Room Temperature Affection
「俺も一緒に行きたかった」
膝の上にミラを乗せて、レイが唇を尖らせる。身動ぎをする彼女を逃がさないように、腰へ腕を回す。
先日の社交界に、レイは一緒に行けなかった。音や光の余計な反響さえも許さない己の領域で、煌びやかな会場とは程遠い、港町で行われる取引をモニター越しに監視していたのだ。複数あるモニターのひとつに、ミラの様子を映し出してはいたが、どうしたって、実際に彼女と共に刻んだ記憶を持つ彼らに、静かな嫉妬が胸を掠める。
職務だ。仕方がないということくらい、レイもわかっている。しかし、理性での理解と、本能の渇望は話が別だ。
温もりを確かめるように胸に顔を埋めると、ミラの指が髪の隙間をそっと撫でた。優しい手付きに、頬が緩むのを自覚する。
「ミラだって、俺がいないと退屈だろ?」
わずかに顔を上げ、ミラの表情を確かめるように視線を送る。光を含んで、彼女の瞳が蜂蜜色のきらめきを帯びている。
「ふふ。そうね、レイが一緒だと、うれしい」
鈴を転がすような声が、レイの鼓膜を優しく撫でた。
陽の光がレースカーテン越しにやわらかく差し込み、白い壁に揺らぐ影を描く。低めのテーブルには、半分飲み残された紅茶のカップが置かれ、甘い香りが空気に残っていた。
──流石に、もう冷めたかもな。
そろそろ、ミラに新しく紅茶を淹れてやるべきだろうか。頭ではそう考えても、この腕の中から逃がす気はさらさらなかった。
腕に力を込めて、少しの隙間も許さないかのように細い体を抱き寄せる。
「レイ?」
名前を呼ぶその声が嬉しくて、甘えるような視線を彼女に向け──視界が、わずかに翳る。
静かな足音が近づき、影が二人の横に落ちた。
「……あんまり強く閉じ込めたら、ね……その息づかいまで、届かなくなってしまうかも」
いつの間にか傍らに立っていたベディヴィアが、静かな声で言葉を紡ぐ。白いカップの紅茶に一瞥を落とし、冷めきった香りに触れたように、静かに瞬きをした。
「俺がミラを傷付けるようなことするわけないだろ」
ベディヴィアに、むっとした様子でレイが言葉を返す。鋭さの滲む視線が彼に向くも、当の本人は緩やかに首を横に傾けるだけだった。
事実として、レイはいくら腕の力を強めようと、彼女に負荷がかかるようなことはしない。膝に乗るミラが疲れないように、体のバランスさえ気にしているのだ。
「うん。大丈夫」
機嫌を損ねたレイをあやすように、ミラの手が彼の頬に触れる。
ミラが自分のことを知ってくれている。その一点で、レイの心のささくれが癒える。
我ながら単純だと呆れる反面、その単純さが心地よかった。ベディヴィアの気配を感じたまま、レイは何も言わず、ミラの胸元に頬を預けた。
ミラはレイに触れる手を離さぬまま、そっと身体をひねって、斜め後ろにいるベディヴィアへと顔を向けた。
「ヴィアも心配してくれてありがとう」
「ううん……君が、そうしていたいのなら。僕は、それを大切にするよ」
ミラの顔に浮かぶ微笑みに、ベディヴィアは僅かに視線を伏せる。
冷めた紅茶を再度見やってから、音もなくレイのとなりに腰を下ろした。背に重心を預けることはせず、ミラの手首を指を這わせるように緩く握る。
不思議そうにミラが瞬く様子に、ベディヴィアは口元を綻ばせた。そして、その手を自身の頬へ導き、子猫がするように擦り寄る。
「でも、僕も。……ね、君のぬくもりが欲しいな」
「……俺が甘えてるんだけど」
低く呟いたレイの声に、ベディヴィアは視線を逸らさず、そっと言葉を重ねる。
「うん。……でも、彼女の体温は、君だけのものじゃないよ。……そうでしょう?」
ミラの指先が、包まれた手のぬくもりにそっと応える。その刹那、室内の空気がふっと動き、背後から新たな気配が忍び寄る。
「……相変わらず、君たちの紅茶は冷めやすいね」
音もなく近づいてきたシリルが、テーブルの上のカップに視線を落とし、わずかに眉をひそめる。けれどそれも、どこか優しげな気配を帯びていた。指先でそっとカップを回し、冷めきった琥珀色の水面に目を落とす。その横顔には、呆れと微笑が等しく宿っていた。
「ミラの紅茶は俺が淹れてあげよう。……ついでに、甘えたがりの二人にもね」
揶揄うようなシリルの声が、穏やかな部屋の空気を揺らす。レイもベディヴィアも言葉を返さなかった。
代わりとばかりに、ミラがくすくすと笑う。柔らかく、愛しそうに。