わたしがあいつを好きだってことがわかったのは、そう、あのとき。さくらさんとあいつが、付き合い始めたとき。
誰にも本当のことを話せなくて、親友のかず子にすら相談することもできなかった。わたしの性格からかな。それとも、意地があったのかな、どこかで。
かず子に「姫子、あなた絶対好きな人、いるでしょう?」なんて聞かれた時は、焦ったわ。勿論、態度になんて出さないけどね。
でも、きっとかず子は、気付いてる。だけど言わないのよ。気を使って、言わないの。見据えてるのに優しく微笑んで、あなたは静かに相槌を打ってくれるの。そんなかず子に、わたしはいつも甘えてた。
だからかず子には「永沢が気になる」だなんて適当なこと、言っちゃった。嘘ついてる、ってわかってるはずなのに、あなたはまた、優しく相槌を打ってくれたわ。
ごめんね、かず子。そして、永沢。
永沢は、小学校の時からの喧嘩友達みたいなもので、永沢の変な顔、頭、性格、言動、全てが興味深いものだった。だから気付いたら、永沢を目で追っていた。
…でもね、それは好意とは全く掛け離れていた感情だった。一瞬「もしかして…」とか思ったりもしたけれど、わたしの心の片隅には、いつもあいつが居たのよ。永沢じゃなくて、あいつが。
あいつは、わたしとは全く気が合わないやつだった。顔を合わせたと思えば、いつも言い合いになったりした。
あいつが清水に帰ってきたとき、“美男美女カップル”だなんてウワサされたけど、あいつは顔色ひとつ変えずに「ふざけんな、誰がこんな女王様なんか」って皮肉言って。
本当のことを相談できなかったかず子。
都合の良い言い訳に利用しちゃった永沢。
二人には、悪いこと、しちゃったかな。
…なんて、今更遅いわよね…。
「城ヶ崎さーん!」
あいつが愛するあの子が、ぱたぱたと足音立ててわたしの元にやって来る。昔から変わらない、風にふわりと揺れるおかっぱ頭。あいつは、この柔らかな髪の毛をそっと撫でてるのね。
小柄な体をめいいっぱい動かして、今日の給食の話をして。あいつは、この小さな体をすっぽり包み込んで、優しく、そして力強く、抱き締めてるのね。
桜色に染まる頬、愛らしい唇。あいつはこの頬に手を添え、愛らしい唇を……
「城ヶ崎さん…?」
「あ…ああ、ごめんなさいね」
「だいじょぶ? それでねっ」
わたしもこの子が大切なの。
誰よりも、大事。
嫉妬なんか感じたりしてないわ。
むしろ、あいつが憎いくらいよ。
どうして…
どうして、さくらさんなのよ。
わたしに勝ち目なんて、最初からないじゃない。
こんなにも可愛いさくらさんを、泣かせたりしたら許さないんだから。
覚悟しなさいよ。
「ちょっと!大野!」
「なんだよ、城ヶ崎」
「さくらさんを泣かせたりしたら、許さないんだからね」
「はぁ?…なんでお前にそんなこと言われなきゃいけねえんだよ」
「わたしには、権利があるから」
「権利?何の」
あなたを、愛してるから。
あなたに、幸せになって欲しいから。
さくらさんが、好きだから。
さくらさんにも、幸せになって欲しいから。
二人を、見守る、権利。
「ま、せいぜい頑張りなさい」
「…意味わじ分かんね」
それくらいの権利、わたしにはあるでしょう?
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2008.11.01
Gleis36