05
「……うわあ、こんなの図鑑でしか見たことない」
ほぼ無意識にそんな一言が漏れた。
俺に向けられる禍々しいまでの殺気に思わず呆けて一瞬立ち竦む。
ーー蜘蛛。
とんでもなく巨大な蜘蛛だ。
体高は軽く見積もっても5mはあるだろう。8本の脚は獣のような体毛に覆われており、その太さは木の幹のようだ。
タランチュラ。
人間を積極的に襲う中位の魔物であり、討伐には最低でも戦闘に熟練した大人数人が必要とされる大物だ。
間違っても俺のようなひよっこが1人で相手取るようなシロモノじゃない。
が、今は俺独りでどうにかするしかないのだ。
最低でも無力化させなければ、コレの結界から抜け出すことは叶わないのだから。
タランチュラの獲物の捕食方法は単純。
体のあちこちに持っている毒針から強い麻痺毒を注入し、餌が抵抗できなくなったところを捕まえてゆっくりと捕食する。
口内の酸で溶かされながら吸われるため、すぐには死なずじわじわと嬲り殺される。
食われかけながら生存した者によれば、“永遠に続くかのような苦痛”であるらしい。
……ぞっとしない話だ。
できればこのような死に方は避けたいところなのだが、この状況をどうやって乗り切ったものか。
俺はタランチュラの殺気に晒されながら必死に頭を回すが、……この状況を打開するほどの策は出てこない。
俺はタランチュラの容赦のない、空を裂くような攻撃を紙一重で躱して逃げ回っている。
奴の体に触れられたらアウトと言っていいからだ。
隙を見て攻撃を仕掛けてもさほど堪えた様子はない。
タランチュラは獲物の恐怖を煽るように悍ましい叫び声を上げ、がさ、がさ、と動き回る。
先ほどバツ印をつけた木が玩具のようになぎ倒されて粉々になる。
一部腐ったように見えるのはきっと強力な毒の効果なのだろう。
俺は舌打ちをしながら抵抗を続けるが、頭では分かっていた。
俺はゆっくりと追い詰められている。
一番攻撃の避けにくい一角に。
結界の中はこいつのテリトリー。迷い込んできた獲物の扱いもこの辺りの地形についても分かりきっているのだろう。
――『大丈夫、策はあるんだ』?
そんなの、嘘に決まっているだろう。
嘘であることくらいフレディも分かっていたはずだ。それでもなお、最小の被害で収めるためにはこれが最善だと理解してくれたのだ。
つくづくあいつは政治家向きだ。
きっと政科から推薦が来るに違いない。
――いけない、逃避で別のことを考えるようになったら末期だ。
もう、保たない。
俺はいよいよ追い詰められたことを悟った。
背後は樹齢500年はあろうかという大木の幹。左右には大岩。まるで獲物を追い込むためにあるような地形だ。
なるほど、攻撃は最初からここに俺をおびき寄せられるように手加減されたものだったって訳か。
俺は乾いた笑いを漏らして呟いた。
「自爆、しかないかな」
永遠に続くような苦痛を味わって死ぬよりはマシな死に様と言えるだろう。
一応自身最強の呪文なのでこいつも無傷では済むまい。
俺が人生3度目?4度目?の覚悟を決めた、その時だった。
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