どうやら俺は、とことん女運が無いらしい。
「ちょっとぉ!この私を待たせるなんて、いい度胸してんじゃないの!」
「へいへい、そりゃあ悪うござんした」
「何よその言い方!ちっとも悪いって思ってないでしょ!」
今俺の目の前にいる女は最高潮に機嫌が悪いらしい。その原因は、紛れもなく俺自身。
久しぶりの暇な休日だってのに、買い物に付き合えと叩き起こされて、寝間着のままの俺は、重たい腰を上げ仕方なくのろのろと準備を始める(反抗すると後が面倒だから)。
歯を磨いて、余分なところの髭を剃り整える。服を着て、髪型をセットする(どうせ帽子被るんだからセットなんかしなくていい、とよく言われるが)。お気に入りのネクタイを着け、靴を軽く磨いてから履く。相棒のマグナムをスラックスとベルトの間に挟んだら(買い物とはいえ俺には手離せない存在だ)、最後に帽子を被り、鏡で全身をチェックしてから待たせたな、と一言溢した。目の前にいる女、峰不二子は眉間に皺を寄せ、甲高い声を出した。
「ちょっとぉ!この私を待たせるなんて、いい度胸してんじゃないの!」
「へいへい、そりゃあ悪うござんした」
「何よその言い方!ちっとも悪いって思ってないでしょ!」
「紳士たるもの、身だしなみは大切だからな」
「なーにが紳士よ!レディを待たせるあたりがもう紳士じゃないわ!だいたい靴磨きとか今やらなくてもいいじゃないの!」
「お洒落は足元から、ってよく言うだろ?俺は靴を履く前に必ず磨いてから履くって決めてんだよ」
「出ました。次元大介の細かい自分ルール。」
「なんだよ細かいって」
そんなやり取りをしているうちに、不二子は大抵機嫌が良くなってくる。これだから女はよくわからない。さっきまで最高潮に機嫌が悪かったというのに。今も、ふふっと小さな笑いをこぼしてヒールを鳴らしながらアジトの階段をリズミカルに降りて行った。しかし何だってまあ俺が犠牲にならにゃいけないのか。ルパンの野郎はどうしたってんだ。
次の獲物はフランス郊外の古城にあるのだとルパンが言っていた。それもあって、今のアジトはパリの9区にあるモンマルトルの丘の麓の裏路地に組んだ。
今日はルパンも留守で打ち合わせもできないし、昼過ぎまで寝てゆっくり過ごそうと思っていたのに、この女ときたら、せっかくパリにいるんだしシャンゼリゼ大通りでショッピングしましょ〜、なんて暢気なこと言って、俺の幸せな睡眠タイムを邪魔しやがった。いい迷惑にも程がある。どうせ俺はただの荷物持ちになるのが目に見えているっていうのに、何が楽しくてお前の買い物に付き合うんだって話だ。断れば後々面倒なことになるから、結局仕方なくこうして相手してやる俺はどこまでもお人好しだ。
アジトからは、メトロに乗れば20分でシャンゼリゼ大通りに着くというのに、何を思ってか、不二子は歩こうと言ったのだから、余計に足取りが重くなってしまう。
「はあ…俺は女運がねえな…」
「何よ、なんか言った?」
「いーえ、なーんも!」
どうしてこんなめんどくさい女に付き合ってやってるんだろうかと自分を問いただしたくなる。
シャンゼリゼ大通りまでの道を歩いていると、道ゆく人はみな(正確にいえば大半は男だが)不二子の姿に釘付けだった。豊満な身体をさらに強調させるようなぴったりとしたシャツ。ボトムはこれまたぴったりとしたスキニー。今日は陽射しが強いからか、女優がするような大きな帽子を被っていた。パールのきいた口紅は、不二子にしては珍しい色だ。高そうなピアスはルパンからの贈り物か。飴色の髪の中で僅かにきらりと揺れた。真っ赤なハイヒールをカツカツと鳴らしながらパリの街の石畳を歩いてゆく(見ているだけでこっちの足が痛くなる)。
ショーウインドウのガラス越しに不二子の全身をちらりと盗み見る。
なるほど、これは確かにイイ女だ。
だがしかし見た目だけだ。
中身は酷いんだぞ。
…と、不二子に釘付けになっている男共に向かって大声で言ってやりたかった。
「ね、次元」
「あ?」
「あれ見て」
ボリュームダウンしたややご機嫌な声が耳にかかる。帽子のつば越しに不二子の指差した先を見ると、そこには意外にもペットショップ。
「え、」
「行きましょ!」
「あ、おい、ちょ!」
俺の腕を引っ張って小走りにその店に向かった。店の外からも見えるように子犬や子猫がショーケースの中で売られている、典型的なペットショップの店構えだ。さすがにシャンゼリゼ大通りにあるからか、お洒落なデザインの店ではあるが。
しかしまあ何だってこんな所に…と半ば呆れ気味で横を見てみればなんとまあ。きゃあ、可愛い!だなんて柄にもない声をあげて目を輝かせているではないか。そんな姿を初めて見た俺は、驚きよりも先に笑いが込み上げていた。
絶対怒られるのはわかりきっていたが、結局我慢できずに盛大に吹き出して大笑いしてしまった。
「何よ、もう!」
「だってお前…!ククッ…あの、不二子が…プッ…!ペットだって?プッ…あーもう我慢できねぇ!ハハハハハッ!」
「なっ、ひっどーい!いいじゃない、私だってペットくらい見るわよ!」
顔を真っ赤にして、ふん!と鼻を鳴らし、そっぽを向く不二子があまりにも別人に見えたもんだから、思わず俺は人目も憚らず不二子の顔に自分の顔を寄せた。
「お前、本当にあの峰不二子か?」
「…っ?!」
「……案外、かわいーとこ、あんじゃねぇか」
お互いの息がかかるほど顔を寄せていたが、その顔を横に流し不二子の耳元で囁いた。
「なっ…!!」
勢いよく顔を離したもんだから、余計に顔が赤いのがわかった。
「きっ、今日の買い物は中止よ中止!!あんたとはここで解散!」
真っ赤な顔を見せないように踵を返し、カツカツとヒールの音を先程よりも大きく鳴らしながら去って行く。その背中は怒っているようにも照れているようにもどちらにも見てとれた。
「(あ…やべ……。)」
まだ笑いを堪えている口元を覆ったとき、自分の顔の熱も感じた。
「(結構、好きかも……。)」
何だかんだ言ってもあの女のことは確かに好きだ。悔しいがそれは認める。
あの女を愛してしまった日に、つくづく自分には女運が無いのだと思ったことも忘れない。
でも、こんなふうに、普段と違う一面だったり、見たこともない一面を知ってしまうと、余計に好きになってしまう。それでまた俺は思うんだ。
ああ、とことん女運がねぇんだな、俺は。と。
「(……ばかやろう、)」
帰ったらもう一度からかってやるか。それともこの子猫でも買ってってやるか。
ま、後者は俺の柄じゃねぇか、と笑みをこぼしてその店を後にした。
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2016.08.31〜2017.02.28 拍手にて掲載
Gleis36