アヤメが『わだつみ村』について知ったのは去年のことだった。記者であるアヤメは、一昨年からオカルト系の雑誌のライターになった。最初はオカルト系に興味なんてなかったが、いつの間にかすっかり虜になっていた。そして、日本の奇妙な風習を調べているときに、『わだつみ村』をみつけた。
「わだつみって、海とか海の神って意味よね……」
 その村には海がなかった。あたりを山に囲まれ、よそ者を拒んでいるようだ。そして、『わだつみ村』には『うみがみさま』と呼ばれ村人たちに信仰されている神がいるらしい。今度の記事は、絶対『わだつみ村』の『うみがみさま』のことを書こう。そう決めていた。だが、取材の許可はなかなかおりなかった。『わだつみ村』の村長に何度か電話したが、取材を許してはもらえなかった。いつも冷たく断れていた。それが先日、村長のほうから電話があった。
「貴女のように熱心な人はそういません。どうぞ、わたくしどもの村へお越しください。『うみがみさま』のことをお話ししましょう……」
 意外だった。なぜ突然、許可を出すつもりになったのかわからない。
 だが、アヤメは喜んで『わだつみ村』へ行くことにした。

 『わだつみ村』の一番近くの駅でレンタカーを借り、そこから3時間山道を車で走った。
「覚悟はしてたけど、不便な場所ね……」
 車をわきに寄せると、携帯の画面をちらりと見た。画面には圏外と表示されている。ペットボトルを開け、水を飲むと深呼吸をした。
「よし、あとちょっとね」
 アヤメはふたたび車を走らせた。

 あれから15分ほど。村の入り口らしきものが見えてきた。入り口には年老いた男が立っていた。
「すみません、ここって『わだつみ村』ですか?」
「ええ、そうですよ。電話のアヤメさんですね。村長のヤマブキです」
「ここで待っていてくださったんですか、ありがとうございます」
「まさか。ほんの5分前にここに来たんですよ。『うみがみさま』の声がしたとおばばが言うんでね」
「その、おばばって……ああ、その前に車はどこに置けばいいですか」
「それはどうぞ、こちらに」

 車を駐車すると、ハンドバックだけを持って車から降り、ヤマブキの後を慌てて追った。
「ヤマブキさん、ここがその『うみがみさま』と話すことのできるおばばのいる家ですか?」
「ええ、そうですよ。さ、どうぞ中に」
 何の変哲もない古民家だった。玄関を通り、ある部屋に案内された。そこには、祭壇の前で座る老婆がいた。
「これはこれは記者殿。遠くからわざわざどうも」
 老婆はこちらを振り返ることなく、そういった。
「あの、貴女のことはなんてお呼びすればよいのでしょうか?」
「おばば、で構わんよ。わしはただのおばばだ」
「あの、それじゃ、おばば。貴女は『うみがみさま』とお話ができるのですか?」
「そうじゃ。あんたをこの村に招くよう、『うみがみさま』に言われた。『うみがみさま』はあんたのことを気に入ったみたいでな」
 アヤメは何と言っていいかわからなかった。
「『うみがみさま』が? 私のことを?」
「そうじゃ」
 老婆はゆっくりと振り返った。




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