スターチスの詩に乗せて

 あなたのことが好きだから、一日一回嫌がらせをする。



四月×日
同じクラスの爆豪くんのことを好きになったから、振り向いてもらえるように嫌がらせをしようと思う。今日から一日一回、頑張るぞ。


四月×日
今日は爆豪くんのシャーペンの芯を抜いておいた。「あ?」って言うとすぐにシャー芯を入れた。私のせいだとは思っていない。


四月×日
今日は食堂の方が騒がしかったけど、関係ない。爆豪くんのお弁当の包みの、あの、なんて言うんだろう。結んである部分に折り込んである部分を外に出してみた。何も気づいてなかった。


四月×日
爆豪くんのシャーペンの芯は0.5だったから、私の使っている0.3のシャー芯にすり替えておいた。すとんと抜け落ちたのを見て、あれ? って思ってから0.5を入れていた。意外にも冷静だ。


四月×日
消しゴムを忘れたから爆豪くんに借りた。一つの角しか使われていなかったから、申し訳ないなと思いつつまだとがっている角を使ってみた。


五月×日
体育祭で爆豪くんが優勝した。すごい。今日は控え室の水を、爆豪くんのものだけスポーツドリンクにしておいた。控え室までの廊下ですれ違って嬉しかった。


五月×日
爆豪くんはベストジーニストのところへ行くらしい。私とは逆だ。しばらく嫌がらせができなくて寂しいから、行く前にコスチュームの入った鞄をすり替えておいた。切島くんのやつと。すぐに気づいていた。


五月×日
爆豪くんが変な髪型になって帰ってきた。おもしろかった。これで直るって嘘ついて、ケープのスーパーハードをかけたブラシを渡した。結局もとに戻ったので意味はなかった。いつもの爆豪くんで安心した。


六月×日
早いことにネタが尽きてきた。珍しく購買でお昼を買った爆豪くんの飲み物を轟くんにお願いして若干温めてもらった。ぬるくてびっくりしていた。多分。


六月×日
もうすぐ期末テストらしい。めちゃくちゃハッピーなことに爆豪くんに勉強を教えてもらえることになった。今日は爆豪くんのシャー芯を青色にしてみた。シャー芯ネタはどうやら尽きない。


六月×日
今日は爆豪くんに勉強を教えてもらった。切島くんもいる。頼んだポテトのケチャップとマヨネーズを混ぜてみた。オーロラソースにしてやった。切島くんに「オーロラソース好きなんだな!」って言われた。


七月×日
今日はテスト最終日だったから、終わってから思いっきり嫌がらせをした。テスト期間はちょっとした嫌がらせしかできなかったから、今日は盛大に爆豪くんに嫌がらせをした。感謝の嫌がらせだ。爆豪くんのペットボトルコーヒーに砂糖を一本入れた。飲んだ爆豪くんは微糖を買ってしまったのかとラベルを確認していた。


七月×日
明日から夏休みでしばらく会えないから、夏休み分の嫌がらせもまとめてやった。爆豪くんが学校に来るより先に学校に来て、下駄箱に入ってる上履きを左右逆にした。お得意のシャー芯作戦も決行した。まだ私だと気づかないのでは意味がないので、爆豪くんの買った飲み物のペットボトルの底に苗字って小さく書いておいた。クラスメイトからは怪しまれつつあるかも。


七月×日
爆豪くんはショッピングモールに来なかった!!!! 切島くんが連れてきてくれるかと期待してたのに。


八月×日
合宿が始まった。残念だけど疲れて嫌がらせどころではない。一日一回と宣言して実際は実行できてない。


八月×日
爆豪くんのカレーに砂糖を入れた。爆豪くんのカレーに氷を少し入れた。これは完全なる嫌がらせだ。すごい。そろそろネタがなくなったし、轟くんの協力が結構助かる。轟くんが天然で良かった。


八月×日
色々あって嫌がらせどころじゃなかった。皆無事に戻ってきて良かった。


八月×日
浮かれてる場合じゃないけど、夢みたい。全寮制が導入された。爆豪くんとひとつ屋根の下ってことは、嫌がらせもできるし、お話もできるかもしれない。頑張ろう!


八月×日
先生がお説教をした後、爆豪くんが皆を励まそうとしていた。私も軽くおでこを小突かれた。びっくりした。きゅんってなった。なんだろう。やっぱり好きだ。爆豪くんの部屋が見れなかったのは残念だった。


八月×日
共同スペースで今日は爆豪くんにどんな嫌がらせをしようかって考えてたら
瀬呂くんに「苗字って爆豪のこと好きなん?」って言われてああむりむり、爆豪くんに聞かれてた。し


九月×日
せろくんのせいで全然嫌がらせが手につかなくなって結構日が経った。そしたら、爆豪くんが「もう何もしてこねぇのか」って言ってきて、ひかえめに言って死ぬかと思無理だった。


九月×日
そんなご期待に応えて瀬呂くんにテープを出してもらって爆豪くんの椅子に貼っておいた。すぐばれた、知ってた。ちょっと席外したら私の椅子にテープが貼ってあった。気づかず座ろうとしたら上鳴くんに押された。


九月×日
なんか、嫌がらせ合戦が始まった。私が0.3のシャー芯を爆豪くんの0.5のシャーペンに入れたら、なぜかボールペンのバネを抜かれるようになった。こんな嫌がらせがあったなんて。


十月×日
今日のことはあんまり書きたくない。ドラムを叩いてる爆豪くんに素直にかっこいいっていった。皆ニヤニヤしてた。気がする。


十月×日
文化祭、一緒に回ることになった。なんの奇跡? 助けて。今日はお金を借りて全部一円玉で返した。頑張った。文化祭って、どんな嫌がらせができるだろう。


十一月×日
明日文化祭。無理なんだけど。どうしよう、本来はアピールとかするチャンスかもしれないけど、今までこんな嫌がらせばっかしてきた私には無理だ。無理無理。助けて。

 ◇

「うわ……」

 ここで日記は終わっていた。部屋の片付けをしていると、偶然棚から出てきたものだ。どうしてこんなものを今でも残してあって、さらに持ってきてあるのか。今見返すと意味わからなくて痛いし、よく毎日続いていたものだな、と感心までしてしまう始末だった。もっと可愛い方法あったでしょ。そう思うと胃が痛くなってきた。ただの奇行じゃないか。

「何見てんだ」
「うわっ」

 私の手からひょい、とノートを取り上げたのは勝己くんだ。最初のページからペラペラと捲ると、ため息をついてからそれを閉じた。うわあ、恥ずかしい。ピンク色をしたB5のB罫ノートの表紙には、『いたずらNOTE』なんて書いてあって、センスのなさに絶望すらしていた。

「あんなクソしょうもねェことだけじゃなくてこんなんも書いとったんか……」
「それは……私もめちゃくちゃ思う」

 正直、今さっき久しぶりに懐かしさのまま開いたのはいいものの、もう二度と開きたいとは思わない。掃除機をかけていた勝己くんはそれをしまうと、私の横に腰を下ろした。早くノート返して、と言うと、爆破してやろうか、なんて言われた。正直してほしいけど、まあ色々思い出すし。

「ねえ、いつから嫌がらせ気づいてた?」
「嫌がらせがちっせぇ。あんなん普通気づくわけねェだろ」
「でも気づいたじゃない」

 勝己くんの肩に寄りかかると、ばつが悪そうに彼の視線がノートと私を往復した。夏の時点では気づかれていたみたいだから、ペットボトルに名前書いたときかな。それくらいしか特定要素ないものね。

「……なんか弁当の包みに何かしてたろ」
「……えっ」
「あんとき」

 嘘だ。今ノートみたからそう言ったんでしょ。勝己くんあのときいなかったもの。ほとんどの人が食堂に行ったのを確認して、勝己くんが手を洗いに行ってる隙を狙ったもの。

「教室帰ってきたらお前が俺の席でなんかしてて、そっからも毎日変なこと続きだろ」
「み、見てたの!?」
「正直クソ腹立ったわ」
「う、」

 そりゃそうだ。しかも地味な嫌がらせなのが日々のストレスを蓄積させていたかもしれない。本当に申し訳ない。思わず勝己くんから離れてしまったけれど、右肩を抱かれてまたゼロ距離になった。恥ずかしくなって下を向いてしまう。

「……ごめんね、あんなアピールしかできなかった」
「おー」
「もっと可愛いアピールできてたら良かったね」

 もっと素直に好きって言って、顔を赤らめたりして、そんな女の子だったら可愛かったのに。アピール方法が嫌がらせだなんて、馬鹿げている。まるで小学生男子のような思考だった。学力的にはとてもレベルの高い雄英高校の一生徒だったというのに。そんな私を見てか、勝己くんはため息をまたついて、口を開く。

「毎日退屈はしなかった」
「暇つぶしになれて良かった……ストレスになってたらごめんね……可愛くないし……」
「今更昔のことむし返すんじゃねェ」
 
 ごもっともだ。そんなの学生時代に気づくべきだったのに。それでも自分の可愛げのなさに絶望していると、勝己くんが右腕に込める力が少し強くなって、ゼロ距離なのにさらに近くなった気がした。そこから流石爆豪勝己。爆弾発言を私に落としてくるんだから。

「十分可愛いだろ。今も昔も」
「……えっ? えっ!?」

 その発言でぶわっと熱が顔に集まって、勝己くんの方を見ようとしたら頭を乱雑に撫でられることによって顔を上げることを制止された。そんな勝己くんは立ち上がってキッチンの方に行ってしまった。

「勝己くん! もう一回!」
「うるせェ。何も言ってねェ」
「素直じゃないなあ」
「こっちのセリフだわ」
 
 私も勝己くんに倣ってキッチンの方へと向かった。まさかあのときの私も今の私も可愛いと思ってくれていたなんて。鼻歌を歌いたくなるような気持ちで冷蔵庫の中を覗く。機嫌がいいから今日は勝己くんのために辛いお料理でも作ろうかな。あんまり料理は得意じゃないけれど。

「勝己くん、何食べたい?」
「は? てめェまさか」
「今日は私が作る!」

 そう言うと勝己くんは口には出さないけれど、表情を歪めた。まるで「名前の手料理が一番の嫌がらせだ」とでも言いたげに。でも勝己くんは優しいから、そんなこと思わない。嫌でも食べてくれるはず! ……やっぱり、私が作るのはやめよう。

「……一緒に作ろう」
「一から教え殺したるわ」

 相変わらず口が悪いなあ。そういうところも、全部全部愛おしい。大好き! と言って抱きつけば、手を洗ってくるように促された。そんな勝己くんは少し、口元が緩んでいるように見えた。