いちご色のため息

世の中にチョコレートのCMがやたらと流れ、町はピンク色の装飾になり、期待と勇気と乙女の努力が交錯する季節。……要するに、バレンタインが近づいていた。かっこよさそうな言葉を選んでみたところで無駄なのはわかっている。「バレンタイン かんたん」そんな検索結果を示すスマホを机の上に置いて深いため息をつく。

「……どうしよう」

バレンタインが、近づいていた。

何を悩んでいるのかというと、何を隠そう、桃城に渡すチョコのことである。去年は普通に友だちとして渡したのだから今年も、というわけにはいかない理由がある。

【俺だったらお前のことそんな風に泣かせたりなんかしねぇな……絶対しねぇよ】

【言えなくて後悔したんだ、お前が好きだって】

【返事考えといてくれよ、いつでもいいから】

「…………さすがに知らん顔で渡すのはまずいよな」

そう。しかもこれが夏休み終わりのことであればなおさらだ。わたしは「振られた直後に告白されても困る」という理由を盾にあろうことか2月に入ってもなお答えを出せないでいた。きっと本当はもう答えなんかわかっているのに、一度傷つくとこんなに臆病になるものかと自分でも思う。そりゃわたしだって桃城と一緒にいるのは楽しいし、落ち着くし、何より返事を曖昧にしたままいつまでも先延ばしにし続けるようなダメなわたしに対しても、変わらずに接してくれる。桃城なりの優しさをくれるところがすごく、その……たぶん、好き、なんだと思う。

「好き」の二文字が頭をよぎった瞬間にぷすんと間の抜けた音でも立てそうな勢いで仕事を放棄してしまった思考回路では、最適解なんて出せそうにもなかった。

スーパーには手作りチョコレートキットの特別な売り場が組まれている。なんとはなしにバラエティ豊かなそのうちのひとつを手に取ってみるが、どうにも気がそぞろだ。息をついて手に持った品を棚に戻した時に、ちらとピンク色のパッケージが目に入る。

「……いちご味、かぁ」

そういえば桃城はいちごパフェを大喜びで食べていたって乾先輩から聞いたことがある。学園祭実行委員で一緒になった乾先輩は、私が桃城のクラスメイトと知るや否やあれこれ質問してきたから、代わりにあいつの弱点のひとつやふたつ探れないかと思って話を聞いたうちのひとつだった。

これだったら喜んでくれるかもしれない。食い意地の張ったあいつのことだ、きっと食べられるものだったら何を渡されても喜ぶだろうことはわかっているけれど。そこまで考えて、はたと自然に桃城の好みに合わせようとしている自分に気づいた。気恥ずかしさは覚えたが、でもここで他のものを見てもどうせ迷って決まらないだけだ。可愛らしいピンクの箱を手に、レジに向かった。

時は流れてバレンタイン当日。自分でせっせと作ったいちご味のチョコレートはなかなかの出来で友達にも心配なく渡せるものになった。引退した部活には顔を出して(市販のだけど)チョコは配ったし、あとは1人だけ。その1人に渡すだけの行為が、半端じゃない難易度を抱えているのだ。

ガヤガヤと騒がしい2月半ばの教室は、どことなく浮き足立っているようにも感じる。斜め前のひとつ先の席にいる桃城は内部進学ということもありまだ部活があるのだろう、そそくさと教科書を鞄に押し込んでいる。周りに人がいる様子はない。部活終わりまで待っているわけにもいかないし、タイミングは今しかない。

「……ね、桃城」

「ん?おー、湊じゃねえか。どうした?」

鞄から顔を上げた桃城は、心做しか少しだけ頬を緩めて、私を待っている。言葉の続きと、恐らく勘のいいあいつなら気づいている、鞄を探るままの私の手の先にあるものを。それでも何も言わないのだからこいつはずるくて、そして優しい。

「はい、これ。あげる」

少し乱暴に押し付けた小さな袋の中には、桃城のことを考えて作ったチョコレート。

「おっ、サンキュー!……で、これはどういう意味の?」

にや、と音がつきそうな笑みを浮かべる相手にいつもならそっぽを向くところだけど、今日ばかりはそうもいかない。私は今日、ちゃんと伝えることがある。

「……来月、ホワイトデーあるでしょ。ちゃんと答え出すから。もうちょっと待って」

声を落として早口で言うと、少し驚いた様子でこくこくと頷いた桃城を見てすぐ教室を出た。恥ずかしくて緊張して、廊下を走り出したくなるような衝動に駆られる。決戦はホワイトデー。それまでに心の準備をしておかないといけないのだ。好きだって言うんだ。外靴に履き替えるなり我慢できずに走り出した私の心拍が上がっているのは、きっと。

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