04


「ただいまー……」

今日も今日とて疲労で気怠い体を引きずりながら部屋へ戻る。
これまでは自室に入る際「ただいま」なんて告げることは無かったが、花礫とふたりで暮らすようになってからは自然と口にするようすっかり癖が付いていた。
けれどここ一ヶ月の間いつも欠かすことなく返ってきていた返事はあらず、孤独だけが口を開けて待ち構えていたような錯覚すら覚えて。暗かった室内に照明を灯し、名前は物音ひとつしない寂寞とした空間に辟易としながら憂鬱な嘆息を落とした。


花礫が潜入捜査、及び情報収集という名の最重要任務に出掛けてから、およそ一ヶ月ほどが経過した。
短いようで長い月日。ふたりで居ればあっという間に過ぎる時間もひとりだとやけに味気なく、とにかく一日一日が長かった。広いベッドに潜り込むと常に隣にあった温もりは無く、寒いときは互いに引っ張り合っていた毛布さえ今は悠々と独占状態。嫌でも花礫が傍にいないという現実が肌身に染みて、ぽっかりと穴が空いたような物足りなさを日々堪えながらいっさい考えないように仕事に没頭していた。
そんなある日。何かに取り憑かれたように一心不乱で仕事に打ち込む名前の姿を見かねたのか、平門が否応なしに彼女へ丸一日の休暇を与えた。
話を聞いた最初こそ丁重に断りはしたものの、有無を言わさぬ口調で「これは命令だ」と言いくるめられれば押し黙る他無い。不本意ながらもしぶしぶ引き下がった。

けれど今となってはとても有り難い厚意だった。思っていた以上に疲弊が蓄積していたらしい体を休めるにもちょうど好い機会だし、最近疎かにしていた部屋の掃除や洗濯物の山を片付けることもできる。
せっかくだから今日は久しぶりに仕事から解放されて存分に羽を伸ばそうと、名前は手始めに簡単にやれることから手を付けていった。

まず洗濯機を回しに行き、しばらく時間が空く間、念入りに部屋の隅々まで清掃する。
いくら寝るためにしか戻っていなかったからと言えどそれなりに埃は溜まっていて、濡れ雑巾の裏は少し拭いただけで真っ黒に。たったそれだけでこみ上げる充足感に満悦の笑みを浮かべる。
次に花礫専用の書架が視界に入ったが、こちらは軽率に手を加えると帰ってきたとき怒られ兼ねないので敢えてスルー。布巾と掃除機で埃を取るだけに留めておく。そして使用済み食器の洗い物やベッドシーツの交換、クローゼットの整理など普段できないことを熟していけば──。

「……もう夕暮れ時かぁ」

乾燥機にかけて乾いた洗濯物を畳みながらふと窓の向こうへ意識を逸らせば、濁りひとつなかった青は早くも夕焼けの色に染まっていて、じきに夜の帳が降りようとしていた。脇目も振らず集中していて外にはさっぱり目もくれようとしなかったから、全然分からなかった。
おかげで有意義に過ごせたと、束の間の休息を手配してくれた平門に感謝の念を抱きながら洗濯物を持って立ち上がる。すると開いたクローゼットの下に、何やら青い上着が落ちていて。

「花礫くん、このパーカー置いて行ったんだ……」

懐かしいなぁ、とパーカーを拾って感慨に耽る。
まだ十五歳だった花礫がよく着ていたこの青い上着。身長が伸びてサイズが変わった今ではさほど引っ張り出されることは無いが、やはり愛着を持っているのかたまに袖を肘まで捲って着ている姿を目にすることもある。
あのときの花礫くんも変わらず格好良かったけど、どちらかといえば可愛いのほうが強かったしな。
クスリと笑みをこぼして、万感の思いをその身に受けながら上着を抱きしめる。だけれど何もせずに即仕舞えばよかったと後悔した。
恋しい彼の残り香が鼻腔を掠めて、とうぶん発散できずうやむやに誤魔化していた欲望に火がつき、体が熱く火照り出す。

「……、や、も、私、何やって……」

知れずと下着のクロッチ部分に伸びていた指先。
やだ、と自分を非難しつつも蠢く指はいっこうに抑まる気配はなく、ゆっくりと縦筋をなぞっていく。
くちっ。微かに、けれど確かに聞こえた水音に自然と呼吸が荒くなった。

──信じられないくらいに興奮、してる。
花礫のパーカーの匂いを嗅いで、いつも花礫にされてる行為を脳裏で鮮明に思い出しながら、ひとり部屋の片隅で息を潜めるように慰めて。これじゃあ花礫に変態だと蔑まれても仕方ないじゃないかとこみ上げる羞恥とせめぎ合いながらも、とうとう名前はもどかしい刺激に耐えきれずクロッチをずらして直接自らの恥部に触れた。
しとどに濡れそぼる花びらから蜜を掬って、敏感な芯に満遍なく塗りたくる。
いつの間にか名前は前屈みに項垂れながら床に座り込んでいて、片手で花礫のパーカーを口元に当てながらもう片手で自分の秘めたる場所を愛撫しているという何とも言い難い有り様だった。

もしも誰か来てしまったら。
あり得ないと確信を持って否定出来ない可能性に興奮はさらに煽られて、そそられて。
無我夢中で一時の快楽を貪った。

「っ、ぁ……は、だめ、花礫く……ン……」

懸命に声を押し殺すも、のぼせ上がった頭で思考がまともに働く筈もなく、徐々に大きくなっていく嬌声。
だから気付かなかった。
自室の扉が開いた音に。慣れ親しんだ足音が、寝室に向かってきていることに。

「────名前?」
「……っあ……!!」

寝室とリビングを繋ぐ扉が開かれ、射し込む眩い光の向こうに立っていた人物をひと目見て、名前は一気に冷や水を浴びせられたようだった。

なんで、だってまだ任務……。

まだ帰ってくる筈のない花礫が予定よりも二週間ほど早く帰艇したことで、よもや一番見られたくない人に見られてしまうとは予想もしていなかった。
しかし自慰に耽っていた寝室は薄暗く、幸い花礫のパーカーで大事なところも隠れている。
まだ完全には悟られていない筈だとおそるおそる膣内から指を抜きながら、挙動不審にならないよう注意しつつ怪訝げに顔を顰める花礫に笑いかけた。

「あ、はは……花礫くん、ずいぶん早かったんだね……お疲れ様」
「ああ……で、なんでお前はそんなとこに座り込んでるわけ。しかも俺のパーカーなんかしっかりと握りしめて」
「これは、その、落ちてたからちゃんと仕舞おうと思って、そしたら転んじゃって……」
「……へえ? じゃあ何で、」

こんな指濡れてんの?
大股で近付いてきた花礫に逃げ腰になって後退ろうも呆気なく捕まり、パーカーの下に忍ばせていた腕を掴まれて明るみに晒される。ふたりの目前に上げられた名前の指先は行為を匂わせる粘着性のある液体が絡みついていて、花礫が意地悪く口角を吊り上げながらパクリとその指を咥えた。
生温い感触に咄嗟に名前の息が詰まる。寄せられた眉は、羞恥にまみれ雫が滲んだ瞳は、されど物足りないと口よりも遥か雄弁に語っていて。本心とは裏腹にいやいやとかぶりを振る彼女の様相を視界に収め、花礫は蜜を綺麗に舐め取ったあと口から名前の指を抜いて真っ赤に染まる耳に言葉を吹き込んだ。

「俺の名前呼びながら、俺の服の匂い嗅いでオナってたんだろ。淫乱だもんな、お前」
「、ちが……!」
「ハ、違うとか言っときながら……じゃあ何でココこんな濡れてんだよ、部屋の入り口まで響いてたあのヤらしい声は?」

これ以上花礫の目を欺くことはできなかった。中途半端に熱が燻ったままの秘部をなぞられ、ゾクゾクとした衝動が背筋を這い上がる。思わず頑なに握りしめていたパーカーを手離し目の前に居る花礫の胸にしがみつけば、そっと潤う花びらから指が離された。
解放されず渦巻く熱量に翻弄されて、苦しくて。
救いを乞うように彼の顔を見上げれば、「俺にも見せてみろよ」などと言いながら名前の前髪を上げて額に口づけた。

「ほら。上手くできたら、褒美にお前の欲しいモンくれてやる」

落ちたパーカーを渡され戸惑いながらも名前が花礫を一瞥すれば、どうやら折れる気は毛頭無いらしい。
早くと促す眼差しは真剣で、名前が自慰する様を見て満足するまで自分の意思を譲りはしないのだろう。こうなったら根負けするのはいつだって彼女のほうで、彼の言うとおりに従うしか残された手立ては無いのだ。
依然と自身を射抜く強い眼差しに観念した名前はひと息つき、再び緩慢とした動作で蜜を垂らす恥部に手を伸ばした。先ほどと何ひとつ変わりない態勢で、けれど今度は花礫の視線に犯されながら。
ひたすら自分を辱しめ、恥ずかしさややるせなさを振り切るためにパーカーに口を埋めて。

「……んっ、ん、ん」
「声抑えんな。さっきは気にせず出してたろ」

我慢するくらいなら理性なんて飛ばしちまえ。

吐息混じりに耳元で囁かれた言葉に枷は外れて、名前は羞恥も体裁もすべてかなぐり捨てて夢中で指を動かした。最も感じるところを的確に抉って、時々思い出したように存在を主張している花芯も親指の関節で捏ねて。ちら、と花礫を窺えば彼もまた今の現状にひどく興奮しているようで、隠しているつもりでも深く吐き出される息には明瞭な艶を帯びていた。

パーカーを力一杯抱き寄せて、ラストスパートとばかりに指の動きを早める。
花礫がいつも弄って、自分が必ずと断言してもいいほど責められると達してしまう箇所。上璧のざらついた部分を押し潰すように擦りながら、名前は迫り来る濁流の波に抗えず絶頂に達した。
白く霞む視界の中、労るように頬を滑る手のひらの感触がはっきりと神経に伝わってきて。熱が肌に浸透していく感覚に、夢心地で身を委ねた。

「……抱きしめんなら本物にしろよ」
「……っは、花礫くんが、渡してきたくせに……」
「いや、……上出来。つか正直言って俺も我慢の限界だし。潜入先じゃひとりで抜いてもらんねーし、疲れて相当溜まってる上に帰ってきて早々お前のこんな姿見せられて……下半身直撃もいいとこだっつーの」
「う゛」
「だから……なぁ、今日は目一杯、抱いてもいいか」

たぶんまた寝かせてやれねぇけど。

奥に獰猛とした光を宿した双眸を向けられて、端から名前が出す答えは決まっている。
紅潮しながら名前が頷けば、安心したように花礫の強張っていた肩から力が抜けた。それから名前を抱き上げベッドの上に横にさせると、性急に身に纏う服を脱ぎ始めた。
待ってる合間に名前も邪魔な布をすべて剥ぎ取り、生まれたときの姿となる。離れていた時間を埋めるように互いを強く抱きしめれば重なる素肌と心臓の脈動。何の障害も無くふたりがやがてひとつになれば、どちらからともなく恍惚とした息がこぼされ空中に融けた。
「やべ……」
花礫が自身に纏わりつく膣内の感触に身を震わすと、ゆったりと名前の腕が首に回されて瞳を見開く。

「おかえり、花礫くん」
「──……、ただいま……」

「おかえり」と言ってくれる人が、「ただいま」と言える場所が、今確かにここに在る。
帰る場所、帰りたい場所。それはいつだって彼女の腕の中で在りたいと──柄にもなく思う。

シーツからほんの少し浮いた背中に腕を回して、花礫は名前の肩に顔を埋めて深呼吸した。
今だけは快楽では無く、久し振りの温もりを堪能してともに余韻に浸ろうか。


無意識の好いところ悪いところ


(……オイ、そろそろ動くぞ)
(うっ、待ってもう少しこのまま……!)
(だからさっきから限界だっつってんだろバカ女!)

でも結局言うとおりにしてくれる貴方がどうしようもなく愛おしいのです。

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