幸せってなんだと思う? おれは、日常が恙無く続くことだと思う。
数歩先を歩くネモさんは、俺を振り向いて笑った。普段から輝いて見える彼が夕日を背負うと、眩しくて目を開けてることすらできない。
脈絡のない問いかけだった。少し前には二人でファストフードを食べて。ハンバーガーを頬張るネモさんも、相変わらず輝いて見えると感嘆の息を漏らして。その帰り道。
何気ない会話をしていた。取るに足らないような、それこそ、人間同士がするような話題だった。期間限定のハンバーガーが美味しいだとか。今度は何が食べてみたいだとか。人のような暮らしを満喫しているらしいネモさんの様子を見て、そんな日常も悪くないななんてそんなことを思って。そして。
そして、ネモさんは数歩先で足を止めて、俺を振り向いたのだ。
「ねえ、セリ」
「なんですか?」
「おまえは、おれを残したいんでしょ?」
「ええ、そうですよ」
質問の意図がわからない。はぐらかすようなことでも、誤魔化すようなことでもないから、素直に頷いた。
眩しいと思う。きらきらと輝いていて、苛烈だけど、俺の目を灼くことはない。どこにいても見つけられるような、それはまるで、夜空に一番に輝く星のようで。
「『おれ』を完成させたら、おまえはどうするの?」
質問の意図が、わからない。
「他のひとにも『おれ』を知らしめた先に、なにがあるの?」
ネモさんが首を傾げる。それは、子どもがするような仕草のようでもあり、筆舌しがたい艶のようなものを纏わせているようにも思えた。
ネモさんを見たとおりに残せた先に何があるのか。それを聞いて、彼はどうするのだろ。俺がどう答えたら、彼は満足するのだろう。この問いに、彼の望む答えはあるのだろうか。
思考を巡らせる。そうしている間にも、ネモさんは猫のように目を細めて、ただ俺を見ていた。
「わかりません。そうなってみないことには」
これが、俺に答えられる精いっぱいだ。事実、ネモさんのことを残せたとして、その先に何があるかはわからない。もっと、もっと、ネモさんを残すための何かを作ろうとするのかもしれない。周りに知らしめるために、働くのかもしれない。そのひとつを完成させたら、満足するのかもしれない。いつまで経っても、俺は満足できないかもしれない。
その全てがあり得るような気がして、その全てに辿りつけないような気がする。そんな曖昧で、不確かで。それでも、確かに俺の胸の内に燻るこの熱が、俺にとってのネモさんだ。
「ふうん」そういうネモさんは退屈そうで、それでいて、愉しげだった。矛盾している。その矛盾さえもが、彼を美しい生き物にする。
「おれはね、セリ」
両手を広げて、ネモさんが笑う。
その姿は、無邪気な少年のようにも、穏やかな女性のようにも、無垢な少女のようにも、慈愛に満ちた青年のようにも、見えた。
強く風が吹く。咄嗟に目を閉じる。
彼のその先の言葉は、聞こえなかった。
「ネモさん、今なんて……」
「なあんも。ほら、帰ろ」
俺の手を引いて歩くネモさんに、続きを聞くことはできなかった。彼が言わないと決めたのなら、聞かなくていいことだ。
「おまえがおれを――」
――おまえがおれを完成させたら、もう『おれ』はいないのかもね。
聞こえなくていい言葉だ。知らなくていいことだ。
俺の手を握るネモさんが、すべてであるべきなのだから。