるという行為。その所作ひとつに、興味深げな視線が注がれる。その視線の一部は、彼女を値踏みするものであり、一部はどうにか利用できないかと計算するものだった。
視線を遮るように、アレックスは自然と立ち位置を変える。
「……あれが、『ガーランド』のひとりか」
「他の連中は何をしている?」
「……なるほど。今夜は、あの男の番らしい」
囁きは笑みをまといながらも、銀の刃のように冷ややかだ。アレックスは眉間をわずかに寄せる。一瞥を送れば、その声は霧散するだろう。
無意識のうちに掌を握ったところで、ひとつの気配が二人に近付いた。
「『選ぶ』なんて、彼女には似合わないと思わない?」
「……ノエ」
片手でワイングラスを揺らし、空気に溶け込むようにアレックスのとなりに並ぶ。緩やかな空気を纏い、ノエ・アッシュフォードは強張るアレックスの横顔に視線を向けた。
何かを言おうと口を開き、ノエは音にせず吐息だけを漏らす。
周りの視線など雑音にすぎないと言わんばかりに、ノエはミラにだけ視線を注ぐ。彼女の足元に自然と膝をつき、甘えるようにフォークを持つミラの手に己の手を添えた。
自然と膝をつくノエに、周りがより一層どよめいた。
「ミラ。……俺にも、ちょうだい?」
「ノエ」
咎めるようにアレックスが名前を呼ぶ。ほんの一瞬、周囲が息を呑んだ。その後、周りにとっては予想外の、それでいて、彼らからすると想像どおりの言葉が続く。
「……ずるい。俺が先にいたのに」
「──だって、ミラ。でも、俺が先。……ね?」
呆れと不服さを滲ませた声が落ちる。そんなアレックスにも、ノエは楽しそうに目を細めて笑みを象っていた。
二人の応酬を静かに眺めて、ミラはケーキに再度フォークを沈めた。掬い取ったそれを迷いなく、ノエの口元に運ぶ。
「ノエも、レクも、喧嘩はだめだよ」
柔らかな声が、空間を満たす。
その瞬間、会場に響く弦楽の調べは、ただの背景に過ぎなくなった。弓が弦を擦る音も、三人の間を流れる静かな温度の前では意味を成さない。
視線も囁きも、遠く水底に沈んでいくようだった。
「君の甘やかしひとつで、俺たちはいい子になるよ。……ねえ、アレックス?」
舌の上で溶ける甘さに、ノエが満足げに囁いた。お礼とばかりに彼女の指先に唇を寄せ、その背にアレックスの溜め息が落ちる。
ここにあるのは、銀の皿と甘やかな香り、そしてミラを中心に回る、小さな世界だけだった。