ペンキで塗りたくったような、真っ青な秋空。
その青に灰色の煙が緩やかに溶けていった。深呼吸でもしているかのように、たっぷりと吸い込み、煙を吐き出す。
「けほっ…けほっ、ちょ…っと!」
「…あ、わりぃ」
誰もが煙たがる煙草というもの。いのもまた、そのうちの一人。一体どこのどいつが考えて作ったのだろうかと、恨めしく思うほど。
「吸いすぎはよくないぞ!」
いのの忠告を聞いてるのか聞いていないのか、シカマルはまたたっぷりと吸い込んだ。そして、今度はいのに煙がかからないよう、顔を背けて煙を吐き出した。
「シ〜カ〜マ〜ル〜!聞いてるのー?!」
「あ? あー」
「もうっ!」
アスマが大切にしていたジッポー。
アスマが生きていた頃、このジッポー以外のライターを使っているのは見たことがなかった。初めて会ったときも、このジッポーで煙草に火をつけ、勢いよく煙を振りかけられた。修業していたときも、任務に取り掛かる時も、……最期の一服でも。必ずこのジッポーで煙草に火をつけ、深呼吸しながら味わうように煙草をいつも吸っていた。
シカマルもまた、このジッポーを大切にしている。
恩師の形見として、肌身離さず持っている。近くにいるような気がしたんだ。アスマが。シカマルがこのジッポーを大切にするのと同じように、アスマにとっても、忘れられない思い出でもあったんだろう、なんて勝手に考えたりもした。
シカマルにとって、アスマが吸っていた煙草は、最初は辛かった。辛すぎた。ふかしているぶんにはさほど感じない辛さが、肺にまで行き渡らせると、喉が焼けるような感覚に苛まれる。
空のまた上で、咳込む自分を見てケラケラと笑っているアスマが目に浮かぶようだったが、それも今では、あの時のアスマのように、深呼吸をしながら味わうように吸っている。大したもんじゃねーか、なんてアスマは得意気に言うのだろうか。
もし生きていれば、何余計なこと教えてんのよ、ばか、と紅に怒られる様子が想像できる。
どこからともなく吹いてくる秋風は、シカマルといのの髪を優しく撫で、灰色の煙を青色の空へと浚っていった。
───なぁ。
教えてくれないか。
アンタには、大切な人がいた。
守りたい『玉』があった。
どうして自分を犠牲にした?
なんでアンタが…───。
「ねぇ、どうしたのよー。さっきからボーっとしちゃって」
隣を歩いていた いのが、シカマルを覗き込むようにして問いかけた。
「あ? いつものことじゃねーか」
「それもそうよねー」
ふふ、とはにかむように微笑んだいの。横目でいのの表情を感じながら、つられてシカマルも微笑んだ。
右手に持っていた形見のジッポーをポケットにしまい、もう一度煙を吐き出す。
青空には不似合いな煙草の煙。それでも青は、その灰色を受け入れ、溶かすように空へと吸い込んだ。
「ねぇ!久しぶりに、紅先生の所に行こっか!」
もうだいぶお腹も大きくなっている頃だ。自分の弟子が、もうすぐでこの世に産声をあげて産まれてくる。
これからの木の葉を背負っていく自分。そして『玉』たち───。
「…そうだな」
蝶が舞うように軽やかな足取りで先を行くいの。数歩先を進みこちらを振り返り、花のような笑顔をシカマルに向けた。いつからだろう、いのがこんな笑顔をするようになったのは。
幼馴染っていうものは、一緒にいる時間が長いせいか、近過ぎるせいか、案外 些細な変化を見付けられないものなのかもしれない。一緒に居て当たり前、なんて自惚れているのは自分だけなのか、と心の中で小さく苦笑するシカマル。
「ホラ、早く早くー!」
「…へいへい」
面倒くさそうに後を追いかけるシカマルだったが、その顔はとても幸せそうで。
煙草を携帯用の灰皿で消して、行き場のなくなった手は、秋先の寒さ凌ぎのために、乱暴にポケットへと突っ込まれた。
「もー!ポケットに手を入れながら歩くと、転んだら怪我するんだから!何度言ったらわかるのよー」
「…だって寒みぃし」
無理矢理ポケットから手を取り出すいの。
「ホラ!こうしてれば、寒くないでしょー」
にっこりと微笑み、自然に手を繋ぎ、歩き出す。こんな気持ちを何て言うんだろう。こそばゆいような、この感じ。考えるのも面倒くさいくらいだ。
「…めんどくせー」
「なにー?何か言ったー?」
「…なんでもねーよ」
「? シカマル、ヘンなのー。っていうか煙草くさーい!」
「うるせー」
───なぁ。
アンタには、大切な人がいた。
俺にも、大切な人ができた。
アンタには、守りたい『玉』があった。
俺にも、いつかできるか?
自分を犠牲にするってどれほどのことなのか、今ならなんとなくわかるような気がするんだ。俺、こいつのためなら何だってできる、犠牲駒になることだってできるかもしれねぇって。
…でも。
アンタとの約束を果たすまでは、まだそっちに行けねーんだ。だから、もうちょっと、そこで煙草を吸って笑いながらでいいから、見守っててくれねぇか…───。
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2008.12.27
Gleis36