あの人の第一印象は少し変わってる人。

あの時の私はまだ普通の人を知らなかった。男の人は私を襲おうとする生き物。女の人は嫉妬に狂って私を殺そうとする生き物。親に捨てられた私はそういう頭をしてた。
だから、あの人は変わってる人だなって思ったんだろうな。




「おい、お前。なんで怪我を放っておくんだよ」
「その内に治ります」
「治んねぇよ。親父に薬もらってただろ?」
「………」


お義父様に頼る事は、したくない。見返りが怖いし…想像できる。俺を頼ったなって。幼い頃から何度も経験した、あの恍惚とした表情。やっと欲しいものが手に入ったという様な顔。その後に期待している事。それがわかってしまい、目を瞑りたくなるんだ。誰かを頼るってそういうこと。



「はあぁ〜わかったわかった。誰も信じたくない。そう思ってんだろ。地味にめんどくせぇ奴だな」
「…貴方は変な人です」
「あ?」
「忍なのに人を気にしすぎだと思います」


この人、度々私に話しかけてくる。私に捕まるのは効率が悪いと、他の兄弟は近寄りすらしないのに。



「………さすがくノ一だな、よく見てら」
「見返りなら命を奪ってあげます」
「恐ろしい奴だな…」


それに、他の兄弟や父たちは感情のない顔で話すのにこの人の表情はとても豊かだ。それとも、本当の気持ちを隠す為に作っているのかな。



「そんなんじゃねぇから、俺の薬使え」
「………ありがとうございます」
「おう、礼は素直に言えんじゃねぇか!」


パシッと肌と肌がぶつかり合う音がその場に響く。からからと笑っていたあの人が静かになって、はっと顔を見た。私の頭に伸ばして弾かれたは宙に浮いたまま。あの人も固まってただ、私を見ていた。

あの人は薬をくれたのに、敵意を向けている訳ではないのに……居心地の悪さから反射的に弾いてしまった自分の手を握って顔を反らす。



「わりぃな。急に触られりゃ嫌だよな」
「……………」


なんであの人が謝るんだろう。私が手を弾いたのに。
何て言ったらいいのかわからなくて無言でその場から立ち去ってしまった。


それから1週間ほど、あの人には会わなかった。お互い任務があったし、積極的に会う必要もなかったし。

今日も任務が終わって、報酬とは別でお駄賃を依頼主から貰う。これは私の何かあった時の為のへそくり。今日は沢山もらえたのでちょっと休憩していこうかな…私はそれくらいの自由、許して貰える。そこは体質様々だよね。

軽く変装をして街中にある甘味処に入る。お義父様からは街中の方が見つかりにくいし、見つかったとしても騒ぎには出来ないだろうし、そう思って毎度このお店に来てしまう。ここ、お団子美味しいし。

口にお団子を頬張っているとカタリと隣の椅子が引かれる。



「お嬢さん、隣いいかい?」
「いえ、連れがいるの、で……」
「へぇ…こんな派手に可愛いお嬢さんの連れねぇ」


どんな奴か拝んで見てぇなと言ったのは1週間前に顔を見たあの人。ニヤニヤと口角をあげてこちらを見ている。


「甘いもん好きなのか?」
「ええ、お団子好きなんです」
「……外だとそんな顔すんだな」


いつも来てるお店だからです。騒いでお店の方に迷惑かけたくないし。お団子を完食し、手を合わせて挨拶をする。



「先に戻ります」
「じゃあ、俺も戻っかな」
「お仕事はいいんですか?」
「ああ、終わったところだ」


おーいとお店の方を呼んでさっさと私の分までお会計を済ませてしまう。な、なんで?
店を出ていった姿を追いかけて、裾を引く。


「これ、私の分です」
「あ?いいっての。こういう時は男に華もたせろ」
「………ど、どうも…」
「……」


散々、こういった事はして貰った事がある。母に捨てられてからはそうやって世を渡ってきたから。それが出来たのは私が愛して貰える体質だからで、、でも、何だろう…何でだろう。今はその体質も気配を消して抑えられてたのに。



「なぁ、触るぞ?」
「はい…え?」


黙っていたのに急に話かけられ、つい返事をしてしまう。触る?何に?

そっと、あの人の手が伸びてきてわかった。また、私の頭に触ろうとしてるんだ。
両手をぎゅっと胸の前で握りしめ、目を伏せる。徐々に近づいてくる手の気配。ゆっくりゆっくり、一本指がまず触れて、スルリと他の指、手のひらが私の頭に置かれると右左に手が動かされる。
それから顔左側面を伝って彼の手は私の頬に添えられた。



「お前はそうやって感情出してた方が派手にいい」
「…………」


綺麗に、笑う人。
嘘で笑顔を作る人は、左右の表情が違うものになるんだけど、この人は…。



「……て、天元さん…お代、ありがとう…」
「……………ちがうな」
「え?」


ガシリと私の肩を掴んでいきなり否定をされる。何だろう、何が違ったんだろう?



「ちがう、もっと親しい呼び方があんだろ?」
「………宇髄さん」
「ちがう!お前も宇髄だろ!」
「…兄さん」
「違う!」
「………………お兄ちゃん」
「そう……だが、やっぱり何か、違う!」


どういうこと?
人のして欲しい事ってだいたい分かるんだけど、今のこの人が求めてるものがわからない。呼び方……?お兄ちゃんより親しい呼び方なんて…ふざけて、呼んでみる?



「……天ちゃん?」
「おっ!それだ!それ!ド派手にいいじゃねぇか!」
「………そ、う…ですか…」


何だかこの人に気を張るの、疲れちゃった。でも、気を張っておかないとこの体質があるからきっと、他の男の人と同じ様になる。この人には、そうなってほしくない。



「なあ、なまえ」
「何でしょう?」
「お前の事情関係なく、俺はお前を可愛がってやりてぇと思ってんだ。だから、可愛がられたくなったら気ぃ緩めて俺んとこに来い」


頭を撫でて見つめてくる。こんな柔らかく見てくれる人、私は会ったことない。こんなに面倒な体質を持っていると知っているのに、私に近づこうとする変わってる人。でも、とても暖かい人。



「ありがとう、天ちゃん」
「おう」




お団子を口に含みよく味わった後、呑み込みお茶を頂く。うん。やっぱりここのお団子は美味しい。



「昔はなまえさん素っ気なかったんですね」
「えーそういうなまえさんも素敵だと思います」
「無口なババァだったんだな」
「お恥ずかしながら…あはは」

街で偶然出会った炭ちゃんたちとお茶に誘い、そこからの炭ちゃんのちょっとした疑問により昔話をすることになったのだ。妹だった時の私はどんな感じだったのかっていう。



「まあ、そこから天ちゃんって呼ぶようになって」
「因みにその時にはもう好きだったんですか?」
「天ちゃんを?ううん、特には」
「うわぁ…絶対、宇髄さんの方は本気だったんだろうな」

「わりぃかよ」
「ぴぎゃっ」


よお!と善ちゃんの頭の上に手を乗せたのは私の旦那さん。少し前にお店の中へ入ってきて私たちを見ていたけれどちょっと黙ってみました。天ちゃんがそうして欲しそうだったから。



「俺が派手に構ってやってんのに全然気づかねぇんだわ」
「まあ、あれが恋だって知らなかったから」
「俺がゆっくり派手に教えてやったからわかったんだもんな」

「え、意味わかんないゆっくり派手にって何?」
「善ちゃんは好きって当たり前の様にわかるもんだもんね」


顔をしかめて、天ちゃんを見る善ちゃん。


「でも、なまえさんは人の感情を読み取るのが得意ですよね?」
「うん、今はね」
「いや、昔から好意以外は派手に凄かったぜ。くノ一としては派手に優秀だったしな」
「そうなんですか?」


炭ちゃんが首を傾けてこちらを見てくるが、どうだろう?自分じゃよくわからないんだよね。


「技は1ヶ月でほとんど覚えて出来たし、体作り、毒の耐性つけるのだって1年で出来たんだぞ?戦闘となりゃ柱に匹敵するからな」
「なんだと?!俺と戦え!!」
「伊之ちゃんお団子もういいの?」
「あ?!あー…ああ、食う!!」
「はい、どーぞ」

ここで戦われちゃったらちょっと困るんだよなぁ。炭ちゃんと善ちゃんは目を見開いて私を見る。そんなに驚かなくても…。



「えっ、じゃあ何でなまえさんは柱じゃないんですか?」
「ばか野郎!何で可愛い嫁を外に出さなきゃいけねぇんだよ!」
「柱になったら違う地域の警護に行くもんね」


そう言いながら私の肩を抱く天ちゃん。
素の私をこんなに愛してくれている。こんな面倒な私に心から、好きだと言ってくれる。

やっぱりちょっと変わった人だなって思うけど、そんな天ちゃんが私も大好きなわけでして…。



「俺は大切な奴には側にいて貰いたいわけ」
「ふふ、私もかな」


私ばっかりこんなに幸せにして貰って…負けてらんないな。