「こっちにおいで、アリス。」
「はくしゃくさまぁ〜〜!」

まだあだけなさが残る少女は嬉しそうに、大きなお腹に飛び込む。
それを受け止めるのは、身長は2mを超えているであろう大男。
鋭い歯がむき出しになっていて小さな子供なら泣いて逃げ回りそうな面持ちだが、
名前を呼ばれた彼女は気にも留めていない。

「はくしゃくさまはいっつもなにをしているの?」
「ん〜…そうですねぇ…。神狩り…ですかネ。」
「かみがり…?それはなぁーに?」
「アクマを倒すのでス。」
「アクマ?!はくしゃくさまはこわくないの?」

少女は大男の膝の上に座り足をバタつかせている。
男は少女の質問に答えずに、「それより、」と話題を変えた。

「我輩が作った方舟は気に入ってくれましたカ?」
「もっちろん!はくしゃくさまはなんでもつくれてすごいね!」
「あれはアリスのですからネ。好きに使っていいですヨ。」
「ありがとう、はくしゃくさま!」


少女は向きを変えて、「はくしゃくさま」と呼ぶ大男に抱きつく。
この大男・千年伯爵は少女の頭を大事そうに撫でる。
仮面をついているのか表情を汲み取ることは出来ないが、とても少女を愛しているように感じ取れる。
誰もこの男が「世界終焉」を目論んでいるようには見えない。



そして月日は経ち、少女は16歳になっていた。



***




「おはよって……、寝ぐせすごいことになってんぞ。」
「おはよーティキ。昨日髪の毛乾かさないで寝たらこんなんなっちゃった。」
「お前もいい歳なんだから、身だしなみくらい整えろよな…。」
「鯉を丸呑みしてるティキに言われたくありませーん。」

まだバタバタと体をくねらせている鯉を手づかみで、頭から食らいつくティキの話を流すアリス。
空いていたティキの前の椅子を引いてメイドが持ってきた朝食に手を付ける。
寝ぐせを指摘したティキ・ミックは、くせ毛の髪をワックスでセットしシックな燕尾服を身にまとっている。

「今日なんかあったっけ?」
「はっ?!お前忘れたのか?
今日はエドワード侯爵主催の社交パーティーだぞ?」


「はい?」


俺の言葉に少し固まってやっと出てきた言葉。
こいつまさか...。

「だから、エドワード侯爵主催の社交パーティーだって。
お前忘れてたわけじゃねぇよな?」
「あーーねっ!今日ね!あ、うん、そうだ、ね。覚えているよ。」
「絶対忘れてたろ…。」

ちらっと時計を見てはっとしたアリスは、アクマのメイドが用意した朝食を一気に口の中に入れる。
千年公が言ってたのは10時出発。ただいま9時30分。
最後にホットココアと一緒に口の中のものを飲み込んだアリスは、少しせき込む。

「ケホッ…間に合うかな。」
「まずはその寝ぐせだな。」
「ぎゃーーっ!やっぱ乾かしてから寝ればよかった!」
「俺は先に行ってるからなー。」
「なんとっ?!ティキの裏切り者!」

意地悪を言って最後の一匹に手を付ける。
エドワード侯爵は千年公が贔屓にしてるいわば重鎮。
まぁ、アリスを娘のように可愛がってるエドワード侯爵ならアリスがどんな格好で来ようが「かわいい」っていう気はするが。




…………いや、さすがにあの寝ぐせはないか。