うららかなる、君

下駄箱前にでかでかと貼り出されたクラス分け表から、人混みの中で背伸びをしてなんとか自分の名前を見つけた。2年8組。何人か知ってる子はいるし、まあどのクラスに当たったって大して変わらないだろう。1年の時より段数が少なくなった階段を登りきって、2年8組の文字を確認するとドアに貼られた座席表を見た。

「み、み……あった」

五十音順に並べられた座席なのだから後ろから確認すればよかったと後から思ったけれど、とにかく自分の席を見つけてひとまず安心する。廊下から2列目の、後ろから3番目。まあまあ悪くない位置だ。別に授業中に何か隠れてするような質でも無いけれど、後ろの席はなんとなく嬉しい。からからとドアを開け先ほど確認したばかりの自席の方向を見ると、男子が集まっている中にあるらしかった。

話したこともない男子にいきなり「座れないからどいて」なんて言わなくちゃいけない状況はあまりにも酷じゃないか?別に人と話すのは苦手じゃないけれど、だからって緊張しないわけじゃない。真面目ぶったやつだと思われないかなとか、無視されたらどうしようとか、最悪の想像ばかりしてしまう。のほほんと過ごしてきた鹿児島の小学校と違って、東京はなんていうか、周りと同じであることが大事なのだ。ちょっとでも雰囲気を壊すことをしようものなら疎まれてしまいそうで……少しだけ、怖い。

「悪ぃ、ちょっと通るぜ」

どうしよう、とぐるぐる考えながら少し離れたところで棒立ちになっていると、自分の真後ろから声が聞こえて、ドアを塞ぐ形で立ち止まっていたことを思い出した。慌てて振り返ると、普通の同い年より少し背の高い男の子がいた。

「ごめんね、すぐ退くから」

「いーって、別に今来たとこだからよ。それで、」

不意に言葉を切ったその男の子を見上げる。

「……それで、何?」

「お前、名前は?」

「え、あ……み、湊すばる、です」

突然のことに驚いて口ごもってしまったけれど、彼は私の名前を聞いておお!と声を上げた。

「なんだよ、席わかんねえなら教えてやろうかと思ったけど、俺の前のやつじゃねーか!じゃあこっちだな!」

途端にニコッと明るく笑った彼は私を追い越して、着いてくるように促してくる。流れに乗せられた形ではあるが、その背中を慌てて追いかけた。

「あ、でもそこ人が、」

「おーい!悪ぃな!ちょっと通してくれ!」

私があれだけ迷っていたのはなんだったのか、彼はその人好きのする笑顔で朗らかに声をかけると、あっという間に私の通る道を作ってくれた。当の彼自身は、これで座れるな、なんて一番後ろの席にどかっと座って笑っている。その笑顔は外でちょうど暖かく照る太陽の光にも似ていて、彼が周りと築いていた友情の大きさを感じさせた。周りの顔色を伺う癖のついてしまった私からしたら、少し羨ましい。

「ありがと、えっと……」

お礼を言おうとしたところで、私は今の今まで彼の名前を知らなかったことに気づく。

「あー、そういや名前まだ言ってなかったな。俺は桃城武、テニス部だ。1年よろしくな、湊!」

「うん、ありがとう。……よろしくね、桃城」

ガラガラとドアの開く音がした。まだチャイムは鳴らないが、先生が入ってきたらしい。ざわざわとしていた教室が静まり始めたのを見て、私も席に着いた。

これは私たちの出会いの話。このあと何年もこの後ろの席の男の子と縁が続くことを、4月の私はまだ知らない。

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